ELO.EP.2//厄日灼陽
そう言わないでよ、私はただの嗜好品の虜さ
ルシ・曙 道楽
|面倒事
|USCUC-UM UpS-Ⅲ ハッワー・ヘバート大学
|156/5/29 10:04
#1
一杯のコーヒー。
一皿のサンドイッチ。
暖かい昼の太陽は曇りガラスの屈折を通り、反射。
盆栽に偽装した音響は店主趣味の緩やかな音楽を奏で、雀たちの鳴き声がほんの少しだけ、この静かな空間に喧騒をもたらす。
そんな中、ルシ・曙は目の前に置かれたタブレットを指で操作し、眉を顰める。
十一インチに収めた画面に映されていたのは数十枚のPDFで構成された資料だった。
名前に年齢、容姿に経歴と交友関係―――これは明らかに、まだ大学に入って三ヶ月も経たない彼女に扱っていい領域を超えるほどの代物だった。
しかもこの資料に書かれている連中はどれも只者ではない。
いや、もし全て本当であればそれは只者ではなく狂人の集まりだ。
曙はそう考えながらコーヒーに手をかけ、一口啜る。
キャラメラードの豆で引いたそれは甘くてコクがある。
まさに彼女の今の心情だ。
甘味のある話だが、同時に何やら奥深く、危険な匂いがする。
カップをおろし、曙は指をリズムに乗せ、考え込む。
光の下。猫耳デザインのキャスケットを被った少女は悩む。やや灰色の橙系の短髪は彼女の表情の変化に合わせ揺れだし、灰みの掛かった黄緑の瞳はモヤモヤした心情を表すようにタブレットの行間を睨み、文字と文字の間で隠された真意を覗こうとした。
だがその全ては無駄。というよりかは無意味。
なぜなら、その資料を彼女に送った張本人が彼女の迷いを踏み抜くかのように、静かに店の扉を押し開けた。
太陽は雲に隠れ、小鳥たちは飛び立つ。
それは赤い民族服装を纏った男性だった。足腰が悪いのか、二十代から三十代ぐらいの顔に似合わず彼は木製の杖を地面に突いていた。全ての指にはあまり金属の光沢を持たない貴金属の指輪を嵌めており、茶色の短髪の下には丸いサングラスを掛けていた―――それはただの装飾やファッションではないと、彼の両目を横断する悍ましい傷跡がそう語っている。
盲目のはずなのに、彼はまるで見えているかの様にニヤニヤしながら曙が座る席に向かって手を振る。
「やぁ、やぁ」
まるで古い友に向かって語るように、彼はポンチョを着込んだ少女に近寄る。
「初めまして、曙君。俺が語る名はいくつもあるが、道楽か陳かでどっちを呼んでも構わないし、ぜひそう呼んでほしい」
初めから知っていたことだ。まともなやつはいないと。そう思いながら、曙は軽く引き攣った顔で笑顔らしき表情を作り、手を前へ出す。
「は、初めまして……えっと、陳さん」
えぇっと、陳と自称した男は軽く握手を交え、ごく自然な姿勢で曙の対面に着席する。
メニューを運ぶ店員はやってこない、裏でタバコを吸っているのか、それとも陳の異質な雰囲気に怯え、厨房に避難したのか、店の中はやけに静かだ。
ただ二人の客の声が、音楽に混じって混在。互いの思想を交わす。
「ところでどうかね?」
「正直な話、狂っているとしか言いようがないですね」
迷いのない、感情と理性が両手をあげて賛同する返事を返しながら、曙は続く。
「これを書いた人の顔を拝んでやりたいです―――おっと、失礼。もうすでに拝んでいましたか」
言葉でしか不満を露わにできない小リスは十九年間この世で生きた経験を生かし、自分でできる精一杯の毒を吐く。
が、目の前に立ちはだかるは防弾ガラスよりも分厚い面の持ち主。
「そいつはいいね、若いうちに願いの一つが叶ったわけだ」
ニヤニヤと笑う陳は嬉しそうだった。
「これなら俺の願いも一つ叶えられそうだな?」
意味深に、彼は曙の手にあるタブレットを指差す。
「どうだ?そいつを引き受ける気は?」
「ないですね!」
反射的に吐き出した言葉に、空気が緩む。
陳は相変わらず笑顔を見せ、それが深くなればなるほど、頑固拒否の姿勢を見せた曙の防御がじわじわと剥がされ、最後は恥ずかしそうに目線を左上に移す。
数秒後。
「いや、まぁ。条件付きというか、もっと具体的なことを提示して頂くと、もうちょっとはっきりわかるかな……的な?」
「なんだなんだ?不満か?」
「いやちょっと、そういうのでは無くって」
