裏に返せ-3 -たった一つの投稿が、夜から力を奪った-

蘇々

夜は、危険な若者に恋をした

桜々が投稿した革命文は、世界中に広まった。




     【夜に好かれた若者よ】


 きっと、君は『夜』が好きだ。


 私も『夜』が大好きだ。

 共に生きたいと思うほど、魅了されている。


 昼に働き、『夜』に寝ると誰が決めた?

 誰も決めていない。


 自然にできた常識であり、それは過去の理想だ。


 私と同じく、夜を生きやすく思う人は多くいる。


 じゃあ、『夜』を生き、

 昼を捨てようじゃないか。


 昼夜逆転。 それで、時間の常識は壊せる。

 生活を変える。それだけでいい。


 しかし、一人では何も変わらない。

 だから、全員でやろう。世界中の全員で


 これは革命だ。

 見ている景色を変えるのだから。


 辛い人、逃げたい人、ただ興味が湧いた人へ。


 一緒に世界を変えてみないか?

 ーーいや、

 一人では何もできない私を、救ってくれ。


 その瞬間は、きっと多くの常識が崩壊していく。

 その様を見るのが、今の唯一の楽しみだ。


 一瞬に全てをかける花火のように儚く、

 それでも深く刻まれる景色を、

 『夜』という空間に映し出してくれるはずだ。


 この革命の名を、『夜世事変』とする。






世界が裏返って数年後ーー


「先生、この名言だけどうしても理解できないんです。地球のどこが青いんですか?黒いの間違いですよね」

疑問を抱いた少年・疑々は、僕に質問した。


「それは、歴史を学んだら知ることができるよ」

僕は穏やかに答えた。


「前は青かったってことですか?」

疑々はすぐに返した。


「過去じゃない。地球は今も、いつだって青いんだ」


「どこに青があるんですか?」


「君はまだ夜世しか知らない。一度だけでも、昼を見るといい。すぐにわかる」

僕は、少し口調を強めてしまった。


「……わかりました。でも、昼は寝なきゃいけないから」


「それは誰が決めたわけでもないんだ。決まり事などではないんだよ」


「……」

疑々は難しそうな顔をした。


「眠くないなら、今日、昼を見に行くとするか」


「やった! ……でも、いいんですかね」

朝に恐怖を感じた疑々は、若干弱気になった。








新しい世代の子供たちは、昼間を知らない。


昼を生きていた当時の若者たち。

彼らが世界を変えたと言っても過言ではない。


しかし、彼らもまた、その張本人である桜々により、心を動かされてしまった被害者とも言える。


彼らは、未だに桜々を尊敬している。


精神病が蔓延したその時代には、生きることを諦める若者が多くいた。


そんな若者たちは、だんだん夜に縋るようになっていった。


夜を求め、夜に生きる。そんな、夜に惚れる若者が増幅していった。


夜は落ち着く。あの暗さと静けさが、心地いい癒しを与えてくれる。夜にはそんな効力があるらしい。


桜々はそれを知っていた。夜を一人で過ごした時期に、惚れてしまったことがあるから。


"生"を手放したくなる​若者が多く、夜が拠りどころだと、桜々はいち早く気付いた。


そして、SNSが手段となった。


条件は揃った。あとは、どれだけ多くの人を動かせるかにかかっていた。


桜々は、心に問いかける革命文を完成させた。

そして、ある夜、投稿した。


それはあっという間に広まり、瞬く間に世界は裏返った。若者を中心に、心を動かされた人たちが行動を起こした。


その週、のぼり旗が朝にしまわれ、平日の夜中に渋滞が発生した。そして、息をつく間もなく、"夜"はにぎわい出した。


たった一つの投稿が、時代を変えてしまった。


しかし、大半の人は変化について来れた。なぜなら、パニックに陥ったのは一時的で、生活自体にあまり変化はなかったから。


直後にも関わらず、新鮮さを楽しむ人や、この時代に合った事業を考え始める人も現れた。


この状況を見て、今、桜々は一体何を思うのか。

そもそも、この革命の目的はなんだったのか。

桜々にとって、この結果は成功なのか。


真相は、未だ誰もわからない。






「青い空、青い海。 ……これって、地球は青かった、ですね。昼間がこんなに明るかったなんて……」

疑々は、壮大な昼間の世界に、清々しさと恐怖を感じていた。


「そのセリフは、宇宙から地球を見た時に言うんだぞ」

僕は思わずつっこんだ。


「あの投稿文を作った人は、太陽の眩しさが嫌いだったんですかね?」

初めての朝に感動しつつ、疑々はまた、僕に質問してきた。


「あの革命の目的を読み解いた人は未だいない。だが、救われた人たちがいることは確かなんだ」


「それってどんな人たちですか?」


「夜が好きな人たち。 ……いや、夜に好かれてしまった人たちと言うべきか」

視線を遠くに向けながら、僕は答えた。


「夜に好かれた人?」


「そう。今はもういなくなったか、身を隠している。革命前にはたくさんいたんだよ」


「そうなんだ。その人たちを救うためだったんだ。でも、夜に好かれるとどうなるんですか?」


「それは、好かれた彼らにしかわからないことだけど、夜に命を落とす人が多くいた。夜は何も否定しないで、全てを受け入れてくれる。それがたとえ、自殺願望であったとしても。


