自殺前夜

SunFla.

自殺前夜


—09:26 pm

部屋の中に紙とペンが擦れる音が静かに響く。

「遺書」。

その一言から始まるノートには、まだまだ白紙のページが残っている。

それでも、ペンは四行の言葉を紡いだのち、動かなくなった。

家族への感謝。

友達への感謝。

皆に向けた謝罪。

そんな言葉は、浮かんでこなかった。

あまり実感がなかったのかも知れない。

僕は死ぬんだ。

明日、死ぬんだ。

特に時間は決めてない。

でも、日が出る頃には死のうかな。

もう太陽なんか見たくない。

あいつはいつだって明るい顔をしている。

まるでこの世界が希望に満ちているとでも言うように。

改めて自分が書いた文章を見直す。

遺書がたったの四行で終わっていいのだろうか。

ペンを机の上に置き、しばらく考える。

やっぱり言葉は出てこない。

でも、あいつの事だけは幾らでも思いつく。

「君」の事だけは言葉が浮かんでくる。

「君」を書かずに遺書を完成させるなんて、やっぱり僕には無理だった。

忘れようと思っても、忘れることなんかできなかった。

「君」が僕にとっての希望だったから。

生きる理由だったから。

だから、今でもはっきりと覚えてる。

あの一瞬。

「君」が死んだ、あの一瞬。

ペンを走らせる。

気持ちの全部をノートに吐き出す。

僕は書くんだ。

「君」に読ませるための、「君」だけに向けた遺書を。



***

別にこの世界に何かを残したかったわけじゃない。

とっくに世界への希望は無くなっていたから。

ただ、自分の死に際に残す手紙というものに、ちょっと憧れていたのかも知れない。

それと、君を忘れたくなかったんだ。

正直言って、これが僕が書いている理由のほとんどだと思う。

「書く」という行為を通して、君のことをずっと覚えておきたかった。

君にはいろんなものを貰った。

二人でいることの楽しさ。

二人で笑い合えることの嬉しさ。

二人で話している時の安心感。

二人で見た夕焼けに染まる海の美しさ。

君が隣で口ずさんでた曲の素晴らしさ。

君が怒った時に見せる顔の可愛らしさ。

この世界に希望を持つことだって君が教えてくれた。


でも、君は死んだ。



—09:32 pm

ペンを止め、深く息を吸い込み、吐き出す。

机の上に置かれた時計をチラリと見て、時間を確認した。

頭の後ろで腕を組み、大きく伸びをする。

ふっと声が漏れ、孤独な部屋に響いた。

ペンを持ち直し、ノートに向かう。

しばらくそのままでいた。

手が動かない。

手が小刻みに震えているのが分かった。

そうか、怖いんだ。

あの時のことを思い出すのが。

あの事と向き合うのが。

それでも、書かない訳にはいかない。

それが、僕の人生だったのだから。



***

あの日、全てが変わった。

僕の人生が変わった。

終わった。

「十一月十七日」。

この文字列を僕は絶対に忘れない。


あの日、君は死んだ。

ビルの屋上から飛び降りて、頭から豪快に着地した。

即死だったらしい。

目の前で人が死ぬのなんて初めて見たよ。

血の匂いも、鈍い音も、落ちる光景も、その全てが脳裏に焼き付いて、目を瞑れば今でも思い浮かぶんだ。

僕も急いだつもりだったんだけど、間に合わなくて。

救急車は呼んだけど、心のどこかでは「ああ、もう助からないんだ」って思ってたよ。

実際助からなかったしね。

僕に何か出来ることはあったのかな?

あの夜、君はメッセージを送ってくれてたよね。

でも、僕はそれをちょっと見て見ぬ振りしちゃったんだ。

でも、後からやっぱり気になって確認したんだよ。


『今までありがとう。色々迷惑かけちゃったり、ウザったい所もあったけど、それでもずっとそばに居てくれてありがとう。おかげで、自分が思ってたよりも随分長く頑張れたよ。』

『不服かもしれないけどさ、十分頑張ったと思うんだ。だから、許してね。』

『ねえ、私がいなくなってもちゃんとしてね。掃除をして、自炊もして、頑張ってね。』


僕は家から飛び出した。

無我夢中で走った。

途中で靴が脱げたけど、それでも構わず走り続けた。

でも、間に合わなかったんだ。

ちょうど君が飛び降りたところで、君は僕の世界から姿を消した。

ねえ、僕に何か出来ることはあった?

