ED-② 開かれた箱、終点 視点:辻霧

《11時59分/自宅》


 遺書ともとれる手を読み終わると、三川みかわ氏の目には戻が流れていた。

 川口かわぐち氏も天を仰いでいて涙を流すまいとしなが鼻をすする音が聞こえる。

 沈黙が広がる中、アタシは少し無神経に無粋なことを言うまいと、タバコを吸った。しばらく数刻は彼らが口を開くのを待つことにした。

 しかしなるほど、小澤おざわ氏は住まいが近いことを良いことにアタシもピースの内に入れていたのね。死に際にしては随分と力を入れていたのね。

「………なんだか、許せないですね。光さんのおじいさんも光さんに知られたくなかっただろう話だったのに」

 少しした後、三川氏は少し声を震わせながら話しをする。アタシは煙一つ吐いて話す。

「三川氏の言うとおりだ、本当に兎品沢とひんざわは許せない。アタシも読んだ照氏の手記だが、おそらくは処分し損ねたのだろう。彼女の遺書にある通り彼は突発的な死を迎えてしまったのだから。これは神のみぞ知る話だが、光氏を守ることと、自らの手を汚すことの葛藤に苛まれた未なのかもしれ―――む?」

 話の途中だが、アタシのスマホが細かく振動する。手にするとカメさんからの電話だった。「ちょっとごめん」と2人に謝って、アタシは電話に出る。

「もしもし?」

辻霧つじきりさん、今依頼人の彼は?』

 少し躊躇い気味な様子が声色から伝わる。

「あぁ、まぁ目の前に」

『……わかりました。端的に言います。今署内で、兎品沢さんが小澤さんに送ったと思われる脅迫メールが転送されています。どこへ届いたのか、開いた瞬間一気に、瞬く間に転送されて今全員のパソコンから見れる状況になっています。それとどうやら同タイミングで報道機関の方にも。電話が鳴りやまない状況なんです』

 確かに電話口の裏ではコール音がまるで輪唱し合唱しているようだった。

「へぇ~、そういうことか」

『そういうこと?』

「後日詳細を話すよ。ほとぼりが冷めた頃、都合のいい時に来てくれ」

 巻き気味に電話を切った。

 さすがに被らの前でカメさんのことを出すのはまずいと思ったからだ

「えっと、辻霧さん?」

「すまないね、少し面白いことになったみたいだ。どうやら君たちの読んだ遺書プログラムだが、データの削除ともう動くプログラムがあったようだがな、その正体がわかったよ。脅迫メールを警察内と報道機関に送信するというものだ」

「脅迫メール? そういえばそれが彼女を追い詰めたという……?」

「それをあの子は武器にしたのね。遺書にあった椿を白日の下に晒すための。なるほど、あの時のSNSの予告にあった英文はここに繋がるのね」

「だけどそれって効果はあんの?」

 川口氏のその疑問は確かに引っかかるがこれにはある程度の見解がある。

「アタシの見解だが、残念だけどイタズラメールとして片づけられるのが関の山だ。だけど報道機関にも同じものが送られているらしい、もしかしたら三川氏、キミのところにも来てるんじやないか?」

