雨の日の夜 / 掌編

よるん、

雨の日の夜

 窓を開けると雨が降っていた。閉めた状態では気が付かなかったが、屋根を打つ音が耳を鳴らす。こもった空気が外に出て、新しい風が部屋に入ってきた。湿った風は重々しく、夜の暗い部屋には似つかわしかった。

 雨が入ってしまうな、とは思ったが、ひやりとした風は気持ちが良く、しばらく換気の時間を過ごしたくなった。最近はどうも寝苦しくてかなわない。寝具が自分に合っていないのかもしれないし、日頃のストレスが積もっているのかもしれない。いずれにせよ、しっとりした風とぽたぽた滴る雨音は気分転換にちょうど良かった。

 雨の日は嫌い、と震える声で言った女性のことを思い出した。大学のサークルの先輩で、関わる機会はそう多くなかったと思う。合宿の夜、ラウンジで眠れない様子の彼女が黒髪を垂らしてうつむいていた姿が印象的だった。そのひとがどういう気持ちでいたのか、自分には理解できなかった。

 傘を忘れた日に限って雨に降られるのは嫌だ。洗濯物が乾かないのも困る。でも家の中にいるぶんには、雨の音が響くのは嫌いじゃない。むしろ静かな気分になって心地良い。特に夜の雨音は、どこか神秘的な感じがして好きだった。

 彼女はどうして雨の日が嫌いだったんだろう。外のしっとりとした空気を受けながら考える。答えが出ないと分かりきっていることを考えても仕方がない。でも、なんとなくあの絞り出すような声が忘れられずにいた。

 彼女は今、何をしているのだろうか。特に喋る機会は多くなかったし、先輩が卒業してからは関わることもなかった。なんなら連絡先すらも知らない。顔すらおぼろげで、思い出せるかどうか怪しい。それなのに、なんであのラウンジで丸まっていた背中を無性に思い出してしまうのだろう。肩下まで垂れた黒髪を、耐えるように瞑ったまぶたを、小刻みに震える睫毛を、何故だか忘れることができなかった。

 心を閉じるように、窓を閉めて鍵をかける。風はやみ、直接耳に届いていた雨音はもうかすかにしか感じられない。毛布をかぶり、枕に頭を乗せる。ぎゅっと目を瞑って、身を抱き寄せる。雨の日は嫌い。頭のどこか遠くで、声が聞こえる。次第にまぶたは弛緩して、頭は重くなっていく。おぼろげな記憶は霧散し、ゆっくりと意識は薄れていった。

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雨の日の夜 / 掌編 よるん、 @4rn_L

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