僕はどうすれば良かった?

どうしたら、君のことを救えたのかな。

君はああ言ってくれてたけどさ。

僕は、何も出来なかったよ。

君のためになることは、何も。

何も。



—10:13 pm

呼吸が荒くなっているのが、自分の肩の動きで分かる。

時計を見れば、さっきから随分時間が経っていた。

深く、長く息を吸い込み、吐き出す。

それでも呼吸は元に戻らなかった。

もう何度か、吸って吐いてを繰り返してみる。

やっと呼吸はいつも通りに戻った。

ペンを机に置く。

緊張の糸がぷつりと切れ、体から力が抜ける。

今までの疲れが全部体にのしかかるようで、体が重い。

今までに書いた言葉の一文字一文字が、身体にまとわりつくようで、何度も頭の中でこだまする。

気分を変えようと、椅子から立ち上がり部屋の扉を開ける。

電気のついていない廊下は闇に包まれ、部屋の中以上の静寂が流れていた。

暗い廊下を、電気もつけずに進んでいく。

まっすぐ進み、階段を降り、リビングに辿り着く。

階段付近のスイッチを押してリビングのライトをつけた。

その瞬間、荒れた部屋が目の前に飛び込んできた。

その光景に気分を落としつつ、キッチンに向かう。

冷蔵庫から飲みかけの麦茶のペットボトルを取り出し、残りを一気に口に流し込む。

空になったペットボトルをシンクに叩きつけるように置き、再度リビングを見た。

喉を潤したからと言って状況が変わることはなく、依然として部屋は空き巣でも入ったかのように荒れたままだ。

引き出しから一リットル容量のゴミ袋を取り出し、リビングに散らかった物全てを詰め込んでいく。

途中、幾つか目に止まるものもあった。

中学の時親友から貰った置き物、高校の時友達と撮った写真、初めて自分で買ったゲーム機。

そして、君から貰った熊のぬいぐるみ。

それをゴミ袋の中に入れようとして、手が止まった。

手をゴミ袋の中に動かそうとしても、手が動かない。

そのぬいぐるみは、前と変わらない表情でこちらを見つめてくる。

君から貰った時から何も変わらない。

言葉にできない感情の数々が溢れ出し、思わずぬいぐるみを壁に投げつけてしまった。

壁に叩きつけられてから一瞬静止し、ぽとりと床に落ちる。

それでもそいつは、表情を変えずに天井を見ている。

「いいよな、お前は。心が無ければ、こんなんになることもないんだからな。……いいよな。」


膝から崩れ落ちる。

床に手をつき、膝を抱え込むようにして丸くなる。

「あ゛、あ゛あ゛っ……。」

震える体から声にならない叫びが喉を割って飛び出し、空気を振動させながら部屋の中をこだまする。

心の中の何かが崩れた気がした。

ふらふらと立ち上がり、壁にもたれながら階段を登っていく。

部屋に戻り椅子に座ると、体が鉄のように重くなった。

自分が肩で息をしているのに気づく。

重い体を動かし、なんとかペンを手に取る。

深呼吸を繰り返し、呼吸と心を落ち着かせる。

覚悟を決め、ペン先をノートに押し付けた。



***

警察署からの帰り道、暗くなった道を、一人で歩く。

周りは真っ暗で何も見えない。

暗い。

寒い。

怖い。

あの時、救えなかった。

助けられなかった。

もうちょっと、早く、行けてたら。

もうちょっと、早く、メッセージを見てたら。

あの時、すぐ、メッセージを見てたら。

「何かあったら、助けてやる」って、あんだけ言ってたのに。

何も、できない。

何も、できなかった。

できることなんて、なかった。

ふらふらとした足取りで道を歩く。

キラキラ輝いてる月が、憎らしい。

キラキラ輝く星がうざったい。

頭が痛い。

頭を抱えながら、道を急ぐ。

家に、着いた。

