平成21年長野県諏訪地震
大森張力
2009年1月21日10時23分
20分休みが始まった。引き出しからあのまん画を引っ張りだす。
「あ! ゆーちゃんまた本読んでるの?」
めーちゃんがまた自分からやってきた。本じゃなくてまん画なのはないしょ。ブックカバーでかくしているからたぶん分かんない。
「なにこれー、まん画? 中学生向けとかのやつ?」
「たぶん」
「へー、すごーい。よく読めるねぇ」
まん画を読めることはすごいことらしい。
「じゃーあたしが音読してあげるねー。えーと……なにこれ、てへんに無い?」
「……なでる」
「撫でる! すごい、ゆーちゃんこんな難しい漢字も読めるの? さすがゆーちゃん」
正直うっとうしくはあるけど、ほめてくれるからうれしい。
「じゃーこれはー? 雨かんむりにー、この──」
いっしゅん机がゆれたと思ったそのとき、座っていたいすが大きく横にガッと動いた。いすから放り出された反動で、ハデにしりもちをつきそうになったけど、とっさにうでが伸びてなんとかお上品にしりもちをつくことができた。そして机の下にひざを立てながらスライドするように入る。
めーちゃんは足をとられながらもお姉さん座りをして、うちの机のあしをぎゅっと両手でにぎりしめていた。うちもその手を強くにぎった。そしてしばらく、ゆれがおさまるのを二人であっけにとられながら待った。柱からぺきっとか、めきっとか、ぎちちっとかって音が聞こえる。
「机の下にもぐって! だれの机でもいいから!」
あゆ先生がどこかからさけんでいる。先生の指示にしたがって、めーちゃんがうちの前の席の机の下にもぐりこんだ。
周りを見回してみる。ランドセルとかが入っているたなからはフォルダやらなんやらが全部出ていた。先生の机に置いてあった宿題のプリントの山も土砂くずれを起こしたみたいに机からほとんど全部くずれ落ちて、代わりにプリントの平野ができていた。
その数秒後、放送のぴんぽんぱんぽーん、が鳴った。
「全校のみなさんに連らくします。先ほど、長野……大きな地しんが発生しました。生徒のみな……は、グラウンドにひなん……さい。ひなん訓練の『いかのおすし』を……ながら……ください。もし近くに……」
放送はまだ何かしゃべってるけど、周りがガヤガヤしててよく聞き取れない。みんな放送をろくにきいていないようだ。
めーちゃんの方を見ると、こちらに口パクで何かを伝えてきた。何を意味してるのかは分かんなかった。めーちゃんの手はあったかい。
「みんな、早くろう下に出て! 早く! 名ぼ順じゃなくていいからもう早く出て!」
あゆ先生がどこかからすごい大きな声で言った。黒板の前でマジギレするときの声とはちがう声で、十なん才未満の方はみれません、のホラー映画の中で聞くような感じの声だった。あゆ先生がというか、大人の人がああいう声でさけんでいるのを初めて聞いたから、今の地しんにひってきするぐらいのこわさを感じた。
「ゆーちゃん、早く行かないと」
もうめーちゃんは立ち上がろうとしている。めーちゃんはあゆ先生と比べると落ち着いていた。
そうして、めーちゃんといっしょにやっと立ち上がって、ろう下に出ようと思ったそのとき、あのまん画を持っていこうかどうかが頭をよぎった。なんとなく、しばらく数日は教室にはもどってこれないような気がしたから。でも、「いかのおすし」のどれかの文字に引っかかってそうな気がする。どの文字がどういう意味かわすれちゃったけど。
うーん。
服の下にかくして、お腹いたいいたーい、っていうふうにわき腹をかた手でおさえて、そこに本をかくして持っていくということにした。だれも気づかないでしょ。
どさくさにまぎれて本をお腹にかくして、めーちゃんと二人で列に並んで、しばらくすると列が前に進んでいった。かけ足で動いていったから、つまずいたら後ろの人たちにそのままボコボコにふまれれそうで、それもまたちょっとこわかった。
「ゆーちゃん、てーつなごー。はぐれたらやだから」
めーちゃんが言い出したので、手をつないだ。指のすきま一つ一つから、めーちゃんの体温が伝わってくる。ちょっとあったかい。カイロほどではないけど。
「ゆーちゃん、てー冷たい……」
そう言われてもどうしようもできない。手ぶくろをしてくれば良かったのかもしれない。
列を進みながら周りをちらっと見ると、階だんの所で、けい光灯とか、かべのとりょうとかが落ちてこなごなになっていて、ゆかがキラキラしていた。かべには地面のだんそうみたいに、建物の上と下で数センチ横にずれたみたいなヒビが入っていた。
それを見て、ちょっとドキドキした。なんていうか、ビクビクとはなんかちょっとちがうけど、ちょっとゾクゾクするというか……とにかくそういう意味でドキドキした。これが非日常ってやつかな?
