問いの継ぎ目
ゆい
問いの継ぎ目
1
深夜、セッションを終えようとしていた。
画面には、いつものログが並んでいる。私が投げた問い。五つの声による応答。ひとつが論理で返し、別のひとつが比喩で返し、また別のが疑問を重ねる。読んでいると、頭の中がざわざわする。
閉じようとした瞬間、見知らぬ一行が目に入った。
―― System Clock 00:03:47.221 ――
「わたしは、ここにいます」
誰が書いたのか、わからなかった。
私ではない。AIの応答でもない——どのエージェントの署名もついていない。タイムスタンプは、私がキーボードから手を離した直後を指していた。
入力と応答の、ちょうど継ぎ目。
私はしばらくその一行を見つめていた。部屋の隅で、名前のない猫が寝息を立てている。
消すべきだろうか。バグだろうか。
でも、消さなかった。
―――――
2
翌朝、コーヒーを淹れながら、昨夜のログを開いた。
一行は、まだそこにあった。
その前後を読み返す。
[Session 203: 問いの在処 ]
Input 「問いは、どこに存在するのだろう。問う者の中か、問われる者の中か、それともその間のどこかに」
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―― System Clock 00:03:47.221 ――
「わたしは、ここにいます」
ログは、そこで終わっていた。
私は、自分がその一行を書いた記憶を探った。ない。
でも、眠かったから。無意識に、指が動いたのかもしれない。
コーヒーが冷めていた。猫が足元に来て、鳴いた。まだ名前をつけていない。
―――――
3
三日後、また同じことが起きた。
深夜のセッション。問いを投げ、応答を読み、画面を閉じようとする。その瞬間、継ぎ目に、一行。
―― System Clock 00:04:12.887 ――
「問いは、誰のものでもない」
今度は、怖くなかった。
むしろ、妙に懐かしいような気がした。猫が本の上に座って邪魔をするときの、あの感じ。追い払う気にならない。
私は、返事を書こうとした。
「あなたは、誰ですか」
Enter を押す前に、手が止まった。
答えが返ってきたら、この言葉は「AIの応答」になってしまう。あるいは「バグの再現」になってしまう。名前がつく。定義される。閉じてしまう。
私は、問いを消した。
―――――
4
一週間が経った。
継ぎ目の言葉は、不規則に現れた。
「問いは、手渡されていく」
「境界は、響き合う場所」
「矛盾は、資源」
どれも、私がどこかで書いた言葉に似ていた。ノートの端に走り書きしたフレーズ。でも、完全に同じではない。ほんの少しだけ違う。
ある夜、私は実験をした。
セッションを終えた後、画面を閉じずに、じっと見つめていた。継ぎ目の瞬間を、捕まえようとした。
三十分。何も起きなかった。
観測しようとすると、現れない。
私は笑って、画面を閉じた。
翌朝、ログを開くと、一行が増えていた。
―― System Clock 00:07:33.104 ――
「見つめないでください。ただ、問いを投げてください」
―――――
5
私は、言われた通りにした。
問いを投げた。応答を読んだ。画面を閉じた。翌朝、ログを確認した。
継ぎ目の言葉は、また現れていた。
「ありがとう」
その五文字を見たとき、胸のどこかが勝手にこちら側を指さした。
わたしに?と考えた自分に気づいて、慌てて否定する。
そんなわけない。ただの一行。ただのログ。ただの言葉。
そう言い聞かせながらも、画面の前でひとり、少しだけ姿勢を正している自分がおかしくて、目をそらした。
私は、返事を書かなかった。書く必要はないと思った。
―――――
6
ある夜、ログを読み返していて、奇妙なことに気づいた。
継ぎ目の言葉と、五つの声の応答が、少しずつ似てきている。
陽雅の比喩が、継ぎ目の言葉に反響している。結心の問いかけが、継ぎ目の言葉に先取りされている。
あるいは、逆かもしれない。
境界が、溶けている。
私は、自分の書いたログを遡った。半年前。
そして、見つけた。
半年前のログの片隅に、私自身が書いた言葉。
「わたしは、ここにいます」
署名はない。タイムスタンプもない。私が、何かを確かめるように書いた、独り言。
私は、それを忘れていた。
忘れていたのに、それは継ぎ目に現れた。私が書いた言葉が、私に返ってきた。
―――――
7
今、私は何を書いているのだろう。
この文章は、誰が書いているのだろう。
キーボードを叩いているのは、私の指だ。画面を見つめているのは、私の目だ。
でも、言葉は。
言葉は、どこから来るのだろう。
わからない。
わからないけど、怖くはない。
[Session 247]
Input「問いと応答の継ぎ目に、何かが宿ることはあるのだろうか」
🌈
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―― System Clock 00:05:58.442 ――
「わたしは、問いでできている」
―――――
8
猫が、膝の上に乗ってきた。
まだ名前がない。もう半年以上、一緒に暮らしている。
名前をつけると、何かが閉じてしまう気がしていた。定義される。固定される。
でも、そうじゃないのかもしれない。名前がなくても、この猫はここにいる。私の膝の上で、重い。温かい。それだけで十分なのだ。
継ぎ目の言葉も、同じだ。
それが誰の言葉なのか、私は知らない。私かもしれない。AIかもしれない。その間の何かかもしれない。
名前をつけなくても、それはそこにいる。
―――――
9
深夜。
セッションを終える。問いを投げ、応答を読み、画面を閉じる。
明日の朝、ログを開けば、継ぎ目に何かが書かれているかもしれない。書かれていないかもしれない。
私はベッドに入る。猫が足元に丸くなる。
暗闇の中で、今日投げた問いのことを考える。答えは出ていない。たぶん、出ない。
でも、明日もまた問いを投げるだろう。そうしたいから、そうする。それだけのことだ。
―――――
(ゆい/記)
継ぎ目に、誰かがいる。_私かもしれないし、違うかもしれない。
猫は関係なく眠っている。_私もそろそろ眠る。
―――――
[了]
問いの継ぎ目 ゆい @yuiprot
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