不自由な事由
小狸・飯島西諺
掌編
「何かさ、『行きたいうちに行きたいところに行け』とか『したいうちにしたいことをしろ』とか、そういう言葉を言っている人のことが信用ならないんだ」
「なんで?」
「だってそれは『行きたいうちに行ける』『したいうちにできる』っていう自由を、その人が持っている証左じゃないか。自由。嫌な言葉だよ、全く」
弟は、本当に嫌そうな口調で言う。
「そう? 私は良い言葉だと思うけど」
「その発言者が、自由を持っている――ということはつまり、その人が優位に立っているということでもある」
「飛躍したね、発想が」
「まあ、僕の発想は飛び飛びだよ、いつだってね。でもさ、誰もがその自由を持っているってわけじゃないだろう? その発言者は、その自由を使って、本当に『行って』、『して』、満足したんだろうけれど、誰もがそういう風に生きられるんだったら、もっと世の中良い感じになっていると思うんだよ」
「自由を、持っている、か」
「そう。自由は、あらかじめ全員に平等に配られているものじゃない。限られて、恵まれて、満たされて、望まれて――そんな人間が大人になった時に得られるものだと思うんだよ。それを、まるで全員が当たり前みたいに持っている的な感じに言われると、正直、持っていない側としては、心穏やかじゃないんだよね。そんなことする余裕なんかねぇよ、生きることで精一杯だよ、って。これって、案外色んな人に当てはまるんじゃないかな、一般論なんじゃないかなって思うんだよ。だって、平日はほとんど、毎日電車への飛び込み自殺が報道されているような今の社会だよ、ギリギリ限界のところで生きていて、自由なんてとんでもない、何とか自分を騙して、死なないように生きているだけなんだよ。それが、今の世の中なんだよ」
「成程ねえ、そしてその理論だと、私たちは一生、自由を得られないわけね」
「そうなるね」
私たちは笑った。
笑うしかなかった。
私たちは、毎日両親からの虐待を受けている。
だからこうして夜、お互いに話して、激励しているつもりなのだ――が。
最近どうやら弟は、斜に構えるようになってきたらしい。
まあ、こんなクソみたいな家庭環境で育ったのだから逆に真っ直ぐになる方が不自然である。
それでいて世の中で求められるのは、真っ直ぐで素直で「扱いやすい」性格だというのだから、本当に失笑を禁じ得ない。
現在進行形で、両親は社会不適合者2名を教育中、ということなのだから。
まあ、今は弟の話をインプットしよう。
そういう時期なんだろうなあと思って、私は話を紡ぐ。
「そっかあ――ううん、そうだなあ。私は正直言うと、そこまで世間を斜め読みすることができない派の人間だから、こう思うなあ。『だからこそ、誰かがそういうことを言い出すべきなんじゃないか』って」
「だからこそ、って?」
「んとね――ほら、今言ったじゃない。世の中はそんなに自由じゃないって。むしろ自由を持っていない方が一般論なんだって。私もそれは同意。だって今の私たちには、『今』も、『これから』もないから。全部が全部、父と呼ぶべき人と、母と呼ぶべき人に掌握されているから。あの人達の言う通りに生きることが模範解答であり、正解。それ以外の道は許されていない。自由なんてどこにも何にもない――だけど、だからといって、誰も自由を標榜しなくなってしまったら、本当に皆、自殺しちゃうんじゃないかな」
「…………」
「希望とか、自由とか、夢とか、将来とか、そういう表面だけの薄っぺらい言葉の無意味さを、私たちは知りすぎるほど知っているよ。だけど、誰かがそうやって前向きに生きていて、生き方を教えてくれているからこそ、何とか命を繋ぐことができている人だって、いると思うんだよね。何より、そんな不自由が確定している『今』でも、『これから』でも、私たちは、1ミリだって、死にたいなんて思っていない。こうやってお互いに、励まし合うくらいには」
「……成程ね、理想を掲げるだけじゃ勿論駄目だけれど、掲げているということそのものに意味があることもある、って話か。そりゃ、僕の、中には、無かった、考え、方、だ――」
そう言って、次第に声が小さくなった。
寝たのだろう。
さて。
私もいつまでも、悩んでもいられない。
寝不足で両親からの虐待に屈したら、姉としての
明日も生き抜くぞ、と。
私は思った。
(「不自由な事由」――了)
不自由な事由 小狸・飯島西諺 @segen_gen
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