未来は、そこに

いわし

未来は、そこに

「人は、それぞれの人生の主である」

 当たり前すぎて、誰もが忘れてしまうようなこと。

 だが、その「当たり前」が壊れてしまったら?

 そんなことは、あってはならない。絶対に。

 

***


 僕の名前は白石瞬。大学二年の二十歳。

 大学とバイトで消えていく日々は極々平凡で、刺激が足りない。しかし、そんな俺にも目標はある。そう、可愛い彼女を自部屋に連れ込んで、イチャイチャするのだ。なんたって俺は今年の春、一人暮らしを始めた。それから4ヶ月程経つが、未だ良い出会いはない。



 ある日の夜9時、風呂に入ってぽかぽかとした体でレポートに取り組む俺は、玄関からの


「カタン」


 という軽い音を耳にした。郵便物が届いたのだ。だが、何かこの時間に届くような物…検討がつかない。


 俺は不思議に思いながらも、ドアポストの受け取り口を開き、茶封筒を一通取り出した。封筒には何も書かれていない。誰からだろうか。


 とりあえず開けてみよう。俺はハサミを手に取り、封筒の端を切る。中に入っていたのは──


 手紙だった。それも未来の俺からの。


 普通なら不気味がって即ゴミ箱ポイだが、刺激に飢えていた俺にとっては、特上ステーキ案件だ。

 俺は机上のノートたちを床にぶちまけ、手紙を読み始める。


『拝啓、過去の俺。

 月の綺麗な夜、いかがお過ごしだろうか。とはいったものの、君が今どういう状況かは知っているがね。なんせ俺は、未来の君なんだよ。不気味に思うかい?まぁ、君がこの手紙を開いたことも知っているんだけど。』


「未来の俺、おもんねぇ〜」

 ウザい。「未来の俺ジョーク」とでも言おうか。面白くないので、やめてほしい。


『とりあえず、今日の俺の行動でも書いておこうか。まず、起きた後は朝ごはんを食べて、トイレに行って、服を着替え、家を出た。帰ってきた後は、お風呂に入り、ま、色々やっていた。

 こんな感じかな?ちなみにこの手紙は明日も届くよ。ちなみにどれくらい未来かっていうと、う〜ん…一年くらい?今日はこれで終わりかな、じゃあね。

 未来の君より。』


 手紙の内容はこのとおり、

「なにか未来を変えるために俺に命令する」

 といったよく見るものではなかった。不気味ではあるが、別に害はない。友達と話す時の話題にできるし、今のところは何もしなくていいかな。

 俺は手紙を棚にしまって、レポートを進め、寝床に入った。


***


 翌日


 今日は大学が一限からなので、そこそこ早起きして大学へ向かう。

 大学では昨日のことを友達に話してみたが、半信半疑で、少し不気味がっていた。

 一番面白かったのは、めちゃめちゃモテるイケメン君が、ストーカー被害にあって困っているということだ。実に贅沢な悩みで、もはや怒りすら湧いてくる。

 大学終わったらそのままバイト。いつにも増して忙しい日だった。

 家に帰ったのは、夜8時ごろ。

 夕飯を食べ、風呂に入ると、時刻は9時を過ぎている。

 茶封筒は昨日と同じく、ドアポストに届いていた。

 俺は手紙を開き、読み始めた。


『拝啓、過去の俺。

 挨拶は省略するとしよう。今回も前の手紙と同じように、今日あったことでも書いておく。

 今日は朝から大学で、朝ごはんは食べなかった。大学では普段通り講義を受けて、友達と話した。イケメンが悩んでいて面白かった。大学が終わった後、バイトをこなし、家に帰る。その後は、晩御飯を食べ、お風呂に入った。

 こんな感じ。

 ちなみに、夜9時から翌日の夜9時までの24時間の出来事を書いていこうと思う。今日はこれで終わりにする。おやすみ。

 未来の君より。』


 内容は昨日とさほど変わらない感じだ。

 ただ、昨日と比べて少し具体的になっている。そしてなんだか今とさほど変わらない生活をしている…。というか、ほぼ同じだろう。


 一年経ってもこれとは、少し自分の未来に辟易する。

 思わずため息を漏らしながら、昨日と同じ棚に手紙をしまう。

 手紙は、俺が思ったよりも面白みがない。


 一人暮らし開始にかこつけて買ったはいいものの、少し読んだだけで本棚にしまっていた自己啓発本を読み進め、寝床についた。


***


 翌日


 今日も今日とて、大学である。

 昼からなので、遅くまで寝られるのだが、起きた瞬間、血の気が引いた。

「ない…スマホがない!!」

 枕元に置いていたスマホがなくなっていた。

 大学生にとって、というか今の時代スマホを失くすというのは致命的なのだが、どれだけ探しても俺は見つけられなかった。

 大学では変わり映えなく講義を受けて友達と話しての生活。バイトも今日は休みなので、6時頃に帰宅。

 なんとなく気になり、手紙をしまっている棚を開ける。本当に未来の俺が書いたものなのか?ありえないとは思っていても、今は信じるしかないのだろう。一通目の手紙を手に取った瞬間、ふと気づいた。

 端の方に、見覚えのない“シミ”があった。

 指跡のような、黒ずんだ染み。


 ─いつから、ついていた…?