ドアを開け、倒れ込むように、リビングに入る。

壁には、写真、贈り物、思い出が、たくさんある。

名前のつけようがない思いの数々が胸の中を満たしていき気分が悪くなる。

気持ちのままに、壁や、棚、色々な所に置かれた、思い出の品を、倒していく。

ガラスが割れ、破片が、床に散らばる。

写真が、破れる。

思い出が、ゴミになっていく。

—手を止めた。

何をやってるんだろうか。

荒れた床を見る。

割れたガラスがキラキラと輝いている。

ふと、その煌めきがあの日の笑顔に見えた気がした。


僕たちが初めて会ったのは、いつだっけ。

もう昔すぎて覚えてない。

でも、どうやって会ったかはちゃんと覚えてるよ。

君が、泣いてる時に、僕が声をかけたんだよね。

夕方の公園で、一人でしゃがみ込んで、ずっと泣いてた。

変な話だけどさ、あの日の夕日は、とっても綺麗だったんだよ。

なんで、泣いてたんだっけ。

そっか、虐められてたんだ。

夢が、アイドルだって言ったら、馬鹿にされたんだよね。

友達からも。

親からも。

僕は、素敵だと思ったんだけど、皆は違ったみたい。

僕は「アイドル、良いじゃん。素敵だね。」って、言ったんだ。

そしたら君は、僕の方を向いて、「ほんと?」って。

君の目に溜まった涙が夕陽に照らされて輝いてたな。

僕が「ほんとだよ。」って返したら、君は「ありがとう。」って満面の笑みで言ってくれたよね。

君の笑顔が、輝いてて、本当に綺麗だったな。


揺れる足取りで、窓の方へ向かって、歩き出す。

締め切られたカーテンを勢いよく開け放つ。

夜空に浮かぶ月の優しい光が身を包む。

あの日の笑顔が、僕は大好きだった。

君の笑顔が、僕は大好きだった。

でも、あの日の笑顔はもう無い。

君の笑顔は、もうどこにも無い。

考えてみれば、僕はあの時からずっと君のことが好きだったんだよ。

ずっと。

ずっと。




—11:32 pm

世界が、歪む。

世界が、左右に揺れる。

世界がさらに、強く歪む。

何かが、落ちた。

水だ。

……どこから水が?

また、世界が、歪む。

ああ、そっか。

僕、泣いてるんだ。

服の裾で、目を擦る。

元の世界に、戻る。

時計を見る。

もう、こんな時間か。

体を後ろに反らせ全体重を背もたれに委ねる。

両手を顔の上に置く。

手が少しずつ濡れていく。

顔から手を離し重力に任せて腕を下ろす。

眩しいライトの光が痛いほど目を突き刺す。

気合いで体を持ち上げ机に向かう。

やっぱり、僕は、「書く」しかないんだね。

ペンの擦れる音が孤独の部屋に響く。



***

君は、夢を叶えた。

アイドルになった。

そりゃ、当然だよ。

「バカにしたやつらを見返してやるんだ!」って、あれだけ、頑張ってたんだもん。

オーディション番組に参加して。

毎日歌の練習をして。

毎日ダンスの練習をして。

そして、アイドルに選ばれた。

僕はずっと、君のことを見てたんだよ。

画面の前から、ずっと。

君だけを、応援してた。

君がアイドルになることが決まって、一番初めに僕に電話して来てくれてたんだって後から知ったんだ。

君は何ども、震えた声で、「信じられない!」「嘘みたい!」って繰り返して。

その度に僕は、「大丈夫だよ。」「嘘じゃないよ。」って。

君の笑顔は、本当に素敵だから、選ばれて当然だったんだよ。

僕も、君がアイドルになれて、本当に嬉しかったんだ。

でもね、今はたまに、「あそこで、君が選ばれてなかったら、どうなってたんだろう。」って考えちゃうんだ。

もし君が、アイドルになってなければ、君は死ぬことがなかったのかな?

それとも、アイドルじゃなくても、君は死んじゃってたのかな?

