西に街

匿名八十六番

西に街

『意味なんて、要りませんね。だってそこにあるんですから。』

B『そんなことよりそこをどいてください。通れません』

A『あぁ夕焼けが綺麗なのは何故か、と、この前そこの崖で考えている人が居りました。それが心象であれ、自然現象であれ、そこに "美" があることに変わりないのですから。そんなこと考えなくて良いのに、と、私は見つめているだけでした。』

B『あの。聞いてください、』

A『この特になんともない細道を起点に、南に森、東に森、西に街、北に崖があるのです。この 〝なんともなさ〟 に意味なんてあると思いますか?』

B『知りませんけど、』

A『意味を考えれば因果が狂ってしまう。意味はあなたの内臓を掻き乱し、脳に巨大な膿を作り、足は蔓のように絡まる。』

B『あの、ですから、』

A『このままここにいることに意味などない。居ないことにも意味などない。生き続けることにも、死ぬことにも 』

B『あっ 。』

A『____zあ___i______  。』


 私には、彼(もしくは彼女)の言っていることは全く聞こえませんでした。
ただ、最後に『 。』と、何か言いたげな沈黙が聞こえました。自殺した人の魂は、成仏できずにその場所で永遠に死に続けると言われています。彼女(もしくは彼)はおそらく、なんらかの考えに行き着いてしまい、この何もない森林で息絶えたのでしょう。餓死。それは自殺ではありませんが、彼(もしくは彼女)は餓え死ぬことから逃げようとせず、延々と体力を消耗し続けました。むしろ餓に飢えていたのでしょう。
彼(もしくは彼女)は、ここで餓え続けているのでしょう。



 「ラヂヲの特定の電波の入りが悪くなった」と依頼されてやって来て地図を眺めれば、私の五感が「ピーン」と音を立てるように閃きました。それは「なーんだ。」というような響きでした。その土地の近くには、不気味な佇まいの山脈があったのです。ぼーっとした線を青空に引き、そこから下を色味のない緑に染めている山脈は、言うなれば「呪われるためにある」ような不思議なオーラを放っていました。恐らく、この山々を見てこんなことを言うのは私だけでしょう。彼(もしくは彼女)の場所を探すのは、かなりの体力作業でした。なんせ枯れているのか、活きているのかもよくわからない植物の生えた、まどろっこしい道を延々と行かなければならないのですから。その風景の不気味さ、退屈さ、そしてこの高い湿度が、私の体力をみるみる奪います。そうして時間も場所も、私の最初の見当とは大幅にずれ出した頃、ようやく彼(もしくは彼女)の声が聞こえたのです。「ザザーーー。 。」左手に持っていた機械が音を立てました。何かが聞こえるようです。丁度よく壊れたこの機械は、他人にはガラクタ以下でしょうが、私の商売には欠かせません。(何より、私好みなのです。)それから、私は余韻に浸ることも、達成感を得ることもなく、ただただ同じ道を辿って帰って来ました。シャツがべっとりと肌に引っ付いて鬱陶しい。そう言うと依頼主は旅館を紹介してくださいました。どうやらラヂヲはまた正常に電波をキャッチするようになったようです。


 私は、あの奇妙な沈黙を、機械越しに聞いたのか、それとも自分の耳で聞いたのか。今でも思い出せないのです。ただ、私はなんとなく、こう憶測しているのです。彼(もしくは彼女)は、「意味を求めない意味」を探すうちに死んでいったのではないかと。実は昨年、図書館の倉庫整理をしていたところ、「意味のもつ意味」というタイトルの論文を見つけたのです。(私は司書ではありませんが。) その紙束にはラベルもついておらず、出どころもわからないものでした。
たしか著者名は─────


 この街から山脈へは東。ウォーキングや修行などであの山に人が向かうことは珍しくないそうです。私はこの山脈以外にこの街に不愉快を感じませんでした。むしろ何か秀でた特産品があったり、人で大賑わいしている街よりも、趣を感じる街だったように思います。またあの旅館にお邪魔しようかとも思っています。でも一つだけ、あの山脈を


南から東へ真っ直ぐ歩き続けるのだけはよしておこうかな。


 そんなことを考えながら汽車に揺られ、報告書に書く内容を考えていました。あの街の景色は汽車が走り出した瞬間にすぐ遠のいて、あの奇妙な山脈のラインも、思い出せなくなってしまいました。こうして体験は立体から平面へと移されて行き、蓄積されていくのです。彼(彼女)はその一部になれるのでしょうか?

• • • それは私の筆次第なのですけれど。

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西に街 匿名八十六番 @tokumei_No86

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