D.C.

「──────かもね。」

「あ。」

ぼーっとしていて雨飼さんの話を後半よく聞いていなかった。

「すみません、なんの話でしたっけ。雪、、、」

「ごめんね。疲れてるのに引き止めるようなことして。」


そうだ。珍しく作業が長引いてしまって、僕と雨飼さんは残業をしていたのだった。

無論、雨飼さんはとっくに仕事を終わらせていて、断ったにもかかわらず僕の担当分の作業を手伝ってくれていたのだが。


作業はもうとっくに終わっている。

時計の針は24時を過ぎていた。

がらんとしたオフィスに残っているのは僕と雨飼さんの2人きりだった。

天井の寒々しい色の蛍光灯が、暗い画面のPCが整然と並ぶデスクの列を照らしている。

雨飼さんは壁にもたれながら、相変わらず右手に持ったスノードームを見つめている。

液体の詰まった球体を透過した弱い光が、雨飼さんの目の中で時折ちらちらと光る。


「ねぇ、あの蛍光灯、全部LEDだよ。ずっと前に交換されてる。」

雨飼さんはこちらを見ない。

「蛍光灯って、ガラスの管の中の水銀が電子とぶつかりあって光るんだ。LEDは半導体の電子と正孔が結合して光る。見た目は全く同じだけど光る構造が全く違う。蛍光灯の偽物。知らないうちに成り替わっている。」

なぜそんな話を。


「ところでさ、万華鏡、まだ覗いてないんだ。」

妙な言い方だと思った。

「え、そのこと僕話しましたっけ?」

「いや、毎日健やかに過ごしているみたいだから。君、本当に向いてるよ。適性がある。」

「なんの話ですか。」

頭に入ってこない。

「信じる、っていうのは才能だから。でもね、それは強力なマスキングになる。見えているはずのものが見えなくなって、見えないものが見えるようになって」

さっきから何を言っているのか。

「僕を雨飼さん・・・・にしているのは君だよ。」

「え?」

「そんな男はいない。」

「だって目の前に、」

僕は雨飼さん・・・・に駆け寄る。

「万華鏡、覗いてみなよ。」

僕はその言葉に逆らうことが出来ない。

右目に当てて覗いた万華鏡の中は真っ暗だった。

「万華鏡は、回して見るんだよ。」

何かが動いている。壁際の雨飼さんに近付いたことで蛍光灯を背にしているからよく見えない。

「万華鏡っていうのはさ、ビーズなんかが入っているのを想像するかもしれないけど、それは液体が入っているんだ。通常はオイルが入っているんだけど。オイルが入っているタイプのものは、封入物がゆっくり動くから、万華鏡のイメージが変わるかもね。」

相変わらず、視界には何か動いているが暗くてよく分からない。

「そう、その万華鏡も僕のスノードームと同じ人が作ったんだ。封入されてるのは、血液と爪。」

僕は思わず万華鏡を持つ手を離してしまいそうになったが、雨飼さんの大きな手が僕の手を上から強い力で掴んだ。

「な、なんだってそんなものを、、、」

僕は手を、目を、離すことが出来ない。

「これも幽霊を固定する装置の一環らしいよ。これも失敗作みたいだけど。何でそんなことしようとしてたのかまでは知らないけど。ちなみに、スノードームには遺灰が入っている。」


おぞましいと思った。

これは、美しくなんかない。

途端に吐き気を催してきた。


「これらは僕の身体の一部。人体は霊体を固定する媒体としては最も適しているというのはあの頭のイカれた人が言っていた理屈だけど、まさか持ち逃げされるとは思わなかっただろうね。さすがに殺した相手が悪かったよ。」

「な、なんなんですか、、、これは、、、」

意味がわからなかった。

強い力で腕が引き下ろされ、視界が急に開けた。目の前の男は喋り続ける。

「それでも、無意識の思い込みっていうのは怖いね。こんなふうになるつもりじゃなかったのに。ちょっとは楽しかったけど。スノードームも、万華鏡も見られるために存在している。情景の再現装置。見たものを『本当』にしてしまう君みたいな人とは相性が悪かったな。」


手が強く引かれる。

雨飼さんのシャツには、掴まれた僕の右手が深々と突き刺さっていた。

そこにはなんの感覚もなかった。

まるでカーテンに手を突っ込んだようだった。

空洞。


「だからさ、見なくていいものもあるってこと。」


雨飼さんの空いている方の白い手が壁のスイッチを押す。

パチン、という音と共に部屋は暗転した。

暗い部屋の中には、雨飼さんのいつも吸っているタバコの匂いだけが、噎せかえるほど漂っている。


暗闇に雪は降っているのだろうか

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環形彷徨レプリカント 望乃奏汰 @emit_efil226

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