雨ふる晩のことでした
武江成緒
雨坊主
『
雨ふる晩のことでした。
真っ暗ななかに、ざあざあと鳴る音を聞きながら、
お父さんはまだ帰らなくて、お家にいるのはわたし一人。
静まりかえった暗い家で、ざあざあ鳴る雨の音を聞きながら、小さいころに何度かつくった「てるてる坊主」そのままに、丸い頭とたよりない紙の体をぶらさげた「坊主」たちをながめています。
―― ばしゃり
なにか水のはねる音が、水たまりになにかが足をふみこんだような音が、外から聞こえたような気がしました。
―― ゆらり
まんなかにぶら下がった「坊主」が、白い体をゆらせました。
―― ゆらり
―― ゆらり
それに続くかのように、両どなりに下がった「坊主」が、その外側の「坊主」たちが、ゆらゆらと動きだしました。
糸でぶら下げられた「坊主」たちの姿は、まるで、もがいているみたいです。
やがて、びくびくと、苦しそうに紙の体をうねらせるのが見えてきて。
そのうちに。
ざあざあと降る音にまじって、うめくような、かすれた声が聞こえてきました。
―― ここ、は、どこだ。
―― なん、だ。なにが、どうなって、やがる。
―― くるしい、くびが、しまる。
―― どうなってる、おれ、の、からだ、あし。てが、ねえ。うでが、ねえ。
二十個くらい作ったけれど、動いてものを言いだしたのは、そのうち八個だけでした。
ざあざあという雨の音にも消えないほどにざわめき出した「坊主」たちに、私は声をかけました。
右の手には、よくといだ裁縫ばさみを、左の手には、同じくみがいてとがらせた千枚通しをしっかり握って。
「ここは、
あなた達には、聞きたいことがあってここへ集めました」
お父さんの名前を出すと、「坊主」たちは、びくりと紙の身をふるわせて。
やがてその身をよじらせながら、最初よりもざわめき出しました。
―― おおぎ、だと。
―― なんで、あいつが、いまごろ。
―― きいた、ことが、ある。あのやろう、むすめが、いるって。
―― がきが、どうやって、おれらを。いや、だいたい、いまのこれは、なんだ。
「坊主」たちはざわめくばかりで、わたしの話に応えようとするつもりはないようです。
仕方ないので、まんなかの「坊主」のすそに、裁縫ばさみで切れ目をいれます。
ぎぃぃぃぃぃ、と大きな声でうめいて、白い魚みたいにびくびくのたうつ様子。それが、ほかの「坊主」にもわかったのか、ざわめきは収まって、また、ざあざあという雨音だけになりました。
「知っていますよね。父はちょうど一か月まえから、家に帰っていないんです。
私なりに調べましたけど、会社でもゆくえの心あたりはないって警察に言ったそうですね」
静まりかえった「坊主」たちは、今度はなかなか、ざわめく様子はありません。
クラスで先生からしかられる直前の子のふんいきを思いだします。
「だけど、父のほうには会社の人と何かがおこる『心あたり』はあったんです。
隠しても無駄ですよ。
父のパソコンもタブレットも、家にのこしたメモ帳も、何もかも調べました。
それに何より、あなたたちには間違いなく、心あたりがあるはずです。
これはそういう相手を集められる儀式――そういう“契約”をしたんですから」
話をはやく進めるために「坊主」たちの一体に、また一体に、と、すそを切ったり、まるい頭に千枚通しを突きさしたりしてゆくと。
静まりかえっていた「坊主」たちは、ひぃぃぃ、とか、ぎぁぁぁ、とか悲鳴をあげてのたうちながら、やがていっせいにわめき出しました。
―― ちくしょう、ちくしょう、わるいのは、おおぎのやつだ。おれたちは、ただ。
―― みなみくの、こうじょうあとを、まだにふどうさんに、ばいきゃくするのに。
―― じばんのおせんが、ひどいとか、そんなはなしに、なりやがって。
―― ひょうかがくが、がたおちするから、それをなんとか、もみけすために。
―― あっちのかいしゃの、いえだにせんむや、むめたぶちょうを、だきこむために、どれだけ、かねを、むしられたとおもってやがる。
―― なのに、おおぎの、やろう。わからんことばかり、ぬかしやがって。
―― ないぶこくはつだと。ばかが。そんなことを、されたら、かいしゃは、おわりじゃねえか。
