第五章 エピローグ

 二十五年が過ぎた。

 青藤市の一角にある境地区は、静かな住宅地として知られている。

 通りは広く、街路樹が均等に植えられ、夜には淡い光が舗道を照らす。

 人々は平穏に暮らしていた。

 この町に“昔、別の名前があった”と知る者は、もういない。


 夏の終わり、蝉の声が遠くで鳴いていた。

 高校生の少女が、神社の前で足を止める。

 新しく建てられた境神社の鳥居は、白くまぶしい。

 境内の奥に、小さな黒いカメラが設置されていることに気づき、少女は首をかしげた。


 「……こんなの、前からあったっけ?」

 カメラのレンズが、かすかに動く。

 まるで、彼女の問いに応えるように。


 ふと腕時計を見ると、長針は「2」、短針は「5」で止まっていた。


 風が吹いた。

 木々が揺れ、鳥居の影が長く伸びる。

 どこからか、懐かしい鈴の音が響いた。

 少女は顔を上げる。

 カメラのレンズの奥で、誰かが微笑んだ気がした。


 「……こんばんは」

 少女は小さく呟いた。

 返事はなかった。

 けれど、風が優しく髪を撫でた。


 夕空の下で、町の灯が一斉に明滅した。

 どの家も、どの通りも、同じリズムで瞬く。

 まるで心臓の鼓動のように。


 その光の中に、誰かの声が重なる。

 〈見ているよ〉

 〈今度は、あなたの番〉


 少女のスマホが震えた。

 画面には、受信したばかりのメッセージ。

 〈境祭 第二十六回 ―更新の年―〉


 彼女は息を呑み、ゆっくりと顔を上げた。

 昼と夜の狭間の空には、再び白い月が二つ並んでいた。


          【了】

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25歳までに 朔名美優 @sanayumi_k

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