第4話 愛の爆弾-1

「あいの、ばくだーん! もっとたくさーん!」


「ふぅううー!」


「あは! あは! あははは!」


「いや、リュウ。今笑うのはおかしいから」


「すいません、癖で……」


「やっぱB'zは盛り上がるなぁー!」


 俺たちは3人でカラオケにやってきていた。愛の爆弾チャンネルの今後についての打ち合わせという名目だったが、シャクレが「一曲だけ!」と言ってB'zの曲を歌い出したばかりに、打ち合わせはB'z縛りのカラオケ大会へと変貌した。


「夢じゃない〜あれもこれも〜」


 歌うシャクレを見ながら、昔のことを思い出していた。俺たちあの頃と何にも変わってない。学校帰りにカラオケに行って遊んでいた延長みたいな毎日。あの時もB'zを歌って盛り上がっていた。あの頃と違うのはリュウがいることと、俺たちが老けてしまったということくらいか。


「メガネさん、歌わないんですか?」


「ん、ああ。じゃあ次俺が歌おうかな」


 リュウがデンモクを差し出してくる。リュウも今や“愛の爆弾”になくてはならない存在だ。途中参加ではあるけど、第三のメンバーと言っても過言じゃない。俺たち以上に“愛の爆弾”について考えてくれているんじゃないかとさえ感じる時がある。


ピッ


「お、メガネ! いい曲入れるねぇ」


「やっぱりこの時期はな」


 画面には『いつかのメリークリスマス』とタイトルが表示されていた。クリスマスにはシャクレといつもこの曲を歌うのが定番だ。


「ゆっくり〜と、12月の〜」


「ふぅうう!!」


◆◆◆


「あの……話があって」


 カラオケでひとしきり盛り上がった後にリュウが話を切り出してくる。


「そうだそうだ、愛の爆弾チャンネルについての話だったよな」


 愛の爆弾チャンネルとは、俺とシャクレがやっている音楽ユニット“愛の爆弾”の動画チャンネルだ。オリジナル曲のPVやライブ映像は勿論のこと、インフルエンサーらしい企画動画なども時々あげている。まだ登録者数は631人しかいないが、いつか何万人ものファンに応援されるようなグループになりたい。


「俺、やっぱり毎日投稿した方がいいと思って」


「おー? やっちゃうかー?」


「シャクレ……。言うのは簡単だけど、そんなに毎日動画に時間取れないだろ……。それぞれ仕事もあるし」


「いや、メガネさん。もう四の五の言ってられません」


「いや、リュウが考えてくれてるのはありがたいけど……」


 以前にも毎日投稿が良いんではないか、と言う話は議題に上がった。一度実践してみようとしたが、中々良い動画も撮れず、それぞれの生活と並行して毎日動画を作成するのは困難で一週間と続かなかった。そのせいで喧嘩もした。なので、あまり良い印象がなかった。


「前は失敗しましたけど、俺ちゃんと一ヶ月持つように企画も沢山考えてきました!」


 リュウはそう言うと、プレゼン資料のようなものをどさっと机の上に出した。


「すごい……。これ全部リュウが考えたのか?」


「考えたのもあるし、実はこれ買ったんですよ」


 そう言うとリュウはUSBメモリを人差し指に引っ掛けて、くるくると指で回し始めた。


「なにそれ?」


「これは“インフルエンサー絶対成功メソッド”です」


「は?」


「いやだから、“インフルエンサー絶対成功メソッド”です」


——インフルエンサー絶対成功メソッド?


 如何にも怪しい名前に眩暈がする。インフルエンサー? 絶対成功? メソッド? 怪しい情報商材の臭いがぷんぷんする。


「え、それがあればインフルエンサーとして絶対成功するってこと?!」


「そういうことです」


「すげーーー!!」


「待て待て、シャクレ落ち着け」


 俺は盛り上がる2人を落ち着かせた。


「リュウ、それどこで手に入れたんだ?」


「いや……ネットで調べて……。何万人もフォロワーがいるインフルエンサーがお勧めしてて。これ買って成功したって体験談も幾つも載ってて……」


「まじか! 俺も買おうかな!」


「シャクレ、落ち着け」


 それが本物だったとして、もうリュウが買ってるんだからシャクレが買う必要はないだろうと思っていた。いや、その前にこれが本物なわけない。こんなものを買って実践しただけでインフルエンサーとして成功するなら、今頃インフルエンサーのバーゲンセールになっているはずだ。


「リュウ……多分騙されてるぞ。これ、いつ買ったんだ? もしかしたらクーリングオフとか……」


「いや、騙されてないですよ。一旦騙されたと思って、俺の言う通りにしましょう? そうすれば絶対成功間違いなし……」


「いや。いやいや、怪しいってこんなの。そんなに頼らなくても俺達のやり方で……」


「……。それじゃだめなんだ……」


「え?」


「それじゃダメなんだよ!!」


 リュウが突然大声を出す。俺とシャクレは驚いて静まり返っていた。リュウがここまで大声を出すのは初めてな気がした。


「俺達のやり方でって。メガネさん、いつまで言ってるんですか?!」


「いつまでって……」


「そんなこと言ってるから、登録者600人なんですよ!」


「631人だよー!」


「シャクレさんは黙っててください!!」


「……」


「まぁまぁ、リュウ落ち着いて」


「いや、落ち着いてられません。そうしてる間に、影の船団チャンネルやサボちゃん、カントクちゃんにまでどんどん登録者数も再生数も抜かれていってるんですよ?!」


 確かに。俺たちはシャクレが元々ウルパーのダンサーだったということもあって、ウルパーでの企画動画を多くあげている。しかし、その動画の再生数はそこまで多くなく、今挙げられたチャンネルの足元にも及ばない。俺も焦りを感じないわけじゃない。だけど……。


「リュウの言うこともわかるけど……。俺は他の仕事もあるし、愛の爆弾チャンネルのためだけに時間を使うことはできないよ……」


「メガネさん。俺は愛の爆弾チャンネルの為に仕事を辞める覚悟があります。一ヶ月間俺に賭けてもらえませんか?」


「なっ……」


「2人とも。一旦B'z歌おうか? な? 落ち着いて……。あ、まだ衝動も歌ってなかった……」


「2人とも考えておいてください。俺は本気です」


バタン


 そう言うとリュウはカラオケルームから出ていってしまった。俺は三人で楽しく活動していたいだけなのに……。そりゃ成功も大事だけど、楽しくなくなったら終わりじゃないのか。


「リュウは若いからな。エネルギッシュだよな」


 シャクレはそう言うと、リュウが置いていったプレゼン資料をパラパラもめくり始めた。そこには、どこかで見たような動画の企画がずらりと書かれていた。


「この辺の企画もよくインフルエンサーがやってるよな。出たての頃にこういうのやってたら人気者になれてたのかもな」


「あの頃はインフルエンサーなんて考えなかったもんな……。そりゃ最初から成功するって知ってたら、みんなやってたさ。スポーツくじや競馬なんかと一緒だよ」


「まぁ、リュウの気持ちもわかるよ。いつまでもこんなんじゃダメだよな」


「……」


 さっきまで三人で楽しく歌っていたのが嘘のようだ。静まり返った部屋にアラームが響く。それは部屋の時間が残り5分の知らせだった。俺たちが活動できる時間はあとどれくらい残っているのだろう、と画面に表示された「残り時間は5分です」の文字を見ながら考えてしまっていた。

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