「落ち葉」(FALL)

ナカメグミ

「落ち葉」(FALL)

 冬の雪に覆われる前に。少しでも美しく。手を動かしながら願う。

 熊手、竹ほうきを随時使い分け、公園の地面に落ちた葉をひたすら集める。黄色いイチョウ。赤いモミジ。大ぶりのブナの葉。そのほか木の名前は知らないが、緑、黄緑。黄土色。陳腐な表現だが、まるでじゅうたんのように地面を覆う色。


 集めた落ち葉は、放置すると雑菌が繁殖してよくない。トゲのある枯れた植物が、訪れた人の手を傷つけてもいけない。ちりとりに形が似た、手箕(てみ)という道具を使って、透明なビニール袋に詰めていく。

 あっという間に公園の片隅に、30袋ほどのビニール袋の山ができた。目に見える達成感。地面に残った細かい葉は、ブロワと呼ばれる風を出す機械で集める。地面が見えた。歩きやすくなったはずだ。


 公園の平地には、一昨日にまとめて降った雪がまだ薄く残っていた。2人の幼な子が、白いそれを手にすくってはしゃぐ。見守る親らしき男女。ダウンジャケットを着た彼らは、インバウンドの観光客のように見える。楽しげな家族の光景。

 俺の存在は、誰かの役に立っている。満足感で曇天の空を見上げる。

夕方から雪が降るかな。

      * * *

 耐熱性のガラスコップに入れた日本酒を、レンジでチンする。物価は高い。つまみはちくわに、マヨネーズと七味をかける。野菜は、キュウリとニンジン、ダイコンのお新香パックで十分。コンビニは割高だから、少ない品でもスーパーで買う。

 胃の腑に染み渡る日本酒。この瞬間のために、日々生きている。ピントが合わない目でテレビのニュースを眺める。

 俺が今日作業をした公園とは別の、郊外の大きな公園。そのまわりで数日前から出没していたクマが、駆除されたらしい。今年はクマ一色だな。ボーっと思う。

 あとは物価高。自治体病院の莫大な赤字。公共料金の値上げ、か。この冬の暖房料金はいくらになるのか。少し歩くが、安価なショッピングモールの広いフードコートか。区役所の図書館か。金をかけずに長時間過ごせる場所に思いを巡らす。


 「チッ、チッ」。おっ、この冬はおまえがいたな。部屋の片隅を見て頬がゆるむ。

 春に加わった唯一の家族。桜文鳥。

 俺の世代は、小鳥を飼うといえば竹かごだった。ペットセンターの店員は、劣化が進むと小鳥がけがをするからと、ステンレス製のかごを勧めてくれた。

でも目へのなじみ方は、銀色のそれと竹かごではちがう。奮発した。

 黒い体に桜の花びらを思わせる斑紋。赤とピンクのちょこんとしたくちばし。元気に竹籠の中の2本の止まり木を上下する。愛らしい。

     * * *

 大工として、長年働いてきた。妻と2人。小さいながらも自営。子どもはいなかった。代わりといってはなんだが、雇った若者は、なんとか仕事を身につけてほしいと育ててきたつもりだ。

 気骨があって、今は自立して工務店を営むもの。何もいわずに、途中で去るもの。いろいろなヤツがいたが、所詮は他人の話。すべては昔の話。悲しいのは妻の死。


 早朝から弁当を作って、俺と若者に持たせてくれた。5年前に病気で死んだ。

 気が抜けた。もう店はたたんでいたから、シルバー人材センターに登録して、公園管理部門に加わった。木材の断面は十分に見た。色鮮やかな植物を目に入れたら、妻の記憶の鮮やかさに、少しはとってかわってくれるかも。

 夜が長くて寂しくて。近所のスナックに通った時期もあった。気が紛れたのもつかの間、常連同士の人間関係がうっとうしくなって辞めた。

 「おまえがいればいいよ」。桜文鳥は、なにも語りかけないから気が楽だ。

見ていると、長い夜の濃度が薄まる。

     * * *

 「今日もいつもの、ですね」

 「頼むよ」

 「最近、寒いですね」

 「ホントだね。朝からご苦労さま」

 