君は、本当に死ななくちゃいけなかったのかな?

今でもずっと、一人で考えてるんだ。


アイドルになった君は、さらに頑張った。

「アイドルになれなかった皆の分も、私が頑張んなきゃいけない。」「このグループを人気にするために、私が頑張んなきゃいけない。」って息巻いて、ずっと一人で頑張ってた。

僕は、あんまりアイドルとか詳しくないからさ、君が頑張ってるのを、ずっと見守ることしかできなかった。

何をしたら、君のためになるのか、分からなかった。

時々、君の話し相手になるぐらいはできたけどさ、それ以外のことはさっぱりで。

君は、十分、頑張ってたよ。

でもちょっと、頑張りすぎちゃってたのかな。

君が、頑張れば頑張るほど、ミスは増えていった。

生放送の番組でも、ライブでも、歌詞を間違えたり、ダンスを間違えたり、色々ミスをしてた。

その度、君は練習量を増やした。

「ミスをするのは練習が足りないせいだ。」「ミスをするのは私が完璧になれてないせいだ」って。

そうやって、練習すればするほど、君は追い詰められて、ミスを増やしていった。

ネットの声も、辛辣だった。


『下手くそがアイドルやるな。』

『何でこいつが選ばれたの?もっといい人いくらでも居たでしょ。』

『アイドルの世界舐めんな。』

『これでアイドルなれるなら、俺もアイドルなろうかな。』


君は、本当に追い詰められてたんだよね。

君は、どうしたら良いか分かんなかったんだよね。

一人で全部、抱え込んで。

一人で全部、何とかしようとして。

一人で全部、取り返そうとして。

でも、そんなの無理なんだよ。

ネットの声は、君を苦しめてた。

ネットの声が、君を殺した。

—でも、ネットだけじゃない。

僕も、君を苦しめちゃってた。

君は、一回だけ、僕の前で愚痴を溢したことがあったよね。

「いくら練習しても全然上手くなんない。」

「リハでも何どもミスっちゃった。」

僕は、ずっと適当に返してた。

「ああ。」とか「うーん。」とか。

言い訳じゃないけどさ、君だって僕が愚痴をあんまり好きじゃないの、知ってたでしょ?