気付いた時には、その心地良さに心を許してしまっているんだ。まあ、今の時代には考えなくていいことだよ。そろそろ時間だ。今日はここまで、また明日」


「はい!今日はありがとうございました。昼間、楽しかったです!」








「……昼間が楽しかった、か。

​革命は成功したはずなのに、いつまで経っても心が晴れない。革命はすべきだったのか、判断してほしいだけなのに…… 子供たちの意見を知れると思ったけど、学校はちょっと辛くなってきた。


……よし、久しぶりに家に帰って、明々に会おう!今回こそちゃんと意見を聞く。でも、革命にあんまりいい印象持ってなかったな……」






「着いた、我が家だ」


懐かしい昼の風が、革命に悩んでいた頃を思い出させた。


「あ、しまった。……肝心な言い訳を忘れてた」

玄関のドアを開けようとした手が、勝手に止まった。


ガチャーー


「え……」

予想外に内側から開いたドアに、僕は驚きを隠せなかった。


「あ、桜々ー! 久しぶりー!」

彼女の明々は、いつも通り明るかった。


「ああ、久しぶり、元気そうだね」

できるだけ動揺を隠して答えた。


「……」

明々は、無言で僕を見ている。


「……どうしたの?」


「嬉しいんだけどね、なんかあやしい。​何の帰省?……今から、尋問を始めます!」

明々は、明るく怖いことを言ってきた。


「ははは。何でも答えます」


でも、いい機会だと思った。

だから僕は、覚悟を決めた。






「そう。それのことなんだけど。実は、あの革命……」

僕は、落ち着いて慎重に話し始めた。


「一人の夜は、心を危険な状態にする。

精神病が蔓延していたあの時代はなおさらだった。


夜は心地よさを与えてくる。

それが危険なんだ。自殺を肯定してくるから。


だから、夜に好かれてはいけない。

夜に一人になる危険性を、僕は知ったんだ。


自殺をさせないためには、夜は人に囲まれてなければいけなかった。だから、世界を裏返すしかなかった。


目的は、自殺者数を減らすこと。


あの革命は、きっと成功だ。誰がどんなに迷惑だと言おうと、僕はやって良かったと思ってる。


……後悔はしていない」


間が空いた最後の一文は、自然に力が入った。






「……じゃあ、あの革命文は桜々が書いたの?」

疑問がいっぱいの顔で、明々が言った。


「そうだよ」

どういう反応かわからず、僕は不安を募らせながら答えた。


「え、すごくない? 本当?」

明々が僕に向けた笑顔を見て、胸が少し痛んだ。


「……ねえ、正直さ。あの革命、どう思った?」

僕は待ちきれず、素直に聞いた。


「……命って、一個ずつ運ぶものかと思ってた」

全く質問を聞かず、明々は自分の言いたいことを言ってきた。


「……そうだね。結構考えたんだ。それで……明々はあの革命、正解だったと思う?」

一応答えてから、負けずにもう一度聞いてみた。


「私にはわからないけど、正解でいいと思うよ。そのやり方、桜々らしいと思った。きれいに目的だけを達成できてると思うし。……あと、多分世論を気にして先生やったんだろうけど、思ってるほど生活に影響はないよ」

明々は的確なことを言いつつ、僕が聞きたかったことも答えてくれた。


「え、そうなの?」

影響がないと言われ、僕は衝撃だった。朝と昼も知らない子供たち、意味を失った名言、噛み合わない授業も……


「そういうところ気にするよね。大丈夫だよ。それより、起こした革命が世界規模って。今、私の心も裏返ったよ!さすが私を惚れさせた男!」

そう言って、明々は笑った。


そして、一瞬だけ視線を落とした。


「……でも、私は寂しかったからね。これからも全然帰ってこないなら、今度は違う方向に心が裏返っちゃうかもよ?」

明々は、急に緊張感が走るようなことを言い出した。


「本当にごめん。革命の後も悩みが消えなくて。明々に打ち明けて、意見を聞くだけでもこんなにかかった。


……だから、明々のその心を、今から僕に、もう一回裏返させてほしい」

全く考えていなかったことを口走った自分に、僕は驚いた。


「……お? 私、期待しちゃっていいの?」


「……」

僕は無言で、自信満々の顔を作って見せた。しかし、急に訪れた展開に、かっこつける余裕なんてなかった。


「実は革命の後、昇格してさ。だから、もう給料も上がってて……」

あんな誇らしげな顔を見せておいて、迷いに迷いながら僕は話していた。


「え……」

明々は驚いた表情のまま、固まっていた。




「……『約束』覚えてる?」


「……」

明々は無言だったが、表情がゆるみ、一気に満面の笑みになった。




「……これからも、よろしくね。……明々、結婚しよう」

人生で一番緊張した瞬間だったけど、明々のいつもの笑顔が僕の緊張をほぐしてくれた。


その笑顔が、ゆっくりと幸せに変わっていった。そしてーー


「うん、よろしく……」

いつも明るい明々が、泣きながら静かに答えた。

泣きなぎら微笑んだ明々の表情は、どこまでも穏やかだった。この明々の笑顔を、絶対に裏返さないと、僕は胸に誓った。






これは、明々との幸せを守ろうとして、ついでに世界まで裏返した桜々の物語。​​

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