06 浅井畷(あさいなわて)の戦い

 浅井畷。

 畷は縄手とも書き、縄のように細い道を意味する。

 南北朝時代、名将・赤松円心は、久我縄手という戦いで、敵将・名越高家を射抜き、勝利している。

 つまりそれだけ敵がねらいやすい、という状況シチュエーションをもたらしてくれる、そういう路だった。

 前田勢は金沢に帰るにあたって、この浅井畷を通っていくことになった。


「ここですね」


「そうじゃな」


 高山右近と長連龍は、利長にも告げず、戦闘準備を開始した。

 ものものしい動きに、利長から何ごとかと使い番が飛ばされてきたが、その使い番が首に矢を受け、絶命してしまった。


「来た」


 右近はそれだけ言って、矢の飛んで来た方向へ馬を馳せた。

 連龍は長蛇の陣を組ませた。


「防げい。われら、死に場所はここぞ」


 与力というのは、手下ではない。

 ないからこそ、骨惜しみなく働く。

 逃げれば、それ家臣でないからだと謗られる。

 謗られれば、だれも見向きもしない。


「敵は丹羽、しかも江口正吉じゃな」


 連龍は馬印を見て敵将を判別すると、早馬を飛ばして利長に撤退をうながした。

 信長も知るほどのいくさ上手、江口正吉を丹羽勢は出して来た。

 これは必勝のかまえだ。

 三十六計逃げるに如かず。


「今、右近どのが江口に迫っているはず。その隙に一度攻め、それから退く!」


 連龍の言うとおり、江口正吉は今まさに攻めかからんとしたところを、右近に襲いかかられ、大いに難渋していた。

 その隙を逃がす連龍ではない。


「いいか、攻めるが退くぞ!」


 ここで調子に乗って攻めかかっては、江口正吉のあとにひかえる、丹羽長重の本隊の餌食である。

 連龍の采配は妙を極めたが、それでも九人もの名のある将領を死なせてしまった。

 それだけ、この戦いが酸鼻を極めた、証拠であろう。



 利長は金沢に帰った。

 吉継は結局攻めて来ず、水軍の襲撃もなかった。


「何だと」


 いわば口だけで、利長は騙されて金沢に戻り、肩透かしを食った、ということらしい。


「ふざけるな」


 利長は、家康の要請もあって、ふたたび兵を出し、美濃へ向かおうとした……。



「大谷吉継。たしかに恐ろしい男だった」 


 浅井畷の戦いののち。

 高山右近はひとり、茶を喫していた。

 右近は茶の香りを、どこか楽しめずにいた。


「だがまだ、ねらいがあるのではないか」


 たしかに前田を止めることはできたが、今またふたたび動こうとしている。

 しかも他ならぬ徳川家康の要請だ。

 今度こそ、流言飛語があろうとも、前田は止まらない。


「たしか大谷は、信濃の真田昌幸の正室を押さえていたな」


 真田が立てば、信濃でも徳川――東軍は兵を割かれる。止められる。

 みずからは敦賀にいながらにして、北に東に敵を翻弄する。

 大谷吉継のその謀略に、右近は舌を巻いた。


「太閤殿下が、百万の軍勢を持たせてみたい、と言っただけのことはある」


 だが。

 だとしたら。


「今、前田が動くぞ。今度はどうするのだ。今度こそ、利長どのは止まるまい」


 流言飛語があろうとも。

 他ならぬ、家康の命だ。

 逆らえない。

 それでも止まらせられるとしたら――。


「あ」


 その時、右近の脳内に閃くものがあった。

 大谷吉継は、すでにその素材を手にしている。

 前田を止める素材が。


「急ぎ、言上つかまつらねば」


 右近は立ち上がる。

 茶室を出て、一路、金沢城へ向かう。

 しかしもう、遅かった。

 すでに小松からの使いが、金沢城へたどり着いていたからである。


「小松の丹羽長重、前田へ降伏つかまつる」


 西軍の将の降伏。

 これは、東軍の将として、受け入れざるを得ない。

 しかも、城の接収だの何だの、


「やられた」


 かくして、前田は関ヶ原に間に合うことはなかった。

 同じく、徳川秀忠も信州で真田に止められ、やはり間に合うことはなかった。

 大谷吉継。

 西軍の将として討ち死にしたものの、彼の描いた企図はほぼ達成され、東軍が十全に戦えなかったことは事実である。

 そしてそのことを知るのは、徳川家康であり、前田家中では高山右近だけだった。

 

【了】

 

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北の関ヶ原 〜浅井畷(あさいなわて)の戦い〜 四谷軒 @gyro

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