―― だから、あのばん。そうだった。こんな、くらくて、あめのふってる、ばんだった。
―― あの、ばかが。はなしあおうって、もちかけたら、のこのこ、ついてきやがって。
―― やまのほうにも、かいしゃの、もってる、ぶっけんが、あったのは、さいわいだったな。
―― ひとひとり、うめるのに、かくすのに、おあつらえむきの、ばしょだった。
「坊主」たちは、どいつもこいつも勝手に、バラバラにわめくし、会社の内側のことを知らないわたしには、わからない話も多かったのですけど。
やっぱりもう、お父さんは、この家に帰ってくることはないんだって、そうわかったら。
きゅうに体の力がぬけて、わたしはその場にすわりこんでしまいました。
ひとしきり白状したせいなのか、「坊主」たちのざわめきは、今度はだんだん大きくなってきていました。
―― おおぎのやつ。のみかいとなりゃあ、がぶがぶ、のむから、よわせるのも、くすりをのませるのも、かんたんで、たすかったよな。
―― ありゃあ、いぞんしょうぎみだったろ。まあ、やつも、かわいそうだよな。
―― よめは、ごねんも、まえに、しんで、のこった、がきは、ふとうこうぎみらしいしな。
―― ともだちも、つくれねえで、がきのくせに、おかるとに、はまってるとか。
―― おおめにわたした、こづかいも、ぜんぶ、ねっとで、あやしいほんを、かうのに、つかってるって、ぐちってたぜ。
―― きっと、おやじににたんだな。おおぎのやつも、いんきで、むくちで、えいぎょうも、ろくにできねえ。そのくせ、あたまがちがちで、しつこいやろうだったからな。
―― じぶんに、にた、がきのせいで、なやんでたとか、わらえるよな。
―― あいつ、あのばん、あんな、ぐだぐだに、よってたのも、そのがきが、げんいんだろ。
―― おれたちは、わるかねえ。わるいのは、てめえじしんと。
―― あいつの、むすめさ。
―― あいつは、むすめに、ころされたんだ。
―― かわいそうにな。
―― あははははははは。
―― あははははははは。
―― あははははははあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?
うるさい。
まんなかのやつをつかんで、まるごと引きちぎりました。
もう一体の頭をジョキジョキ切り刻んで、また別のやつを千枚通しで串刺しにします。一つまみずつちぎっては捨てて、裁縫ばさみを突きさして、また一体を引きちぎって。
全員ズタズタにしてやるまで、雨の音も、あいつらの最期の悲鳴も聞こえてなかったような気がします。
気がついたら、またざあざあと音がしていて。
軒下にはもう「坊主」たちは、あいつらの魂を宿らせてないぶんまでも、一つも残っていなくって。糸だけがぶら下がっていて。
窓の下の濡れた庭には、引きちぎられて切りきざまれた白い紙が散らばっています。
「坊主」たちの頭に入れた呪文の紙も、それを書いたわたしの血も、もうぐちゃぐちゃにとけかけているんでしょう。
ばしゃり。
裁縫ばさみも、千枚通しも、庭へ投げ落としました。
振りかえれば、ただ暗い家のなかだけが、ざあざあという音すらなく、さびしく広がっています。
もうここに、お父さんが帰ってくることは二度とないし。
だったらもう、わたし一人が残っている理由もない。
お父さんのお気に入りだった大きなロッキングチェアを窓まで運んできて、ロープのはしの片方をしっかりと結びつけて、もう片方のはしを使って、調べたとおりに輪をつくります。
全部おわったら、こんどは自分が「坊主」になって、雨坊主にお返ししないといけないから。
輪のなかに首をとおすと、ざあざあと音のなる、暗い世界へと飛びおりました。
―― ばしゃり
―― ばしゃり
ロープが首をぎゅっと吊るして、意識がなくなるその直前に。
「坊主」のなかに宿らせたあいつらの魂と、わたし自身の魂とを受け取りに。
ざあざあと降る夜のなかから、雨坊主が近づいてくる、その足音を聞いていました。
《了》
雨ふる晩のことでした 武江成緒 @kamorun2018
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