ELO.EP.3//塗罪琉光

 地獄で悪業をなせ、それこそが善行だ。


 アイク・ジョセフ V.V.

 |大掃除

 |USCUC-UM UpS-Ⅲ クロードファミリー 古巣

 |156/6/05 22:02


 #1

 世界には少し能動性が必要だ。

 誰かの箱庭に囚われる訳ではなく、己の欲しいもの、己の欲を曝け出して、全部。

 全部このクソッたれな世界に牙を向け。

 そうすればほんの少しだけ、不自由な桎梏から一時的に抜け出すことができる。


 他人を導くのは言葉ではなく意志だ。

 そして。

 悪党を従わせるのに最も便利なのが、暴力だ。


 そう、たとえば。

 この十二ゲージの散弾が弾き鳴らす進行曲こそが何よりの証明。


 熱気は銃口から白い煙を吐き、赤い薬莢が宙を舞うと同時に、鉛の弾丸は不可視の弾道を描きながら、薄いドアの鍵を吹き飛ばす。

 罵声と混乱の中、室内に雪崩れ込む薄い冷気と共に、二人の男女が姿を現す。

 

 一人は少年の顔たちをしていた。

 橙色が掛かった茶髪に、白いマントのような服。

 熱が冷めないショットガンを両手で掴み、琥珀色の瞳には一縷の玩味が籠っていた。


 もう一人はメイド服を着込んだ長い金髪の女性。

 メイドと言う身分に似合わず、彼女は少年と肩を並び、立ち留まる。

 腰にかけていた狼のぬいぐるみは彼女の動きに合わせ、揺れ出し、人間とは思えないほど澄んだ翡翠色の瞳は室内を一巡。


 すると。

 「初めまして、ジェントルマン諸君」

 両手でスカートの端を摘み、右足を下げ、女は礼をするように膝を曲げる。彼女の左耳に付けていた青い耳飾りは彼女の思考を読み取ったように点滅を繰り返し、挨拶を。

 「本機、識別名V.V。隣のお方はアイク・ジョセフ様」

 

 軽やかな礼を戻し、V.Vと自称する女は手を下腹部に重ね、問う。

 「皆様方はアベル・クロード様のお仲間たちでしょうか?」


 生物学的な返答は帰ってこなかった。

 代わりに連続的な銃声の代弁が鳴り響く。


 そう大きくないリビングのありとあらゆる角度から、キッチンから、トイレから。

 口径がバラバラの弾丸は横殴りの霰を組み、玄関に立つ二人の客にこの場での最高のおもてなしを持ち出す。


 ただ。

 「だから言っただろう?そんな律儀に言っても何も変わらないって」

 アイク・ジョセフと呼ばれた男性は思った通りの表情を浮かべ、片方の手を短ズボンのポッケットに突っ込み、自分の目の前で全ての弾丸を素手で弾くV.Vに話す。

 「学習で一つ賢くなったな?」


 ビン!

 飛来した最後の弾丸を弾き、慣性に従ってメイド服のスカートはゆらりとカーブを描きながら沈む。

 「おかしいですね。ジョセフ様」

 不可解のように、左手で顎を持ち、右手で胸を抱えながら、V.Vは頭を傾ける。ジョセフ以外、誰も動いていない。目の前で起こった出来事を脳で理解したのか、それとも本能で感じたのか、誰もがこの人の皮を被った化け物の動きを追っていた。

 「本機のデータベースでは、人間たちは最初、交渉という手順を踏んでから互いの身体を破壊するフェーズに移るはずですが?」

 「そりゃー、お前は大前提を間違っているからさ」

 振り返って自分を見るV.Vの視線を無視しながら、ジョセフは愛銃を肩から降ろし、掴む。無機質な金属は獰猛な光沢を放ち、血に飢える。

 「俺たちは鼻から交渉なんざやらねぇよ」

 血の色をした薬莢は再び宙を舞う、煙を放ち、怒号。

 扉に比べても対して頑丈ではない人間の体は一瞬にして蜂の巣と化す。

 奇怪な休憩時間を終え、第二ランドのゴングが鳴らされたリビングは再び地獄の一角と成り果てる。

 「なるほど、了解しました」

 そんな中、V.Vは納得したように頷く。

 「データベースを更新しました」

 