それに、多分君に嫉妬してたんだと思う。

自分の夢を叶えて、人気者になって、アイドルをやってる君に。

だから、君の「私、ほんとにアイドル向いてるのかな。」っていう問いに対して、「やめたきゃ、やめれば?」って、適当に返しちゃったんだと思う。

今考えてみれば、あれは、君の精一杯のSOSだったんだよね。

君はいつでも、皆に心配をかけたくないって、苦しいのを隠してたよね。

僕が愚痴が苦手なように、君も本当の気持ちを吐き出すのが苦手だったんだよね。

だから、ああやって気持ちを言うのが、君の限界だったんだよね。

でも、僕はそれを蔑ろにして、君のSOSに、気づいてあげられなかった。

君が助けを求められるのは、僕しか、居なかったのに。

君が本当の気持ちを出せるのは、僕しか、居なかったのに。

僕は、君を苦しめてた。

気持ちに、気づいてあげられなかった。

僕だって、君を殺した一人だ。



—00:43 am

ペンを机に置く。

気づけば日を跨いでいる。

夜明けまで、あと、何時間だろう。

静寂が部屋に満ちる。

僕は椅子を立ち上がる。

ゴミ袋を手に取る。

今じゃなきゃ、できないことがある。

君と真剣に向き合った、今じゃなきゃ。

闇に包まれる廊下を、電気をつけずに歩く。

やがて、一つの部屋の前で立ち止まる。

ずっと、この部屋には入らないでいた。

いや、入れないでいた。

君と向き合うのが、あの日からずっと怖くて。

この部屋に入って仕舞えば、本当に、君の死を受け入れなければいけない気がして。

でも、もう、覚悟は決まった。

最期に、ちゃんと向き合えてよかったよ。

ドアノブに手をかけ、重い扉をこじ開ける。

部屋を入ってすぐのスイッチに手を伸ばし、部屋の電気をつける。

目の前には、可愛らしい部屋が飛び込んできた。

ベッドに置かれた沢山の人形。

床に敷かれた円形のラグ。

カラフルな本が敷き詰められた本棚。

そして、壁にかけられた「Glass*Drops(グラスドロップス)」と大きく書かれたタオル。

君の部屋だ。

いつかは、ここを整理しなきゃって思ってたんだ。

僕が死ぬ前には。

この部屋に入るだけで、沢山の思い出が、頭の中を駆け巡る。

目から出ていきそうな涙を必死に抑えながら、部屋の中へと進んでいく。

ゴミ箱の口を大きく開け、中に部屋の物を投げ込んでいく。

初めて一緒に行ったディズニーランドで買ったキーホルダー。

一緒に行った水族館で買ったクラゲのぬいぐるみ。

初めて僕があげた誕生日プレゼントのボールペン。

僕がホワイトデーにあげたチョコレートの空き箱。

見たことのあるものばかりが僕の横を通り抜けてゴミ袋に入っていく。

僕はもう、決めたんだ。

ここにあるものは全部捨てる。

もう、全部、捨てるんだ。

淡々とゴミ袋の中に詰め込んでいく。

ふと、手が止まった。

目の前に僕の知らないものがあった。

恐る恐る手を伸ばし、それを手に取る。

それは、封筒だった。

真っ白で、宛名も、何も書かれていない封筒。

中に、何かが入っている。

閉じられていない封筒を開け、中を確認する。

それは、手紙だった。


『拝啓 大好きなあなたへ

いきなりだし、早速だけど、私は、ずっとあなたのことが好きだったの。

いつでも困った時はそばにいてくれて、いつでも相談に乗ってくれて、いつでも頼りになるあなたが、大好きだった。

私がアイドルになってからも、私が「ちょっと話さない?」って言ったら、いつでも、どんな時でも、私と話してくれた。

あなたは「僕は話を聞くだけで、なにも力になれない。」って言ってたけど、そんなことないよ。

きっと、あなたは知らないんだろうね。

話を聞いてくれるのが、どれだけ嬉しいことか。

一緒に話してくれるのが、どれだけ私の救いになってたことか。

どれだけ、生きる希望になってたことか。

正直、私、あなたがいなかったら、もっと早くに死んでたと思うんだよね。

でも、君がいてくれてたおかげで、ずいぶん長く生きられた。

ずいぶん長く、幸せな時間を過ごせた。

本当にありがとう。

あなたは、私の人生の全てだった。

もちろん、アイドルも大事だったよ。

でもね、それ以上に、あなたが大切だった。

私の人生には、あなたが必要だった。

それくらい、あなたは私にとって大きな役割を果たしてたし、助けになってた。

ありがとう。

本当に、ありがとう。

私、アイドルとして上手くやれてたのかな?

アイドルになって、本当に良かったのかな?

