モンスターより母は強し ~異世界でモンスターテイマーになったら、契約モンスターがモンスターペアレントで、冒険より先に家族旅行が始まりました~

加加阿 葵

モンスターより母は強し ~異世界でモンスターテイマーになったら、契約モンスターがモンスターペアレントで、冒険より先に家族旅行が始まりました~

 俺は、女神をぶん殴りたい。せめて土下座させたい。

 ――いや、もちろん物理的には無理なんだけどさ。



「あなたには素晴らしい素質があります!」


 真っ白な空間で、女神らしき金髪美女がテンション高く言った。


「死因はトラックとの衝突! 猫ちゃんは無事です!」

「……」

「ので、異世界に転生してチート職をあげます! 何がいいですか? 剣聖? 賢者? 勇者?」


 俺は即答した。


「モンスターテイマーで」

「モンスター……?」

「魔物と仲良くなって、一緒に旅するやつ。ドラゴンの子ども拾って育てたり、スライム可愛がったり、ああいうの」


 女神はきょとんとしたあと、ぱっと笑顔を浮かべる。


「わかりました! あなたにぴったりのモンスターを用意しておきますね! ではよい異世界ライフを〜!」


「ちょ、詳しく――」


 聞き返す暇もなく、視界が真っ暗になった。



「……生きてる?」


 まぶたを開けると、そこは草の匂いのする森の中だった。


 頭上には見たことのない大きな月。

 遠くで鳥とも獣ともつかない鳴き声が聞こえる。


「異世界……だよな、これ」


 体を起こすと、視界の端に青い文字が浮かぶ。


==========

 名前:サトウタクミ

 年齢:16歳

 レベル:1

 職業:モンスターテイマー

 固有スキル:《モンスター召喚》

 契約中:1体

==========


「おお……ステータスウィンドウ……」


 厨二心がくすぐられて、ちょっとテンションが上がる。

 固有スキルにモンスター召喚があって、モンスターを仲間にする的なスキルがないのにちょっと違和感あるけど、細かいことはいっか。

 

 ――そんなことより。


「契約中1体!? もう何かテイムしてんの俺!?」


 女神様がピッタリの用意してるって言ってたな!

 テンション上がってきた。


「よし、呼んでみるか。《モンスター召喚》!」


 スキル名を口にした瞬間、足元の大地がぼうっと光り始めた。


「おお……?」


 最初は小さな魔法陣かと思ったのに、光はどんどん広がっていく。

 直径1メートル、2メートル、3メートル――いや、もっとだ。俺と木々をまとめて飲み込みそうな勢いで、巨大な魔法陣が地面に刻まれていく。


 淡い青と金の線が幾重にも重なり、二重、三重の円が浮かび上がる。空気がびりっと震えて、森のざわめきがぴたりと止まった。


「え、ちょっと待って、これ絶対強いやつじゃん!?」


 風が巻き起こる。

 周囲の草が、ばさぁっと魔法陣から外側へとなぎ払われる。耳鳴りと一緒に、低い唸りみたいな音が遠くから響いてくる。

 ドラゴンの咆哮みたいな、獣の唸りみたいな、何かの鳴き声みたいな――全部が混ざったような音。


 光の柱が、空に向かってまっすぐ伸びた。


「ドラゴン? フェンリル? なんだ? 何が出る?」


 ごくりと唾を飲む。

 胸が、期待と恐怖でどくどくいっていた。

 眩しすぎて目を細めながら、光の柱の中心を凝らして見る。


 光の中に――人影のようなものが見えた。


 ――人影?


 すらりとしたシルエット。長い髪。エプロン。

 光が消えた。


「たっくん!!」


 視界いっぱいに、涙ぐんだ顔が飛び込んでくる。

 肺から空気が抜けるほどの勢いで抱きしめられて、思わずぐえっと変な声が出た。

 

「……は?」


 森の中で、俺は固まった。

 そこにいたのは、前世で何回も見てきた顔だった。


 黒髪をひとつに束ねた、元気そうな中年女性。

 エプロンには「I didn’t take a bath yesterday」と謎の英文。


「たっくん! 生きてる……ほんとに生きてる……!」


 今、勢いよく俺に抱きついてきてるこの女性は――間違いなく、俺の母さんだ。


「たっくんが轢かれたって病院に行ったら、光に包まれてて、頭に女の人の声が聞こえて、一緒に行きます? みたいなん言われてお母さんびっくりしちゃった。 まあ、お父さんはいないし、たっくんひとりっ子だし、お母さんにはたっくんしかいないから行くって言ったらこれよ。幽体離脱って言うのかしら? 自分のこと真上から見るのなんて初めてだったわ。ってことは今病院にお母さんの抜け殻があr――」