 そこからはただの一方的な蹂躙だった。

 ジョセフがトリガーを引くたびにこの音楽劇の一人が消え、冷徹な銃声に交え、魂のこもった罵声が幅を広げる。

 メインの楽曲に隠れ、人外の動きで射線を弾くメイドは嵐そのものだった。

 力の籠った弾丸も、タックルする巨漢も、その華奢の姿からは想像できないほどの怪力で跳ね飛ばされ、前進する巨人は奇襲も罠も諸共しない。

 銃弾のリズムが死の線を描き、コンクリートの壁を打ち破る拳は重厚な一撃を持って全てに終止符を打つ。

 全ての情熱と断末魔が収束したあと、その場に立てられるのは元凶だった二人のみ。


 「……お、あったあった」

 一部が血の池に沈んだ机の上から、ジョセフは興味ありげにプラスチック包装の袋を指で摘み、持ち上げる。

 光が通ったせいか、白だった粒がかすかな虹色に輝く。

 これがジョセフたちがお掃除ついでに探し求めたものだった。


 「確認してみますか?」

 V.Vは口を広げ、自分の舌を見せる。

 「本機なら分析可能です」


 だがジョセフは手を振る。

 「いや、いいさ」

 そう言いつつ、彼は適当に机の上に散乱した他の袋を集め、別の部屋から見つけた鉄の箱に詰め込む。

 「時間が押してるし、合流してから確認しよう」

 「了解しました」 

 ではっと。V.Vは地面に落ちた扉を持ち上げ、ドア開けのポーズでジョセフに道を開ける。ドアノブが完膚無きまでに破壊されたその扉は彼女の動きに一瞬だけ耐え、ギィ!と言う音と共に中央から割れ、地面に衝突。

 「こちらへどうぞ」

 澄ました顔で足を使い、落ちた扉の一部を何事もなかったように外へ薙ぎ払うV.Vを見て、ジョセフは苦笑いを見せるしか無かった。


 #2

 長年の伐採によって樹木らしきオブジェを失った山道に、一束の光が灯された。

 鋼の躯体に秘められたエンジンは手綱を引く運転手の踏み込みによって低く吠え、法定速度を大幅に超えた黒い車は夜の静寂を切り裂く。

 明かりの無い車内。

 ジョセフは淡々とバックミラーに映る複数のライトを視界の端で捉え、呟く。

 「おう、おう。うじゃうじゃと来やがるな、俺たちってひょっとしたら人気者か?」


 吠える獣のそばに近寄るのは小さな猟犬たちだった。

 二輪で高速に接近するバイクの群れはついさっきまで向かい側の車道から上がってきた集団。

 事前に情報を受けていたのだろう。

 ジョセフとV.Vが載っている車の横を通った後、すぐ引き返して追い始めた。

 追手だ。二人はすぐ理解した。


 「ジョセフ様」

 闇の中、後部座席でショットガンを片手で掴んだV.Vは問いかける。翡翠色の瞳の奥にはレンズの収束に似た動きが脈動し、距離と必殺のレンジを算出。

 「打ち落としますか?」


 「……この状況だと、お前のデータベースはどうする?」


 ジョセフは問いを問いで返す。

 その答えとして、すでに窓を開けて体の半分を外に出したV.Vがこう告げる。

 

 バン!


