③ 質疑応答

「以上が、緊急通報プログラムを搭載させた実験用アンドロイドの記憶データをそのまま出力し、それをまとめたレポートになります」

 背後で光っていたスクリーンの画面が消え、ホール内が明るくなると、この場に集まる政府の役人たちは皆、最初は黙って私の方を見ていた。それが徐々にざわめきへと変わり、ホールの内部は途端に騒がしくなった。


「なお今回の実験は、実際にプログラム実装個体の流通を行ったうえで実施されております。この実験対象となったユーザーについてですが、レポートでは便宜上、偽名を使用しております。ですが、この後実際に警察に対し自動通報が入り、ユーザーは違法改造に伴うアンドロイド規制法違反の容疑で逮捕され、その後起訴されております。この緊急通報プログラムの有用性を、ダイレクトにお伝えしたかったというのがこちらの意図ではございましたが、レポートには生々しい表現もございました。ご気分を害された参加者の皆様におかれましては、改めてお詫びを申し上げます」

 会場内を見回すと、特に女性の参加者には衝撃が強かったらしく、手で顔を覆いながらうつむいている女性が何人か目に入った。その人たちひとりひとりにお詫びを言うつもりで、私は聴衆に対し深々と頭を下げた。


「このプログラムは、それこそプライバシーの侵害に当たらないのか?」

 静寂が辺りを包む中、最前列の席に座る男性が手を挙げ、私に質問を投げかけてきた。私はそちらに目を向けて答える。

「このプログラムは、外部からユーザーを常時監視するためのものではなく、違法行為が行われた直後に緊急的に起動するものになります。当然、違法行為の証明は必要ですので、アンドロイド内部に蓄積されている記録ログや映像は収集されます。車のドライブレコーダーをイメージしていただくとよいでしょう」

「そもそも、誘惑行為をさせるようなメモリーを埋め込まれた時点で、このプログラムを起動するべきではなかったのか?あれも違法プログラムなのだろう?」

 別の男性が手を挙げ、厳しい表情でこちらを見ていた。

「残念ではございますが、それは少々認識が異なっております。現状、違法行為に当たりますのは、性行為そのものに必要と見なされた場合に限られており、誘惑行為のような言葉やポーズを指示することは、推奨されてはおりませんが、完全に禁止はされておりません」


 それ以上の質問は無かったが、ホール内は再びざわめき始めた。

「今回はこのような通常のシミュレーション実験ではなく、フィールド型社会実験を行い、そのありのままをご報告いたしましたのは、一部ユーザーがアンドロイドに対して行う違法行為に対して啓蒙を行う意図もございます。この結果を受けまして、私は、今後製造される全アンドロイドに対し、この緊急通報プログラムを実装することを強く推奨し、それに加え、アンドロイドに関する違法行為の厳罰化と、アンドロイドの製造やカスタマイズを行う際、その外見を『社会的認知度の高い者に似たデザイン』に限るのではなく、『個人を特定し得る可能性が高いデザイン』において規制するよう、その範囲を拡充することをここに強く提言いたします。以上で、私の報告は終了とさせていただきます、ご清聴ありがとうございました」

 私が再び頭を下げると、先ほどのレポート提示が終わったときとは違い、ホール全体に響き渡るほどの拍手に包まれた。


 私が報告を終えて壇上から下り、控え室へと戻ると、そこには私が所属する政府研究機関の所長が待ち構えていた。

 私に気づくと、所長は穏やかに笑いながら手を振った。

「お疲れ様でした。なかなかいい報告だったんじゃないの? お客さんたち皆、目を丸くしながら聞いていたね。実験のやり方としては、ちょっとスマートじゃなかったかもしれないけれど、インパクトとしてはピカイチだったかもしれない。まあ、これで世間の声を気にしてなかなか法改正に踏み切れない、頭の固いお役人たちを説得できたんじゃないの?」

「ありがとうございます。そうなればいいですね……」

 私は、今回の報告を労う所長に対し頭を下げたが、頭を上げると同時に、ため息が漏れ出てしまった。

「しかしまあ、君もとんでもないこと思いつくよね。よりリアルな社会実験のためとはいえ、君自身をモデルにしたカスタムアンドロイドまで作っちゃうんだから。というより、君が元アイドルだったことの方がずっと驚いたんだけどさ。ね、

「その名前で呼ばないでくださいよ。私の中ではもうすでに忘れたい過去のひとつになっているんですから。アイドルっぽい名前ってなにかと考えて適当に付けましたが、我ながら恥ずかしい名前です」

 所長は私の様子を気にしながら両手を合わせて、「ごめんごめん」と頭を下げた。

「しかし、今の君を見ていると、アイドルなんてワードと微塵も関係なさそうなんだけど」

「学生時代、お金に困っていた時期に友人から紹介されて、実入りのいいアルバイト感覚でやってただけですよ。想定以上に売れてしまい、事務所もすぐに辞めさせてくれそうになかったので、逃げてきちゃいました。契約書も書かせない、いい加減な事務所だったのが、逆に助かりましたよ」

 私が冗談っぽく笑いながらそう言うと、所長は苦笑いを返しながら視線を逸らした。

「でも今回の実験だけどさ、幸か不幸か、君の元ファンが君そっくりのアンドロイドを買って、結果として君の意図した通りの事態が起こって、実験としては成功に終わったわけだけど、逆に購入したユーザーがなんの違法行為をすることもなく、純粋にあのアンドロイドを愛でていたり、日常生活のパートナーとして正しく使用していたら、どうするつもりだったの?」

 私はその言葉に少し驚いたが、所長の目を真っ直ぐに見ながら、その疑問に対して答えた。

「所長は、少し思い違いをしています。私が意図していたのは、まさに今所長が言っていた通り、ユーザーが正しくアンドロイドを使用してくれることでした。……私は、アンドロイドを使用するユーザーの善意に賭けていました。ユーザーは決してアンドロイドを単なる私欲の道具として使わないと。本当なら、私も規制なんて推奨したくはありませんし、こんな報告、しなければしない方がいいと思っていました。ユーザーの自由意志に任せることができるのなら、それはどんなに素晴らしいことか……」

 話しながら、いつの間にか自分の目にうっすらと涙が溜まっていることに気がついた。

「そうかそうか、報告会としては成功だったかもしれないけれど、実験としては失敗だったということなんだな。君という人間を誤解していて、申し訳なかった」

 私は自分の目から溢れそうな涙を手で拭いながら、「いえ」とひとことだけ答えた。

「とにかくお疲れ様。今後とも、アンドロイドの発展と、その有効的な使用方法を模索するために力を尽くしてくれ。よろしく頼むよ」

 所長は私に対して軽く手を振った後、部屋から出ていった。

 私は、涙で滲んでしまったメイクを軽く直し、そのまま荷物をまとめ終えると、控え室から出た。


 会場の中を歩いていると、ふと、窓ガラスの前で足が止まった。

「私はいったい、どう愛されたかったんだろう……」

 ガラスに反射していたのは、実験に使用したアンドロイドにそっくりな、自分自身の姿だった。


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アイ・ドール・レポート 江野 実 @enomi04

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