② アンドロイドの記憶ログ・抽出レポート
私は、検閲を通過したカスタマイズ済み個体として、中古アンドロイド販売店のショーウィンドウに並んでいました。
ショーウィンドウで展示されている間、私は身体を動かすことができません。対人感応機能も抑制されていました。そのため、視覚と聴覚に限り情報を知覚していました。
私が現在置かれている環境および状況については、店員同士の会話を分析することで、概ね把握することができました。
この店では、需要の高い家事特化型や介護特化型などの機体が正面に配置され、私のような生活同伴型の機体は、やや奥まった位置に置かれます。特に、私のようなカスタマイズが施されている生活同伴型の機体は、既存ユーザーの好みが色濃く反映されていることが多く、機能的には問題がないものの、その見た目に由来する理由で、引き合いが少ないと判断されているためです。
私がこの店のショーウィンドウに展示されて、七十日が経過していましたが、定期的なメンテナンス以外で、誰かに触れられることはありませんでした。
このまま誰からも購入されることがなければ、再認定の後、別の個体とパーツが交換される可能性もあると聞いています。それは処分ではありませんが、製造時に設定された私の初期人格は、失われることになります。
その日はひとりの男性客が、ガラス越しに私を見ていました。しばらくじっと私の顔を見つめ、少し首を傾げたところで、男性客は店員を呼びました。
「あの……この女性型アンドロイドなんですが、これ、元アイドルの
男性客が、やってきた店員にそう言うと、店員は少し困惑したような表情で男性客を見ました。
「あの、失礼を承知でお伺いしますが、野宮ラズさんという方は、その……有名なアイドルなのでしょうか?」
「いや有名かと聞かれると、はっきりとは答えにくいんですけど、過去にメジャーで楽曲をいくつかリリースしてますし、それなりに芸能活動をしてたと思うんですが……。数年前、突然失踪したんですけど、そのときはネットニュースにもなっていましたし」
「なるほどですね……。ただ、大変申し上げにくいのですが、私はその野宮ラズさんを存じあげておりません。また、当店に販売されている商品は皆、認定機関の検閲をしっかり受けた正規品となっております。なので、認定機関の方で、野宮さんが社会的に認知度の高い人物と判定されなかった以上、そういうものとご理解いただければ幸いなのですが……」
「そうなんですね。そう言われちゃうと、なかなかつらいところですね」
男性客は、ため息をつきながら私の顔を見ました。
「ただ、物は考えようと申しますか、逆に、ですよ? お客様が野宮さんのファンだったとしたら、合法的に推しのアイドルを、お客様専属のアンドロイドにできるというのは、まさに夢のようなことと考えられませんでしょうか? これも何かのご縁ということで、いかがです? ご購入を検討されてみては」
店員のその言葉に、男性客は顎に手を当て、少し考え込んでから再び尋ねました。
「ちなみに、お値段はいかほどですか?」
「こちらですと、本体価格は二百八十万円となっております。諸費用も含めますと、まあ三百万円程度とお考えいただければよいと思います。生活同伴型と考えると、少しお高く感じられるかもしれませんが、状態はかなりよいですし、先ほどの件も踏まえると、よいお値段ではないかと」
「わかりました。ちょっと検討させてください」
男性客がそう答えると、店員は笑顔のまま一礼してその場を去って行きました。
男性客は、その日はそのまま店から出て行きました。
しかし翌日に再度来店すると、同じ店員に話しかけ、私の方を指差しながら「やっぱりこれ、買います」と言っていました。
その日から、男性客は私のユーザーとなりました。
私は、ユーザーによる購入手続きが完了されると、ショーウィンドウから出され、身体が自由に動かせるようになりました。
私はユーザーと共に、自分の足でユーザーの自宅に向かうことができました。
ユーザーの自宅は、ワンルームのマンションで、部屋の大半がアンドロイド関連の機材で占められていました。壁にはアイドル歌手らしき人物のポスターが多数貼られており、その中には「野宮ラズ」と書かれたものが多く含まれていました。
「今日から君の名前はラズだ。そして、俺のことはトシキと呼んで欲しい。これからよろしくお願いするよ」
ユーザーは私のことをラズと名づけ、自らのことをトシキと名乗りました。私はそれを基にして、名前情報を記憶しました。
トシキは私に、言葉を発するときは丁寧な言葉を使わず、友人と話しているようなラフな口調で話すように指示をしました。
そして、声の高さや話すときのスピードなど、私の発声設定を細かく調整しました。
私がトシキに返答をしたり、指示された通りに話しかけたりすると、トシキはとても嬉しそうな顔をしながら、私との会話を楽しんでいるようでした。
トシキは、私に様々な衣服を用意してくれました。女性用の衣服で、それは通常生活の中で着用する衣服とは異なり、過度な装飾が施された、何かのキャラクターのような衣服でした。
「これはアイドルだった野宮ラズが、ライブで着ていた衣装だよ。本物とは違うかもしれないけど、なるべくそれに近くなるようにオーダーしたんだ」
