今日を彩っていった

糸花てと

第1話

「友達、待ってるんでしょ? 行って大丈夫だよ」

「え、あ……それじゃあ、お疲れさまです」

「うん、お疲れ様」


 アルバイトの女子に、そう声をかけた。少し驚かれた。


古端こばたくんも終わりじゃない。それくらいだったら、やっておくわ。お疲れ様」

「……そうっすね。お疲れ様です」


 ちょっと良いことをした所を見られた気がした。

 アルバイトの女子と、コンビニを出るタイミングが重なる。

 男女数人のグループ、これから遊ぶんだろうか。

 制服、いいな。っていうのもあるけど、誰かと連絡を取れているのが、羨ましい。

 高校生のグループを前に、一定のペースで歩いた。

 ときどき、高校生が振り返り笑ってることに嫌な想像がふくらんでいく。

 行きたい道が同じだった、それだけなのに。

 橋が見えてきて、駆け足で行く。

 夕焼けが川に溶けてるような、波打つ水面に目が止まる。

 なんとなく、橋から川を見下ろした。

 ふと頭に言葉が浮かぶ。

 スマホで検索すると、一人で悩まないでと、赤い文字で表示が出た。

 警告みたいな。

 そういう精神状態にあるのか、ただの好奇心なんだけど。

 スマホ画面にうっすらと何かが映った? スーツを着てる女性……思わず身体がのけぞる。


「いいなぁ〜、それ」


 一瞬訳がわからず止まる。俺の手を見ていたなと頭の中を整理する。


「スマホのこと、ですか?」

「そう、それ」

「……持ってない?」

「それ最新でしょ? いいなって」

「そんな新しくないですけど……機械、詳しいんですか?」

「カメラが凄いと良いもの持ってるのかなって思うだけ」

「あー、そうなんですね」


 今日もいつもの帰り道だと思った。同じ時間を過ごすと思った。

 変なことを検索するくらいだから、暗い見た目をしてるはずと客観視する。

 気をつかわれたと感じることが無い。うるさいと感じる言葉が無い。

 夕焼け、沈みきった。なんか、あっという間に思えた。この感覚、久しぶりだ。

 その場の流れで並んで歩く。

 橋を渡りきったところで、「こっちだから」と声がかかる。

 後ろ姿に手を振った。



 橋を曲がり真ん中辺り、昨日の女性がいた。

 俺を見て手を振ってくれたのが、なんか嬉しい。

 でも何で? いつもスマホで何してるのって聞かれたから、動画を見てるって答えた。SNS?って聞かれなくてホッとした。

 駄菓子のラーメンが映る。


「そういや食べたことあったかな」

「駄菓子のラーメン、懐かしいなぁ」


 俺の顔を少しのぞく素振りに、声に出ていたのかとハッとする。


「買いに行きます?」


 よく行くスーパーで、あまり通ることのないお菓子売り場。「これ、よく買うの」と女性は楽しそうだ。


「あ、これだね」


 駄菓子のラーメンを二つ持って、セルフレジへ行った。

 互いに硬貨を取り出した。

 ひとつの画面、かわりばんこに押していく。


「お湯、どうしよっか。あたしの家来る?」


 気軽に言えるのは一人暮らしで、俺は安心できる相手? そう思ってくれているなら嬉しいことだけど。

 だめだろ。

 だからって俺の家も違う。実家暮らし……あれこれ考えていたら、家の前。

 水筒にお湯を入れてくる、と説明して玄関まで通した。

 食器棚の引き出しから、プラスチックのフォークを出す。


「お待たせしました。あ、フォーク持ってもらっていいですか?」

「へぇ、かわいい。ここ来るまでに見たんだけど、シーソーがあったのね? 公園かな?」

「じゃあ、そこ行きますか?」


 近くの公園で二人、シーソーに座ることにした。

 女性がゆらゆらと動かしてくるから、少しの間動きに従い遊んだ。

 ぺりぺりってふたを剥がす。


「冷めちゃう前に、お湯どうぞ」

「入れますね」


 二つ入れ終わり、時間が来るまで待つ。

 年々短く感じる秋。風が吹いてそう思った。

 ふわっと匂いがしてきて、鼻が動く。


「そろそろかな。はい、フォーク」