 年金の支給は、偶数月の15日。今月ではない。

でもたくさん勤務を入れたシルバー人材センターの給料が入った。やはりうれしい。わずかの楽しみは、文庫本を若者向けの中古書店で安く買って、日曜日の朝に、少し高いチェーン店のカフェオレを飲みながら熟読する。

妻が「ハイカラだ」と、はしゃいで飲んでいたカフェオレ。

 いつも日曜日朝のシフトに入っているこの青年は、ひとこと言葉をそえてくれる。


 大工時代は、視力が落ちるのが心配で、小さな文字は避けていた。建築家の設計図と木目を見るための目だった。

 仕事を離れた今、昭和の社会派推理小説家・松本清張の作品を、映画館で見たシーンと対比させながら読むのがなによりの楽しみだ。「カフェーの女給」って、今の人は雰囲気がわからないだろうな。電話交換手って、今はいないよな。記憶の喚起。

 「砂の器」「鬼畜」「ゼロの焦点」「疑惑」。どれも映画館で見た。

あの名優、名女優。みんな鬼籍に入ったな。あの世で会っているかな。

意味のない思考に身を任せる。

     * * *

 今日の公園での作業。雪が降った日に強風が吹いて、倒木とまではいかなかったが、大小の枝があちこちで折れた。それを拾い集める。何箇所かに集めるが、歩く距離が長い。薄グレーの作業着の中の、保温肌着が汗ばむ。

 汗を拭おうと顔をあげたとき。日曜日の青年が、若い女性とこちらに歩いてくるのが見えた。デートだろう。見知った顔がいては嫌だろう。背を向けた。

 

 「ホント、年寄りってひまな」。

 「わかる」。

 「年金もらって、本読んで。コーヒー1杯で、いる時間、なげえし」。

 「うちの店にもクレーマーのジジイ来る。カスハラって知らねえのかって感じ」。

 

 店頭とちがう口調。そうだよな。本音だよな。

 手に持っていた枝を落とす。空を見る。だれも他人の過去の生きざまなんて、知らない。興味がない。自分しか知らない。共有する人がいなくなって、自分すら意味を感じなくなったら、生きざまなんて関係ない。


 「人の不幸は密の味」だ。妻がよく言っていた。まだ、他人を刺激する力がある。

 「人の苦労」は、ただのゴミだ。ビニール袋に詰められた落ち葉と一緒。

自叙伝を自費出版でもしなければ、人の目に触れることのないゴミ。その人の消滅と一緒に消えるゴミ。まあ、おそらく自費出版の自叙伝の大半も、読まれることなく捨てられているだろうが。皮肉な笑みがこぼれる。

 もういいよ。なくなれば。そこがきれいになる。公園の落ち葉と一緒。

     * * *

 部屋に帰った。汗で湿った保温肌着を脱ぐ。タオルで体を拭いて、新しいものに着替える。いつものルーティン。レンジでチンした日本酒。ちくわにマヨネーズと七味。キュウリとニンジン、ダイコンのお新香。

 日本酒の胃の腑の喜び。ちくわの弾力、マヨネースの酸味、七味の辛味。お新香の香味と歯ごたえ。

 桜文鳥を竹かごから出す。指にちょこんとのるその背中を、もう片方の手の指で、そっとなでる。荒れた指先に広がる柔らかい温度。長生きしろよ。

竹かごの中に戻す。

 

 大工のころは、木材を置いたり包む時によく使った。

押し入れから出したブルーシートを、居間の端の床に敷く。ごわごわ、ガサガサ。

独特な感触と音が懐かしい。          

 タンスの中から、妻の形見の着物を包むたとう紙を開いて、腰紐を取り出す。

モスリーンのそれは、丈夫で滑りにくい。廊下と居間を隔てるドアノブに輪を作る。昔懐かしい樟脳の香りが鼻腔を刺激する。さいごの香り。


 生きるのがつらい年代。生きるのがつらい時代。安楽死があったらな。


 輪に首を通す。昔の商売道具の1つが、少しは人の迷惑を軽減してくれるだろう。両脚とわずかに浮く尻を、ブルーシートの上をすべらせるように、少しずつ前にずらしていく。首が上にひっぱられる感触。目のピントがぼやける。

 その片隅に、黒と白と赤。無垢に動く生き物が映った。最期の幸せ。

(了)  

 

 






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