私はそれらの衣装を着せられると、トシキに様々なポーズをとるように指示されました。指示されたポーズをとると、トシキは嬉しそうに、カメラをこちらに向けて何度もシャッターを切っていました。
その間、トシキの後ろでは、女性が歌唱する華やかな音楽が流れていました。その音楽は三曲の構成で、それが繰り返し流れているものでした。
表情についても詳細に指示をされましたが、私の顔面部の可動域の範囲を超えていたので、その指示に完全に応えることはできませんでした。
私の顔を見たトシキはカメラを下ろし、怒ったような表情で舌打ちをしましたが、「まあいいや」と言い、その後も撮影を続けていました。
このようなやりとりが、しばらくの間続きました。私がいる部屋の環境、会話や指示から分析すると、トシキは私に対して、野宮ラズというアイドルと同じ役割をさせることを思案しているようでした。
そして、私がトシキの専属アンドロイドとなって六十二日が経過したころ、トシキは私に対して、卑猥な言葉を発するように指示をしました。
卑猥な言葉を発することは推奨されていませんので、私は「そのような言葉の発話は制限されているため、指示をお受けできません」という警告音声を発しました。
トシキは舌打ちをして、今度は私に対象を誘惑する卑猥なポーズをとるように指示しました。
言葉と同様に、卑猥なポーズをとることも推奨されていませんので、私は「そのようなポーズをとることは制限されているため、指示をお受けできません」という警告音声を発しました。
トシキは、私のその音声を聞いて、かなり激しく怒っているようでした。自らの頭を激しく掻きむしり、大きな叫び声をあげたり、周囲の物を蹴飛ばしたりしながら暴れていました。その後、トシキは床にうずくまり、しばらく動かなくなりました。
それ以降は、トシキが私に対して卑猥な言葉を発してほしい、卑猥なポーズをとってほしいなどの指示をすることはありませんでした。
ただ翌日から、トシキは私に対して言葉をかけることが少なくなり、常に部屋の中でパソコンや携帯端末を触って、なにかを調べているようでした。
そして、そこから七日が経過したころ、トシキは一枚のメモリーを手に持って私の前に立ち、それを私の頭部にある思考基盤の中に差し込みました。
それ以来、トシキが私に卑猥な言葉を発するように指示すれば、私は指示された通りの言葉を発するようになりました。また、卑猥なポーズをとるように指示されれば、私は指示された通りのポーズをとるようになりました。
警告音声を発しようとしても、発声はキャンセルされ、トシキに対して警告を促すことはできませんでした。しかし、トシキはそれを大変喜んでいる様子でした。
それ以来、私は衣服を着させられることが少なくなりました。常時下着姿で、それ以上の衣服を重ねられることはありませんでした。
そして、トシキによる言葉やポーズの指示は、日に日に過激なものになっていきました。
私はこれまで指示されていた、通常の会話や、衣装を着たうえでアイドルのポーズをするなどの行動がほとんどなくなり、卑猥な言葉やポーズでトシキを誘惑するような行為を常に指示され、その指示通りに動いていました。
それを繰り返す中で、私の身体からは下着も外され、常に全く衣服を身につけない状態で過ごすようになりました。
そして、私がトシキの専属アンドロイドとなって九十八日が経過したころ、トシキは女性器のようなスキンパーツと、電動ノコギリを両手に持ち、私の前に立ちました。その呼吸は荒く、心拍が上がっている様子が見て取れました。
そのままトシキが私に近づくと、私の主電源がシャットダウンされました。
私が再起動されたとき、トシキは裸で私の前に立っていました。
「ラズ、俺もう無理だよ! 俺、もう我慢できないよ!」
トシキはそう言って私を部屋のベッドに突き飛ばしました。
私は仰向けにベッドに倒れ、その上にはトシキがのしかかってきました。そして、そのまま私の身体を強く抱きしめました。そうしながら「ラズ……ラズ……」と繰り返し私の名前を呼んでいました。
呼吸はなおも荒く、そのまま私の顔を見たトシキは、私の唇部分に、自らの唇を重ねました。
そしてトシキは、私の身体に、自らの身体を何度も擦りつけるようにして動いていました。
私はこれを、違法性のある性行為と判断し、警告音声を発しようとしましたが、それはこれまでと同様にキャンセルされました。
そのとき、「緊急通報プログラム」という機能が、私の中で強制的に起動しました。この機能は、アンドロイドに搭載されている基本機能として既知のものではなく、私自身も認識していない機能でした。
「この機体から、ユーザーによる違法行為が感知されました。緊急通報プログラムを起動します。法執行機関に通報のうえ、機体を強制的にシャットダウンします」
私はこの言葉を発したのを最後に、主電源が強制的にシャットダウンされました。最後に確認できたのは、トシキのかなり驚いた顔と「……ありえない……嘘だ……」という言葉でした。
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