死体

秋桜

「死体」

 趣味で絵を描いていた女性がいた。名前は識香織。

 香織が何となくネットに絵を投稿したところ、予想以上の反応がきて、心臓が大きく跳ね上がった。血が湧き上がり、身体が火照って仕方ない。やる気に満ちた勢いのまま完成した絵を上げ続けていると、段々、作品にコメントが付くようになり、一人ひとり大切に読んでいき返信していった。

 そんな時だ。あるコメントが目についた。

「構図被ってないですか?」「パクりじゃね?」

「なんか同じ絵に見える」

 香織はひどく困惑した。自分はただ好きなように描いただけなのに、なぜこんなことを言われないといけないのか、と。

 それから彼女はますます絵にのめり込んだ。どのように描けば満足するか、何が好きなのか、気がついた時にはもう、自分が分からなくなっていた。

 気分転換に風景画にも挑戦してみたが、建物が曲がって見えたり、奥行きが分からなくなったりと目を潰したくなるような光景が広がった。

 そして香織の日常も狂い始めた。

 睡眠不足からか仕事でのミスも増え、イライラすることが多くなり、日を重ねるごとに目の前が真っ暗になっていく感覚がした。

(あ、そっか)

 彼女は新しい何かを思いついた。それと同時に心が軽くなり、日々が輝いて見え、笑うことが増えていった。

 上司に有給を申請し、仕事を全て片付けてから制作に取りかかった。家で手紙を書き、無施錠のまま出かけ、ビルの屋上へ辿り着いた。


“作品をのこしていってきます”


 しっかりとした筆跡はまるで、彼女がこの世との別れを告げているようであった。

 スマートフォンのカメラをビルの隅の方、狭い陰鬱とした路地が映るように設定し、カメラのタイマーをオンにする。

 香織は立ち上がり、雲一つない空を見上げながら、一歩、二歩と歩を進める。下から吹き上がるビル風が妙に心地よく、彼女は笑った。

「ああ、いい天気だなあ」

 そして、彼女はビルの谷間に消えていった。

 ――作品のタイトルはこの頁の「上」にある。


 少しは良い画になっただろうか?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死体 秋桜 @aki_zakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画