硝子

白川津 中々

◾️

 佐和子さわこは硝子屋の倅を見るたびに頬を染めていた。


 彼は普段寡黙で黙々仕事をしているから、佐和子が家業の手伝いで蕎麦を持っていっても気が付かない。すっかり硝子に夢中で、昼夜問わずにヤスリをかけたり切り抜いたりしている。しかし、佐和子はそんな彼の真剣な、硝子のような目に、心が吸い込まれていた。


 師走の風が強い日、佐和子がいつものように作業場へ蕎麦を届けると、やはり彼もいつものように硝子の前にいた。扉に嵌め込む物だろうか。端々が整えられ沢山の硝子が次々と円形になっていき、切り取られた部分が床に落ちて、かしゃんと、綺麗な音を立てて砕けていく。


「あの」


 佐和子が声をかけると、彼はようやく彼女がいる事を知り帽子を脱いだ。透き通る眼が顕となって、佐和子に向けられる。


「お昼かい。いつも悪いね」


「ううん」


 佐和子は目を伏せてその場をやり過ごそうとした。しかし、どうにも散らばった硝子の欠片が気になるようだった。


「……これ、一片もらっていいかしら」


「これって、硝子?」


「うん」


「こんなもんでよけりゃ、いくらでも」


 彼は散らばった硝子片の中から手頃なものを拾い上げてから簡単に磨き、帽子で払って佐和子に手渡した。


「ほら」


「……ありがとう」 


 佐和子は渡された硝子を握りしめ、おかもちをその場に置き去りにして走り出した。遠くから「お代まだだよ」と投げられる言葉も届かずずっとずっと進んで、やっと止まったのは川辺の芝生だった。


「綺麗」


 佐和子はまじまじと硝子を見つめた。角の取れた、丸い透明な硝子は光を取り込み、せせらぎの音とともに佐和子の心に響ていく。冷たい風がいくら吹いても、彼女の頬は赤いままだった。

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