悪いことをしたような表情で肩を縮ませながら、曙は続ける。
「ただ、なんと言いますか、内容が理解し難いというか―――私がチームリーダーとして、チームを組むんですよね?」
「その通りだが?」
「そのチームメンバーの資料がこのタブレットの中に書かれた人たちですよね?」
おお、そうだぞ。で?というニュアンスを受け取るぐらい頭を横に傾ける陳を見て、曙は頭が痛くなってきた。
「つまり、こいつらが実質的にあたしと組む輩ってことじゃないですか!?」
「そうだぞ?最高にイカした奴らだろう!」
俺が選んだ最高の奴らだぜっと自慢げに顎を上げる陳に対し、曙は暴走寸前。
「実績もイカしてますよ、物理的にね!」
バン!っと、曙は両手で机を叩く。砂糖三ミルク一の比率で混ぜたコーヒーは茶色の液体を溢し、荒ぶる。
素早くタブレットを操作し、発狂と理性の綱引きの中で辛うじて拮抗を保っていた彼女は資料の冒頭に指を指す。
「これ!最初からおかしいんですよ!」
「アイク・ジョセフ?」
見えないはずなのに、陳はまるで見えてるかのように文字の一節を読み上げた。
「イケメンの錬金術師か、少し酒癖が悪いけど、なかなか賢いやつだよ」
「そこじゃないですよ!」
曙はほぼ飛び上がるように立ち、タブレットを陳の顔面に捩じ込む。後者は抗う形跡もなくただ表情をニヤけていた。
「犯罪者ですよ、この人!爆薬や武装勢力であっちこっち事件を起こしてる犯罪者の親玉ですよ!」
それを聞いて、なんだそんなことかと返す陳。
「それは違うぞ、曙君」
違う?何が?まさか何か裏の事情でもあるのかと一瞬自分を疑った曙だったが、陳の次の言葉で理性が感情との綱引きに負けた。
「こいつはただの犯罪者じゃない、このUSCUCという国家と都市の連合で国家転覆を図り、浮遊都市を地面に落とそうとしたすごいやつだ」
なるほど、それは確かにただの犯罪者じゃない。
テロだよ、この人。
目の前にいるやつ、テロを自分のチームに引っ込もうとしてるよ!
「他にもすごいやつはいるぞ?」
嬉しそうに、陳は自分で選んだレジェンドたちの紹介を行おうとした。
他?
他あってたまるか!
テロの次になに?殺人鬼か?仮面と斧でドア叩き割るタイプのやつか?
「例えば次のやつ」
陳は指を空に向かって回す。完全に自慢モードに入った彼は誰にも止められない。ブレーキが最初からない暴走列車は乗客の主観なんて見向きもせずただひたすら地獄へのレールに乗って全速前進。
「アンドロイドだ。名前はV.V」
……一見まともだな?
ちょっとした沈黙を挟み曙は陳の顔面にめり込んだタブレットを回収して、そのページまで指を滑らせる。
「……」
まともであるはずがなかった。
確かにアンドロイドだ。名前も合ってるし、殺人鬼でもはない。
ではないが。
なんだろう?
大して変わらない気がする。
その理由として―――
「邪教!」
驚きというか吐き出しに近い単語を叫びながら、曙は画面を両手で拡大ズーム。
「屋敷で数十人を殺害し、全身市販品ではなく軍用パーツばかりで固めたメイド型アンドロイド」
なるほど。
「殺人鬼ではなく、殺人マシーンでしたか」
凝視に近い視線で陳の顔を穿とうと試みる曙。
アンドロイドのパーツに関して、市販と軍用の区別は実に単純明快。
人間に対して攻撃的な手段をロックしたのが市販。その逆が軍用。
つまり。
「つまり陳さんはこのテロと殺人マシーンを同一のチームに入れようとしました?」
「人聞きが悪いな」
陳は肩を竦める。
「頭脳と戦闘力として申し分のない人選だろう?」
「失礼、つまりあなたはこの一匹と一台をあたしのチームに突っ込もうとしました?」
すごい気迫を持って陳に迫る曙。ポンチョの下に隠れていた幼い体が感情の起伏によって震え出す。
だがしかし、陳のコンボはまだ終わっていない。
「そう高ぶるな、まだ一人残っているぞ。そいつが今回の目玉だ」
何を言えばいいのかわからない。だがとりあえず黙ろうと、曙は拳を握りしめる。
「最後の一人はすごいぞ?」
低く、何か秘密を語るように陳は少し俯いて曙に体を寄せる。
「最後の一人はな―――」
テロリストに殺人マシーン。
次はなんだ?エスパーか?それとも宇宙人?