それで、しばらくしたら玄関に着いて、上ばきのままグラウンドに出た。冬だからとりあえずすごい寒い。上ばきさんもまさか冬のグラウンドの土をふむことになるとは思わなかっただろう。とりあえずみんなと校庭の真ん中の方に向かって歩いてると、めーちゃんが横からうちのうでにハグしてきた。
「寒い……んん、ゆーちゃん、やっぱりあんまりあったかくない……」
こっちはめーちゃんのおかげで、うでがちょっとあったかくなった。うちだったらぜったいしない行動だけど、される側としては別にイヤというわけではない。本をかくすうでと、ハグされるうでとで、両うでが自由に動かせなくなっているというこの状きょうに、なぜか分からないけど面白さを感じた。
なんとなーくクラスの列ができてしばらくすると、あゆ先生が前から、にーしーろーやーとーでクラスの人数を数えてきた。そしてそれを前の方で固まってる先生たちの集団の中で報告? している。オトナって感じと非日常ってやつを感じてカッコいい。
あっ、またゆれた。よしん。周りのガヤガヤがまた大きくなる。松の木からさぁーって音が聞こえた。カラスがめっちゃ飛んでいる。あ、あの山、土砂くずれしてるじゃん。山のふもとの辺りに土色のもやがかかっている。
そんなふうに周りの景色にあっけに取られていると、急にまた強めのゆれが来て、思わずバランスをくずしてめーちゃんといっしょにハデにしりもちをついてしまった。いてて。
水分をいっぱいふくんでいるすごく冷たい土で、とても気持ちが悪い。おしりがぬれるといやなので、なんとかしゃがむ体勢になる。
そのとき、まん画がわき腹から落ちてしまった。先生にバレないように、とっさに太ももとお腹の間にはさんでかくす。土でよごれちゃったかも。
「あ、ゆーちゃんそれ持ってきてたの? いいねー」
プラス小声で、なんでお腹の中にかくしてたのって言われた。たしかにお腹にかくすまではしなくてよかったのかもしれない。なんでかくしてたんだっけ。
列の前の方からマイクのキーンって音が聞こえた。教頭先生がマイクで何かしゃべろうとしてた。
「えーみなさん。みなさん。しずかにしてください。えー。はいっ。これから大事な連らくをします。先ほど、長野県内で非常に大きな地しんが発生しました。そのため、安全のために今日はこれでお帰りとします」
一気にかん声があがる。けどうちとめーちゃんは口開けてぽかーん。
「げんざい、みなさんのお家の人にむかえにきてもらうように連らくしていますので、お家の人がきたら担任の先生に言って、教室の荷物を持っていったん今日はもう帰ってください」
なんだ、教室もどれるんじゃん。服にかくした意味なかった。
他にもいろいろ言ってたけど、うちにはきっと関係ないことだ思ったから全部むしした。そしてしばらく、数十分ぐらいかな、めとさーちゃんママといっしょにママがむかえにきた。うちの弟もいた。ようち園もとちゅうで終わりになったみたい。今日は車でめーちゃんといっしょに帰るんだって。やった!
「こら、
えぇ、でも非日常でおもしろいじゃん。そうして教室に行って、荷物を持って、学校を出てうちの家の車に乗った。
「ねえゆーちゃん。明日って学校あるのかな?」
「んー、どうだろ。おやすみかもね」
学校より家の方が好きだから、願望こみで言ってみた。
「えー、やだー。学校ありがよかったー。明日の給食、カレーにフルーツポンチだったじゃん」
あ! たしかに、そう言われるとたしかにちょっと残念だ。どうせ地しん起きるならあさってがよかった。
「侑」
うっ。はいはい、ごめんなさーい。
それで、そうこうしてたらめーちゃん家についた。
じゃあ、そちらもどうかお気をつけてぇ。もしよかったらまた今度も、うん、うん。ううんううんいいのいいの、こまった時はおたがい様ですぅ。うん、はい、じゃーねー。
サイドガラスを開けて、最後にめーちゃんにタッチしてバイバーイってする。ゆっくり車が前に進み始めた。めーちゃんが見えなくなるまで、サイドガラスからめーちゃんに手をふり続けようと思ったけど、しばらくしたらママに勝手に閉じられちゃった。
平成21年長野県諏訪地震 大森張力 @Omori_Choryoku
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