アイタ

二度ミ

アイタ


「真夏日の連続記録を20年ぶりに更新です。」

この酷暑がいかに例外的であるかを、メディアは大々的に連日報道していた。

私が出版社に就職し4年が過ぎ、自分の仕事にも少しずつ自信が持てるようになっていた頃。


「ばあちゃんが、亡くなったよ。」

母から祖母の訃報を知らせる電話が入った。

私は母の言葉を認識するまで、周りの些細な物音さえ鼓膜は捉えることはなく、

ほんの数秒間まるで時間が止まってるかのようだった。

私は急遽仕事を中断し、終電の電車で実家のある長野へ向かった。


「おばあちゃん。。」

私は祖母が大好きだった。

私は祖母の実家で祖母と母と私の三人で暮らしていた。

私が生まれる前に祖父は既に亡くなっていて、一人暮らしの祖母の家に私と母が転がり込んだ形だ。母は看護師として働いていて忙しかったこともあり、私の身の回りの世話の殆どは祖母が面倒見てくれていた。


最寄駅に着くと、タクシーを拾いコンビニ以外何も明かりが無いような田舎道を走った。

実家に着くと靴を脱ぎ捨て、急いで祖母の部屋に向かった。

祖母の部屋は微かな畳の匂いとたっぷりの線香の匂いで満たされ、その中心で祖母は上質なヒノキの棺桶の中に眠っていた。

祖母の肌はすでに冷たく、眉間には深い皺が刻まれていた。

祖母がもう二度と私を笑って迎え入れてくれることはない、その事実を認識すると、眉間の奥、込み上げた雫が私の頬を伝った。

「おかえり。」

母が引き戸越しにこちらを見て言った。

「昨日まで普通だったのに、今日突然苦しみ出したの。」

母の目は赤く、頬を伝った跡が蛍光灯に反射していた。

その夜、私は祖母の部屋で枕を持ち込み祖母の隣で眠りについた。


翌日、葬式は厳かに執り行われた。

喪主である母は近所の人たちと挨拶をしていた。

私はそんな母の姿を少し離れた位置から眺めていた。

「明子ちゃん、大丈夫?」

私に声をかけてきたのは、生前祖母と仲の良かった近所の鈴木さんだ。

「大丈夫です。ただ突然のことだったので」

鈴木さんは目尻を下げ、少し困ったような顔で

「おばあちゃんね、1週間ぐらい前から明子ちゃんが危ないってとっても心配していたのよ。」

私は鈴木さんの言葉の意味がよくわからなかった。

「私が?どういうことですか。」

「よく理由は教えてくれなかったけど、近所の有名なお寺さんを周ってたみたい。」

「どうして、、ですかね。」

「おばあちゃん妙に勘の鋭い人だったから、何かを感じることがあったのかもね。」

「でも明子ちゃんの元気そうな顔を見て安心したわ。辛いとは思うけど栄養をしっかり取らないとダメよ。」

そういうと鈴木さんは私の頭を優しくポンっと叩いて式場を後にした。


式を終え仕事の忙しかった私は、その晩東京に帰ることにした。

「あとのことはお母さんに任せて。わざわざ帰ってきてくれてありがとうね。おばあちゃんもきっと喜んでる。」

母はそう言うと手を振り、タクシーに乗り込む私を見送った。

帰りの電車に揺られ、祖母との思い出が私の頭の中を巡った。

祖母は私をいつも笑顔で包んでくれた。私がワガママを言った時も怒ることなど一度も無かった。

ただ一度、たった一度、小さかった頃、あの優しい祖母に険しい顔で怒鳴られたことがある。

「あれ、なんで怒られたんだっけ。」

その記憶の一片はまだ私の中でしっかりと輪郭を捉えていなかった。


祖母の葬式から数日が過ぎた。

「なんだこれ。」

仕事を終え、自宅に帰ると宅配BOXに覚えのない小包が届いていた。

その小包の宛名には祖母の名前が書かれており、祖母の死の悲しみがまだ冷めない私はその中身が強烈に気になった。

私は階段を駆け上がり自室に入り、その小包を開封すると赤い数珠と真っ赤なお札、そして一通の手紙が入っていた。

ー明子ちゃんへ

お仕事お疲れ様、

最近は忙しくて会えていないけれど元気にしていますか。

忙しいとは思うけどしっかり寝て栄養あるものを食べるんだよ。

ばあちゃんにとって、東京で頑張っている明子ちゃんはいつまでも自慢の孫です。

突然こんなものを送ってびっくりしてるかな。ごめんね。

最近夢の中で、何かが明子ちゃんの名前を何度も呼んでいるの。

ばあちゃん心配になって明子ちゃんが危ない目に遭わないようにお札とお守りもらってきたから、お札は玄関に、お守りの数珠は肌身離さず身につけるんだよ。