いや、もしかしたら語れない存在なのかもしれない。
ゴクリっと。曙は唇を噛む。
「
……
……
?
誰?
あまりの理解できなさに思考がダウンする曙。表情筋が固まってこの握りしめた拳を出すか出さないかの状態に落ちて不自然に固まる。
「お前、まさかと思うが知らないのか?」
攻守交代。今回は逆に陳が驚く番になった。
おい、おい、おいと。陳は話を続く。
「元二十の一人だぞ?このUSCUCの犯罪者たちの頂点に君臨する元十九位狼藉(ヴァイン)だぞ?俺たちCEAが追う目標の一人だぞ?」
「……そんなにすごい人?」
「普通世に出れば俺たちCEAが専門の部隊を派遣しないといけないやつらだ。しかも鎮圧不可が大半、今にも野放しになっている連中がうじゃうじゃいる」
「へぇー」
よくわからないが、すごい人らしい。国家転覆テロリストや屋敷殺人ミステリーの邪教徒アンドロイドよりも。
ふと、曙は違和感を掴む。
「ん?そんなすごい人がこの資料に載っているってことは、もう捕まえたってこと?」
「今は海底監獄にな」
だがっと。陳はここに入って初めてその顔に笑顔が消えた。
「こいつは俺たちが捕まえたわけじゃない」
「え?じゃだれ?」
わからん。そう伝え、陳は姿勢を正す。
「数ヶ月前、第六席で起こった事件を知ってるか?」
「すごい人が失踪した件?」
曙の記憶にはある。UMCUCの第六席のモルデンシティに突然霧が生じ、怪物や銃声などが鳴り響き、最後は謎の眩しい光が霧を突き破って収束。結果として万単位の人々が行方不明。そして何より有名なのが―――
「街区ごと虚空に消えたって……まさかこの人が!?」
急に犯罪者の実感が湧いてきた。邪教アンドロイドは人じゃないからさておき、国家転覆テロリストも未遂留まり。でも最後のこいつは違う。
もうやっちゃってる。しかも派手に。
「確証はないがな」
陳も困ったように両手を杖の上に乗せる。
「だが確実なのは、当時二十のランキングに固有の称号を持った連中が複数、しかもそれぞれ徒党を組みあの霧の中でド派手に戦争をかました。そしてこいつが、その戦争に負けて二十から除名された敗北者だ」
そいつはすごいなと。感嘆を漏らそうとした曙。
まてよ?え?つまりどういうこと?
テロリスト一匹に殺人マシーン一台に、街の一角をどっかに消した実績ありの危険人物がチームを結成するってこと?
それで私がそのリーダー?
じゃじゃ馬どころじゃないぞ?
高速でタイヤが炎上した車のハンドルを握れと同義だぞ?しかも助手席にガソリンパンパンのタンクを詰め込みながら。
再び目線で陳の顔面を貫こうとした曙。だがニヤニヤの笑顔に戻った陳はぴくとも動じない。
「と言う訳で、よろしくな!曙隊長!」
「……引き受けるとは一言も言ってませんけど?」
「引き受けざるを得ないだろう?君は?」
うっと。曙は喉から出ようとした言葉を殺す。
まさにその通り。
ルシ・曙には最初から拒否権などなかった。
「第五席の市民たちを守るCEAの合格ライン未到達の君が今年俺たちの仲間に入るためにはこの手段しかない、だから俺は君を選んだし、君は俺を拒否できなかった、違うか?」
「……まさにその通りです」
「なら、もう一度聞こうか?曙君?」
陳は手を伸ばし、皿からサンドイッチを一枚取り、まるで我が物のように齧る。
美食を貪り、闇鍋で苦しむ生贄を見下ろしながら。
「君は、このチームの隊長をひきうけてくれるよね?」
帰ってきた返事は早かった。
半泣きで、どこか屈辱に満ちた呻き声で、可憐な少女は服従の返答を返す。
「―――はい」
ELO.EP.2//厄日灼陽 END
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