「いや待って待って待って! ちょっと落ち着いて!」


 現実を認めたくない頭が、フル回転する。


「たっくん! 生きててよかった!」

「え、なんで母さんが!?」

「なんでってなによそれ! お母さん悲しい!」

「ここ異世界だよ!? それなのに女神様に言われるままついてきたの?」

「当たり前でしょ? うちの大事な一人息子なんだから!」


 母さんは当たり前のように胸を張る。

 俺の視界の端に、ステータスが更新された。


==========

 契約モンスター

 名前:サトウサチコ

 年齢:情報を表示できません

 レベル:情報を表示できません

 種族:人間

 ランク:HH

 スキル:《説教(範囲)》《過保護》《息子センサー》《値引き交渉》etc……

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「母親以外の何者でもないスキル欄だな……」


 母さんの方をチラッと見る。


「あら、そういえば洗濯機回したまんまだわ。あ! 向かいの田島さんとこに回覧板回してなかった!」


 母さん……もうここ異世界だよ。

 


「とりあえずギルドに行って登録しろ、ってメッセージあったけど……」

「ギルド? 危なくないの?」

「仕事とか受けられるところ。危ないかはわかんないけど行ってみようよ」


 周囲を行き交う人々が、俺たちを怪訝そうに見てくる。

 そりゃそうだ。森の中からド派手エプロンのオバサンが出てきたら誰でも見る。


「とにかく、お母さんも一緒に行くから。変な事させようとしたら、そのギルドとやらに文句言ってやるから!」

「絶対やめて」


 街に着いて、冒険者ギルドの建物を見つけた。

 大きな木製の扉。中からは人々の喧騒とお酒の匂いが漂ってくる。


「ここか……」

「なんか治安悪そうね」

「母さんはちょっと外で……」

「一緒に行くに決まってるでしょ」


 肩をがっちり掴まれ、そのまま背中を押されるように一緒にギルドの中へ。

 俺より筋力ステータス高くない? 母さん。



「新人さんの登録ですね〜。職業は……」

「モンスターテイマーです」


 受付嬢はにこやかに笑って、俺のステータスを確認する。


「……固有スキル《モンスター召喚》……他のステータスも問題なさそうですね」


「うちの子、こう見えて真面目で優しくて、毎日ちゃんと学校行ってたんですよ?」

「母さん言わなくていいからそういうの!」

「部活だってねぇ、もう……」

「いいから!」


 受付嬢が困ったように笑った。


「えっと……とにかく、ギルドカードは発行できますから。最初は初心者用の簡単な依頼から――」

「簡単ってどのレベルの簡単ですか?」


 母さんの目が光る。


「え?」

「うちの子に怪我させるような仕事だったら許しませんからね。具体的に危険度、リスク、サポート体制、教えてもらえます?」

「困ってるから!」

「だって、危険なことさせるなんて――」

「異世界の仕事ってそういうもんだから!」


 周囲の冒険者たちが、ちらちらとこちらを見始める。


「おい見ろよ、ギルドにママ連れてきてらあ」

「でも圧やばくね?」

「ギルドマスターより圧あるくないか?」

「あれ、ほんとに人間か?」


 ひそひそ話が聞こえる。

 受付嬢は必死に笑顔を保った。


「あ、あの、本当に初心者向けなので……薬草採取とか……。ほとんど害のない小型モンスターの討伐とか……。あ、あとサポートはですね――えっと……こちら親御さん向け安全ガイドに――」

「小型ってどのくらいですか?」

「え?」

「うちの子より小さいですか? 牙は? 毒は? 飛ぶ? 飛びます?」

「母さん!」



「あら、それならお母さんでもできそうだわ」

 

 なんとか初心者用の薬草採取クエストを受けることになり、俺たちはギルドを出た。

 受付嬢は最後まで引きつった笑顔を浮かべていた。


 本当に申し訳ない。

 前世でもモンスターペアレントなんじゃないかって何かと話題の母親でして……。


 ――モンスターペアレント? モンスター……?


 おいまさか!! あの女神やりやがったか!?