 アタシは三川氏に目をやる。彼の新聞社は一応にも大手の方にあたるからだ。

「それはどうでしょうか………」

 と言いながら三川氏はスマホを取り出すが、画面を見るなり苦笑いをする。

「おっと、ハハハッ、どうやら他人事じゃなくなりましたね………これは休日返上かなぁ~」

「ふぅ~ん、でも、そう言っている三川氏の顔はとても楽しそうだがな?」

 初めて会った時とは違って、今の三川氏は晴れやかな表情を浮かべていた。

「ボクの人生の一部は光さんに振り回され続ける日々でしたからね。最期の振り回されに付き合うだけですよ」

「そうか、じゃ最期の最後の一付き合い、頑張ってくれ」

「はい! あっ、そうだ依頼料を…!」

 そう言いながら三川氏はカバンの中を漁り、茶封筒を取り出した。

「別に後日でいいのだけれどな」

 彼ほどの誠実な人はちゃんと払ってくれるだろうとあえて黙っていたが、こうも早くに出してくれるとは思わなかった。

「確かに」

 予定した額に対して何だか厚みがあるようなという違和感はあるが、アタシはそれを受け取り閉じ口から中身を覗いた。

「なあ、三川氏」

「あれ、足りないですか?」

「あぁいやそういうわけではなくてな。その、?」

「そうですね。光さんの分です。『真実を代弁してくれてありがとうございました」っていうね。まぁボクなりの勝手な解釈ですけどね」

 三川氏は優しいにやけ顔を浮かべながら言った。案外この男も食えない男だと思う。

「そうか、ま、キミがいいってならありがたく受け取るよ」

 封筒の中には同じ顔の紙幣が複数枚入っていた。とても数えられたものじゃない。推定100枚あるように感じるがあとでじっくり数えよう。

 随分と色をつけているが、これを突き返すのは三川氏に無礼かもしれないし、小澤氏を盾にされるとなおのことだと、そう思いながらそっと受け取ることにした。

「ありがとうございました。ではボクはこれで」

「なら、ワタシもお暇するか」

 三川氏につられ川口氏も立ち上がった。

「あぁそうだ二人とも。せっかくだ、今この話をしよう。実は、キミたちに渡しておくよう依頼があった人間がいるんだ」

「ボクたちに?」

 いつ渡そうかタイミングをうかがっていたが、去り際の今がちょうどいいだろう。

 数日前にある者から渡してほしいと頼まれた紙切れだ。と言ってもチープなものじゃないしっかりとした紙切れ、名刺だ。

 それを各々は受け取ると、わかりやすいほどに表情が変わった。

「伝言としては、『決断は君たちに任せるが、いつでも待っている』だ。どうするかはキミたちで決めてくれ」

 アタシの言伝を聞いた二人の目は、燗々とした熱を帯びるが見えた気がした。

 彼らはこの先、後ろを振り向かず、前進する決心の様だった。

*****


《7月15日/12時22分/自宅》


 小澤 光氏の事件からだいぶ経った。季節は梅雨もとうに明けて、夏の暑さを感じる頃だった。

 アタシの室内では激しくも優しいロックサウンドが鳴り響いていた。

「いい音楽だな。アタシも何か一つ楽器が弾けるといいなあ」

「どうせあなたなら簡単にこなせますよ」

 ズズッと珈琲を飲むカメさんは少し不満そうな顔をしていた。そんなお茶感覚で音を立てて飲むのはとツッコもうとしたが控えた。

「例のメール騒動はその後どうなったんだい?」

「結論として、ただのイタズラメールとして今は下火状態です。ただ未だに粗探しをする記者がチラチラいますがね、全く大変ですよ」

「そうか、ご苦労さんなことだね。あぁ、もしかしてこの小澤氏の行動に憤りでも?」

「……全く無い、と言ったら嘘になりますね。少しチラついた尻尾がまた雲隠れしたのですから、またイチから出直しですよ」

「出直し? 兎品沢はどうしたんだい?」

「……数日前に死にました」

「なんだって⁉」

 私は椅子から思わず立ち上がった。ガタンと大きな音がしたがすぐにロックサウンドがそれを覆い隠す。

「留置場で、タオルを飲み込んで窒息死でした」

「つまりそれは、自殺、ということか」

「傍から見ればですがね。僕は他殺とみていますよ」

「そうか。しかし、本当につくづく、椿の名を借りただけのにはお似合いの未路だったのかもしれないわね。でもそうか、もしかしたらこれで59番目の椿が咲くのか、もう既に咲いているのか、どちらかもしれないわね」

 いや、事によれば新生・椿による最初の殺人が彼だと思うと腑に落ちる。

「あの、ずっと思っていたのですが……この際、ハッキリさせてください! 辻霧さんって」

 ここから尋ねる内容は容易に想像できる。

 アタシは言葉を遮るように、あるものをカメさんに投げつける。カメさんは虚を突かれた顔をしながらも上手にキャッチした。

 かつて投げつけられた、素子で並べられた「詮」の字が書かれた麻雀牌だ。「これは?」とカメさんは首を傾げながら尋ねる。

「今キミが話題にした男のツテから渡されたモノ。意趣返しともとれるが今後活かしてくれよ、アタシから言えることはそれだけ」

 カメさんは牌を握りしめ全てを察し息を漏らす。だけど、どこか納得した様子で苦笑を浮かべる。

「ハハッ、全く、わかりましたよ。また何かあったら連絡ください」

 カメさんはそそくさと事後報告を済ませ、去って行った。

 忙しいのだな、警察というのはと、昔のアタシよりも忙しいのではないだろうかとも思えた。


 部屋の中では今でも優しくも鋭いロックサウンドが流れている。

 主要メンバーが欠け、解散説が浮上する最中、彗星のごとく現れたベーシストとドラマーが加わり、新体制となった人気バンドがリスタートするナンバーだった。

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辻霧 綾世の真実紐解 夏空 新〈なつぞら あらた〉 @SSN_1007

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