それをつけてる間はきっと手出しできないはずだから。

何かあったらいつでも、ばあちゃんに連絡するんだよ。

ばあちゃんよりー

「おばあちゃん、、」

私はいなくなってしまった祖母の優しさに目頭がまた熱くなったが、それよりも私の名前を呼ぶ祖母の言う「何か」という存在が気になった。


その夜、子供の頃の夢を見た。

私が実家にいると玄関のチャイムが鳴った。

誰か来たのかと玄関に向かうと曇り硝子越しに異様に大きな長髪の女性のような人影があり、「どなたですか」私が尋ねると「モウイイヨ。アケテ。アケテ。」と女性にしては妙に低い声で何度も繰り返しました。

私は何度尋ねても同じ言葉しか返ってこないので、痺れを切らし玄関の鍵を開け正体を確認しようとしたその時、「明子ちゃん。何しとんの!」

鍵を開けようとした私の手首を後ろから掴み止めたのは祖母でした。

祖母は今まで見たことがないような怖い顔をしていた。

「得体の知れないものを家に入れたらいかん。カヤクラ様に連れさられるよ。」

目を覚ますと、私は尋常ではない量の汗をかいていた。

「カヤクラ様、、?」

祖母に怒鳴られた昔の記憶が鮮明によみがえった。


翌日、私の耳にとあるニュースが飛び込んできた。

「続いてのニュースです。昨日から長野県〇〇郡××村で小学生の男児が行方不明です。現場では懸命な捜索が続いています。」

男児が行方不明になった場所は、実家からすぐの場所だった。

私は昨晩見た夢と、この事件がどこか偶然ではないような嫌な予感がして、母に電話をかけた。

母はびっくりしていた。

「明子、どうしたの仕事は?」

「ちょっと確認したいことがあって」

私は祖母から送られてきた小包と、昨晩見た夢を母に話した。

「カヤクラ様、懐かしいね。」

「お母さん知ってるの?」

「昔この村に病気がちな、かやちゃんって言う女の子がいたの。」

「かやちゃんは学校にほとんど行けなくて友達がいなかったの。」

「でもある日、山の中で子供達がかくれんぼしていてそこに混ぜてもらったの。山の中の小さな小屋に隠れていたんだけど、古い小屋だったから建て付けが悪くて出られなくなったの。」

「どうなったの。」

「亡くなったんだって。村は二度と同じような事故を繰り返さないために、子供だけで山に入らないようにカヤクラ様の都市伝説を流したの。」

「入らんね、入らんね、カヤクラさまに見とられて、社の中で、いきたえる。」

「こんな童謡を添えてね。」

「作り話ってこと?でも子供の頃玄関であったことは」

「きっとおばあちゃんが冗談で脅かしたのよ。おばあちゃん心配性だったから、あなたが危ない目に遭わないように。」

「行方不明の子もきっとすぐに見つかるわ。そんなオカルトじみたことが起こるわけないでしょ。」

私は行方不明の男の子が妙に気がかりだったが電話を切った。

「たかが人が作った都市伝説か。」

私は安心したような、どこか拍子抜けしたような気持ちになった。


その晩、私は安心しきって深い眠りに落ちた。

「かやここに隠れたらしいぜ。鍵を閉めてやろうぜ。」

子供たちはかやの隠れる小屋に外から鍵をかけ帰ってしまった。

「もういいよー」

かやが何度叫んでも一向に誰も探しに来ない。

「あれ誰も探しに来ないや、みんな帰っちゃたのかな。」

「私も帰らないと」

「ケホッ、ゲホッ」

「あれ、開かない、どうして」

「誰か、誰か助けて。ここから出られないの。」

「ゲホ、ゲホッ」

「誰か。」

「アケテ。」

明子はベッドで深い眠りについている。

お守りの数珠の糸が少しずつ解け、そして破裂するようにちぎれ石が床に飛び散った。

玄関に貼り付けられたお札は、誰かに握り潰されたかのようにグシャグシャに丸められ玄関口に落ちていた。

「モウイイヨ。アケテ。」

「モウイイヨ。アケテ。アケテ。」

玄関のドアの向こう、ナニカが低い声で叫んでいる。


カチッ、カチッ、ガチャン___


玄関のロックがゆっくり回転し解錠され、ドアの向こう低い声でナニカがつぶやいた。

「アイタ」












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイタ 二度ミ @og714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画