「完全にギルドの厄介客になったじゃん……」

「何が厄介よ。正当な質問じゃない」

「モンスターよりビビられてたよ母さん」

「いいのよ、うちの子を危険から守るためだもの」


 母さんは胸を張る。


 ……まあ、守ってくれようとしているのはわかる。わかるけども。



「たっくん見て! 信じらんないくらい気持ち悪い虫いる! お母さん虫ダメなのよ! たっくん早く来て!」

「母さん、もう目的の森着くよ」


 森の中、指定の薬草を探して歩いていると、がさり、と茂みが揺れた。


「……!」


 茂みから現れたのは、自分の何倍もの大きさのイノシシみたいなモンスターだった。真っ赤なたてがみを逆立て、シュコーと荒い息をたてながら、前足で地面を蹴ってる。


 突進してくる!

 でも、足がすくんで、一瞬、逃げるという選択肢が頭から吹き飛んだ。


「たっくん危ない!」

「母さんの方が危な――!」


 言い終わる前に、母さんが一歩前に出た。


「ちょっとあんた!」


 ――え?


 森に響き渡る怒鳴り声。


「他人様の子に牙むいてどういうつもり!? 親御さんの顔が見てみたいわ!」


 イノシシモンスターが、びくっ、と足を止めた。

 明らかに怯えている。


「うちの子ね! 小さい命を救ってようやく第2の人生スタートしたばっかりなの!」

「母さんその情報、魔物に伝えてどうすんの!?」

「それをねぇ! 初日から襲うってどういう教育受けたの!? 謝りなさい!」


 母さんの目から、怒りのオーラが噴き出した。


「あ・や・ま・り・な・さ・い!」


 ステータスウィンドウがぼん、と開く。


《契約モンスター『サトウサチコ

《効果:一定範囲内の敵対生物の戦意を著しく減退させる》


 説教って俺に対してのスキルじゃなかったのか……。


 イノシシモンスターは「キュイィ」と情けない声を上げ、その場にぺたんと座り込んだ。

 目がうるんでいる。ごめんなさいって顔をしてる……いや、わかんない。


「反省してるわね……」

「してるの!? わかるの!? 母さんにしかわかんないやつ!?」

「今回は特別に許してあげる。でも2度とやっちゃダメよ? いい?」


 イノシシモンスターはこくこくと首を縦に振るように体を揺らし、そのまま森の奥へと猛ダッシュで逃げていった。


「全くなんなのよ……さ、薬草探しましょ」


 母は強し。



 ギルドで受付嬢にクエストの完了と赤いたてがみのイノシシとの遭遇について報告すると、ギルドがザワついた。


「……赤いたてがみ……!」

「あのA級モンスター近くまで来てやがるのか」

「それをあの新人が追い払っただと?」

「モンスターテイマーって聞いたぞ」

「どんなすげえモンスターを従えてるんだ?」


 全部うちの母さんがやりました。

 薬草も実はしばらく腰抜かしてた俺に変わってせっせこ集めてくれました。



「あら、結構いい部屋ね」

「だね」

「でも、テレビないわね。まーくんが出てるドラマ今日じゃなかったかしら?」

「ここもう日本じゃないよ?」


 ギルド近くの宿のベッドに寝転びながら、俺は天井を見つめていた。

 薬草採取の報酬じゃ泊まれないような宿だが、母さんのスキル《値引き交渉》炸裂してた。


 思ってた異世界生活とかなり違う。

 ドラゴンと一緒に無双するチートライフはどこへ行った。

 可愛らしいスライムとだらだら過ごすスローライフはどこへ行った。


「明日何する? お母さんはお城が見たいわ」

 

 現実は、モンスターじゃなくて自分の母親が召喚された。


 ……でも。


 今日、森で魔物に襲われたとき。

 母さんが、本気で俺を庇うように前に出てきたのを見てしまった。


 母さんも怖かったに決まってる。絶対に。

 それでも怒鳴ってくれた。


 前世でも、こんな感じで野良犬から俺のこと守ってくれてたなあ、と少し懐かしくなる。説教はしてなかったけど。


「たっくん、ちゃんと布団かけてる?」


 となりのベッドから声がした。


「かけてるよ」

「風邪ひかないようにね」

「わかってるって」

「また危ない目にあってもお母さん何とかするから」

「……うん」


 やっぱりこの人は、モンスターだ。

 モンスター級の、ペアレント。


 俺は苦笑しながら、目を閉じた。


「……まあ」

「なあに?」

「なんだかんだで、ひとりきりじゃないのは、ありがたいかも」

「なにそれ、素直じゃない言い方」

「母さんにはちょうどいいでしょ」


 そんなやり取りをしてたら、ゆっくりと眠気が降りてくる。


 これから始まるのは異世界を回るただの家族旅行。

 女神のことはいつかぶん殴りたいけど。でも、今はこのモンスター級の母さんと、一緒に歩いていくのも悪くないって思う。

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