 硝煙は銃声と共に追手たちの疑いを確信へと変貌。人間では有し得ない精密な動きは的確に相手の脳天を銃弾でかち割る―――盛大に咲き誇った花はV.Vの体に流れている液体と同じ青に染まり、湿った道路に落ちる。


 「ジョセフ様」

 記憶媒体にインストールされたモーションを再生しながら、手慣れた動きでショットガンの中に弾を送り、V.Vはジョセフに報告する。眩しい金色に輝く彼女の髪は開けられた窓から雪崩れ込む夜風と共に舞い、冷徹なハンターは次の獲物を見定める。

 「アンドロイドでございます」


 「お前の同類か、そいつは厄介だな」

 紛らわしそうに、ジョセフはハンドルを右に回す。

 「俺が近いやつを処理する、お前は遠くのやつをやってくれ」

 「了解しました」

 

 命令を受けた機械生命は再び発砲。その合間を縫って手綱を切られた暴戻な馬は操縦者の意のままに暴れ始める。


 隣を追い越そうとする全てのバイクを跳ね飛ばし、例えわざと車速を落としても、二人を乗せた車は急ブレーキを掛けて正面から激突を図る。数度にわたる攻防の末、車の扉に新品の窪みと深い横傷が生まれた代わりに、先遣として突撃してきた数機のバイクが火花を散らしながら横転。

 三台目のバイクを柵に擦り付け、ジョセフは器用にハンドルを反対側に回す。

 割れた窓から飛び散っていたガラスの破片は彼の手を少し抉り、かすかに痛むそれは暴力によって研ぎ澄まされた彼の神経を刺激する。

 「全く……懲りない連中だ」

 彼は低く吠える。さっきまでたるんだ表情が少し引き締められ、琥珀色の瞳の奥には少し殺意が籠り始めた。

 その感情を代弁するかのように、V.Vは最後の弾丸を撃ち放つ。

 橙色の火炎は唸る鋼の通路から吠え出し、円錐状に拡散するようデザインされた鉛の弾丸は死のラインを描き、鋼も人も全て薙ぎ払う。

 最後の一騎が横転し、爆散。

 たった数十秒で敵の追手を全滅し、V.Vは律儀に車の窓を閉じる。

 ふと。

 彼女の視界にはジョセフの手が映った。

 正確にはハンドルの上で薄く滴る血。

 

 「ジョセフ様」

 彼女はポケットから恐竜の刺繍が入ったハンカチを取り出す。

 「手に怪我が」


 「大した怪我じゃないよ」

 「それでも怪我を処理したほうがいいです」

 V.Vは体を前に出し、丁寧に血を拭き取り、最後はハンカチで簡易的な包装を結ぶ。

 「人間の体は本機のように頑丈で出来ているわけではないのです。刃物は肉を抉り、銃弾は骨を貫く」

 そして何よりと。彼女は彼女の思考ロジックで一番大事な言葉を呟く。

 「ウイルスは体そのものを蝕みます、チェックの出来ないところで綻びを生み、最後はシステムの終了を引き起こします」

 「アンドロイドなのに生臭いな」

 笑いながらジョセフは手を振る。外殻が傷ついた黒い獣はアクセルを緩め、無音のまま市街の中に潜り、走る。

 「ハッキングされた事がログで数度確認しましたから」

 身に起こった事実を語り、V.Vは元の座席に戻る。

 互いの傷を舐め合うように、二匹の獣は無言に、ただゆっくりと前へ進んでいった。

 彼らの仲間がいるところへ、彼らの将来を決める最後の場所へ。


 数分後。

 曇りに隠された月の代わりに、道路沿いの電燈が光を放ち、道を結ぶ。

 そう遠くない前方。

 一人の黒髪の少女ともう一人猫耳の帽子をかぶっていた少女が映っていた。


 これは。

 とある物語の前兆であり、最初の人々が集う始まりでもある。


 罪人の言葉を代弁するのは言語ではない。

 硝煙と暴力こそが、獣たちのメロディー。


 踊れ、踊れ。

 この救いようのない世界に誘われて。


 歌え、謡え。

 この煉獄に恋焦がれるがままに。


 ようこそ、イロ・テキサス・キャラウェイ

 ようこそ、この世界へ。


 どうか、どうか。

 君たちに救いが有らんことを。


ELO.EP.3//塗罪琉光 END

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