 フォークを受け取る。

 指先が軽く触れる。

 それを気にしてしまうのは俺だけかな。

 少しずつ食べ始め、目が合うと笑った。



 コンビニのバイト。店内に飾りが増えてくると、そういう季節かと静かに納得する。

 バイトの女子から、「クリスマス、予定あるんですかぁ〜?」とネタのような聞き方をされた。

 誤魔化すのも苦しく見えるだろ、ありのままを答えた。

 女性の顔が浮かんでいたのは内緒だ。

 帰り道に会うわけだし。

 あげてしまってもいいし。

 二人で話をしながらチョコレートを分け合ってもいい。

 橋の上。ちらちらと降る雪、手の温度でとけてしまう雪を、ただ眺めていた。



 桜。

 結局あの日は会えなかった。

 会う時はいつもスーツを着ていた女性。バイトの俺と違って、環境が大きく変わったんだろうと納得した。

 その日を境に橋を渡らなくなった。

 店舗が増えて、そっちへ行くことになったからだ。

 橋を見るけど、渡る必要が無い。

 雰囲気が良くなれば告白も、と考えていた自分に少しわらった。


 電車通勤となって、人の流れに乗らないといけないのが、少しツラい。

 男が一人、ふらふらと黄色い線を越えた。

 今にもホームから落ちそうな位置。常識で考えるならおかしい行動、動く気配が無い。

 電車がくるまでもう、時間の問題。


「電車がくる……怪我するよ」


 相手の驚いた目を見て、反射で腕を掴みに動いたんだと、冷静になる。

 つーか怪我で済む話か。

 もしも自殺だとして、どうして助けたのか、拒絶や怒り。感情の振り幅があってもいいような……?

 扉の近くにいたせいか、乗り降りの人達と服が擦れた。

 駅に二人だけとなってしまった。静かにわらい出した相手は、「すみません」と口にする。

 腕を離した。


「もういいか。講義、サボろう。たまに考えて、今みたいにギリギリに立つんすけど、だいたいの人が、こいつヤバいって離れるんですよ。よく動けましたよね」

「身体が勝手にっていうのもあるけど、自殺だと考えた」

「なるほど」


 ホッとしてきたら、今思うとあの女性に助けられたのかもしれない、と男に話していた。


「今思うと? 会えてないんすか?」

「たぶん、環境が変わったから。いつも立ち話で通ってた道に来ることは無くなった。俺も仕事の都合で……」


 ここまで言って、バイトの事を思い出す。スマホで時間を確かめた。

 間に合う時間ではあったけど、想像もしていないことが起きて、目の前にいる男の心境が引っかかった。

 バイト先に連絡を入れて、休みという名の、サボりにした。


「これで同じだ」

「すみません、俺のせいですよね」

「気にしなくていいって。自分がそう連絡した、それだけの事だから。ただ近くに居て、同じ時間を過ごして、とにかく普通だったんですよねー、その女性ひと


「いいっすね、そういうの」とポツリこぼれた。本音かもしれない声。


「じゃあ今日から友達っていう、アニメみたいな流れは無理なんすけど」

「それは俺も嫌だ。言うわけない」


 同じ駅を利用してるからか、度々、大学生と会った。

 都合が合うなら、大学で流行ってるという飲み物だったり、お店へ行った。

 お互いを知る日々が増えていった。ちらちらと降る雪は、時間をかけて積もっていった。

 大学生という事は、環境の変化があるのかもしれない。なにかと話題を振ってくれるのに、口数が少ない。


「楽しかったっすね、何だかんだ」

涼牙りょうがが考える友達になれてますか?」

「それ以外の言葉、カテゴリーが無いっすね」


 俺を正面に見据え、「あの時、助けられたのかもしれないです。ありがとうございました」頭を下げられた。


「何も考えずに動いてて良かったわ」

「気が向いたら連絡してもいいっすか?」

「それは、俺の方からもいいかな?」

「お願いします」


 手の温度でとける雪。嬉しさに身体は暖かかった。


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