ネットで色んなことを言われて、色んな人からダメ出しをされるたびに、そんなこと考えてた。

あーあ。

私が夢見てたアイドルは、いつでもキラキラしてて、失敗なんかしなくて、みんなから愛されてて、それで、みんなを元気にさせれるような存在だったのにな。

アイドルって、難しいね。

アイドルって、大変なんだね。

私がなりたかったアイドルに、私はなれなかった。

私には、アイドルはまだ早かったのかな。

叶わない夢だったのかな。

夢は、夢で終わらせた方がいいのかな。

夢を叶えたその日から、何もかもが崩れてしまったような気がするんだ。

みんなから愛されて、キラキラしてて、失敗なんかしないアイドルなんて、いないのかもね。

でも、そんなアイドルになりたかったな。

私も、昔テレビで見たような、あの時憧れてたアイドルに、なりたかったな。


アイドルがどうとか言ってるけどさ、正直、私の人生にはアイドルがなくても良かったんだ。

君さえいてくれれば、良かったんだ。

君さえ、いてくれれば。


ああ、死にたくないな。

まだ、生きたいな。

でも、もう限界なんだ。

私、頑張ったよね。

ここまで、十分、頑張ったよね。

認めてあげてもいいよね。

私はもう、人生を生き抜いたよ。


最後に、もしかしたら、あなたは今、自分を責めてるかもしれない。

「私を救えなかったのは自分のせいだ。」って。

「生かしてあげられなかったのは、自分のせいだ」って。

でも、安心して。

そんなことないよ。

あなたには、なにも、できることなんか無かったんだよ。

あなたは、十分、私を生かしてくれたよ。

あなたは、十分、私に生きる希望を与えてくれたよ。

だから、もし、今あなたが死のうとしてるなら、ちょっと待ってくれないかな。

後を追ったところで、同じ場所に行けるとは限らないから。

また会えるとは、限らないから。

あなたには、生きて欲しいな。

あなたには、私なんか忘れて、もっと楽しい日々を送ってほしいな。

あなたが死んだら、私、泣いちゃうな。

あなたが、私が生きる唯一の希望だったんだから。

嫌だよ。

これが、私の最後のわがまま。

じゃあね。

ばいばい。

私は、ずっと、あなたが大好きだよ。』


後半の手紙の文字が震えている。

所々、涙が落ちた跡が残っている。

自然と手紙を持つ手に力が入る。

ゆっくりと、手紙が潰れていく。

喉の奥が締まり、声が出ない。

目から、溜めていた涙が溢れ落ちる。

服の裾で目を擦る。

それでもまだ、目からは涙が溢れ落ちる。

床を強く叩きつける。

鈍い音が部屋に響く。

何ども、何ども、叩く。

どんどんと、手が痛くなっていく。

大粒の涙を流し、その場から動けなくなった。

「じゃあ……僕は……どうすればいいんだよ……。」

声が掠れ、言葉が途切れ途切れになる。

気づけば、口から言葉が漏れていた。

体が、動かない。

動きたくないと、体が言っている。

どうしようもない無力感だけが、心の中で揺れ動く。

胸が締めつけられる。

息ができない。

脳が働かない。

心臓の鼓動の音が、頭の中に響き、周りの音を聞こえなくしていく。

頭が痛い。

僕は、涙を流す。



—02:08 am

僕は、夜道を歩いている。

目的地は、もう決まっている。

君と別れた、あの場所。

君と会えなくなった、あの場所。

あの、屋上。

家はもう片付けてきた。

荷物は全部捨ててきた。

もう残すものは何もない。

ビルについた。

入り口には、「立ち入り禁止」と書かれた黄色いテープが貼られている。

テープを剥がし、ビルの中に入っていく。

非常階段を登り、屋上へと向かって歩く。

もう、覚悟は決めてきた。

君を裏切ることにはなっちゃけど、僕は今日、死ぬって決めた。

そう、決めていたんだ。

階段を一段登る度に、金属音が誰もいないビルに響く。

ここまで誰もいない建物は初めてだな。

階を上がるごとに、呼吸が荒くなっていく。

死ぬって決めてたのに、今になって緊張してる。

あれだけ覚悟を決めて来たのに。

屋上についた。

夜風が横を通り過ぎる。

深夜の風は独特で、何とも言えない暗さを纏っている。

屋上の淵まで歩く。

柵越しに下を覗く。

地面が遠い。

先程まで心地よく感じていた風が脅威へと変わる。

足が竦み、後退りする。

屋上の中央まで戻り、座り込む。

怖い。

恐怖が頭の中を満たしていく。

動けない。

動けない。



—02:41 am

胸ポケットから、手紙を取り出す。

どうしても、これだけは捨てられなかった。

手紙をまた読む。

『あなたには、生きて欲しいな。』

その言葉が、脳の奥に焼きつく。

僕はもう、決めたんだ。

決めたんだ。

心の中で何かが揺れる。

覚悟を持って、ここまで来たんだ。

立ち上がる。

屋上の淵まで歩く。

柵を乗り越える。

屋上のギリギリに立った。

『生きて欲しい。』

その言葉が、頭の中でぐるぐると渦巻く。

生きて欲しい?

そんなこと言われたって僕はもう決めたんだ。

決めて来たんだ。

今更、どうすればいいって言うんだ。

覚悟はもう決めた。

もう決めた。

もう決めた……。


僕は……。


ここから……。

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