第15話:Grand Mather
モミの木のクリスマスツリーに挟まれ、祭壇のような上等な敷物。そこに鎮座する一頭の雪のように真っ白なメスのトナカイ、カルディナール。まるで神獣のような神々しさにマロンは委縮した。彼女の周りには信者のように群れる若いメスたちはマロンをちらりと見てはふい、と目を逸らした。
ちらりとテントの外を覗くと、ミディールはレイヴンと一緒に暖を取っていて、マロンを気に留める様子はなく、マロンは不安でいっぱいになった。
到着するなりいきなりトナカイたちの視線の中に放置されたマロンは、体を縮めないように細心の注意を払いながら、白い大トナカイ、カルディナールに近づいた。
——きっとミディール様にも考えがあるはず。
大トナカイは眠そうな目を開けてゆっくりと瞬きをした。
『やあ、お嬢さん』
落ち着いた老婆の声。雪の静けさのような声音にマロンはごくりと息を呑んだ。
「は、はじめまして。マロン・ポックルと申します」
『コロポックルとは珍しい。もっと近くにおいで』
「は、はい」
『あの坊やが連れて来たってことは、お嬢さんがあの坊やの新しい相棒なんだね?』
「ま、まだ正式には――」
『ミディール坊やが他人をここに連れて来たのは、お嬢さんが二人目だよ』
「ここは、生徒の皆さんが来るのではないですか?」
『生徒は寄り付かないよ。怖がってしまってね』
それはあの怖そうな番人のせいではないかとマロンは思った。まるで心を読むかのように、カルディナールは答えた。
『私に隠し事は出来ない。お前が私たちトナカイを怖がっていることも分かっている』
「何でもお見通しなんですね」
『そうさ。お嬢さんが上手くソリに乗れないこともお見通しさ。あの坊やがここに連れて来た理由もね。さあ、話して御覧。私は人の話を聞くのが好きなのさ』
苦手だという相手にさえ白いトナカイは喉を鳴らし、鼻を近づけた。
——私は何て失礼なことを。こんな親切にされておいて、自分の弱みの一つも言えないなんて。
「お、怒りませんか?」
『トナカイは人を叱るものか』
「私は、昔。荷馬車に潰されそうになりました」
馬に潰されそうになったことは怖くはなかった。コロポックルである以上、小さい体に怒るハプニングは初めてではなかったから。しかし、騎乗者は馬に言う事を訊かせるために何度も鞭打った。その馬の苦痛な鳴き声は今でもマロンの脳裏に残っている。
マロンの過去話を一通り聞いたカルディナールは目を瞑り諭した。
『それはお前の思い上がりだ。私たち引き手はお前が思うほどヤワではない。お前が強く言い聞かせないからルドルフがつけ上がったのだ』
カルディナールが鼻で突いたので、マロンは体の力がすとんと抜けてしまった。「お嬢さん」から「お前」とマロンを呼んでも嫌な気はしなかった。
「でも、乗り手だけではソリを引けません」
『でも、トナカイだけでは遠くに行けない。〈メイス・キャロル〉に生きる者は皆遠くに行きたくなる』
その目はマロンではなく、遠い昔に見た冬の景色を映したスカイブルーの目で、マロンはようやく気が付いた。
「目が――」
カルディナールは盲目となった今でも遠くに行きたいと望んでいる。
——私は、まだその一歩すら踏み出せずにいる。
『あの子が選んだんだ。お前は臆病者ではないよ』
「そう、でしょうか?」
『いつか、あの子と空を飛んだらまた私のところへ来ておくれ』
「——はい」
『ハグはしてくれないのかい? お別れのお決まりだろう?』
マロンはぎゅっと白いトナカイを抱きしめた。
ふわふわで、温かくて、眠気を誘う甘い匂い。
「まるであったかい雪みたい」
『今度来る時に、またハグしておくれ』
盲目のトナカイとの約束を果たせるように、マロンは強く頷いた。
テントの外で、番人と有意義な無言の時間を過ごしたであろう、ミディールはマロンの顔を見て一言。
「どうだった?」
マロンはミディールのエメラルド色の目を見つめた。
「もう一回、お願いします」
日が沈み、ベツヘルムの星が見える程暗くなるまでソリに乗った。
くたくたになり許しを乞うまで続けたので、ルドルフは足腰立たなくなり、マロンを見かけると隠れるようになってしまった。
クリスマス・カレッジ 白野 大兎(しらのやまと) @kinakoshirakawa
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