 気味が悪くなり、そっと棚に戻した。なんだか急にものすごい不安に駆られる。スマホもない今、考えすぎてしまうのだろうか。早く見つけ出したい。

 9時。外はしとしとと雨が降っている。


「カタン」


 例のごとく手紙が投函され、雨音で消えそうなほどの軽い音が、空気を揺らす。

 恐ろしいほど正確に、9時になった瞬間に投函される。暇なんだろうか?

 封筒を手に取った時、俺は違和感を感じた。

 全く濡れていない。

 大雨の中、手も手紙も濡らさずに運んできたのだろうか?考えても仕方がないか。

 俺は手紙を読む。


『拝啓、過去の俺。

 んー、特に書くこともないので、今日も早速今日の俺をお届けしよう。』


 未来の俺というのだから、これから俺がぶち当たる壁とか教えてくれてもいいのではないか、とも思う。今失くしてるスマホの場所とか。


『夜、買っていた自己啓発本を読み、10時37分、眠りについた。


 深夜1時13分、笑う。


 深夜2時49分、寝言。』


「…は?」

 そこには、俺自身が認識できるはずのない事象が記録されていた。

 絶対におかしい。先を読むのが怖くなる。本当にこれでよかったのか?本当に未来の俺なのか。思考は意味もなく高速で巡る。

 ──が、俺の好奇心は、ここで止まることを許さなかった。


『深夜3時22分、再び笑う。深夜4時55分、スマホに手が当たりソファの下に』



 俺は震える手でソファの下に手を差し込む。

 ─あった。スマホは記述どおり、そこにあった。


 俺はスマホを掴み取り、取り憑かれたように手紙を読み進める。


『7時30分、目覚めるが二度寝。8時12分、再び二度寝。9時23分、起床。10時12分、朝食。12時34分、昼食。13時19分、大学へ向かう。…』


 俺は確信する。今日の出来事である、と。

 ここから先は、同じように今日の出来事が事細かに羅列していた。


『…というかんじの日だったよ。そろそろかな?

 未来の君より。』


 これは、未来の俺?それとも…?頭が混乱してきた。と同時に、俺の視界は幕を下ろした。


***


 翌日


 目が覚めた。

 スマホで電話をかける。大学は休もう。

 今日は、「未来の俺」の正体を暴こうと思う。

 このままじゃだめな気がする。


 手紙の主を確かめるため、使えるものは全て使おう。一通目の手紙、シミのある部分を切り取ったものを持ち、探偵事務所を訪れる。


「黒川探偵事務所」

 表向きにはただの探偵事務所だが、どうやら"裏"の人間らしい。

 中にいたのは、黒いスーツ姿の男。思いの外若そうだ。

「こんにちは。依頼に参りました、白石です。」


「探偵をやっている、黒川という。」

 彼は礼儀正しくお辞儀をする。


「早速ですが、この紙についてる指紋、鑑定してくれませんか。」

 すこし慎重に、俺は言う。


「裏の仕事の依頼か。それはいいけど、照合までというなら…20だ。出せるか?」


 20万か。それでこの不気味な現象の正体がわかるってんなら、

「そんなの喜んで払いますよ。」


「まぁただ確実にこいつの物だというところまでの鑑定は、正直厳しい。それでもいいのか?」


「いいから、はやくしてください。」

 もはや俺は探偵が何を言ってるかすら理解せず返事をした。


「…わかった。2日程で結果は出るだろう。では、必要な手続きを済ませよう。」

 何かを察したように、彼は言った。


 2日か、仕方ない。

「わかりました。俺の住所は───」


***


「カタン」

 時刻は9時。手紙が投函された。

 重い腰を上げ、玄関に向かう。


「カタン」


 その時、玄関から再び鳴った何かが投函された音。1回目は手紙だろう。では2回目は…?


 封筒を1つ…2つ、手に取った。2回目の音の正体も封筒らしい。


 いつもの茶色い封筒と、白い封筒。

 白い封筒には、『白石瞬様』と名前が書いてあった。

 まずは白い封筒を開ける。

 出てきたのは、また手紙だった。だが差出人が違うようだ。俺は手紙を読む。


『こんばんは白石さん。僕は黒川という。今日、君から依頼を受けた探偵だ。2日かかるとはいったが、鑑定は終了にした。

 以下、その理由だ。

 まずこの件はダメだ。君がどういう理由でこの指紋を鑑定したかったのかは知らないが、関わらない方がいい。指紋からはこいつが最初に触った時間、体温や性別、そして心拍数まで、全部でるんだ。

 機械の液晶に映し出されたのは、

 呼吸:ナシ 体温:ナシ 脈拍:ナシ

 という文字列。つまるところ、


 こいつは人間ではない。


 とりあえず、人には関わってはいけないこともあるということだ。金なら任意の日程に返金しよう。だから、今すぐにこの件から離れることをおすすめする。このままでは、もっていかれる。


 黒川探偵事務所 黒川凛』


 人間じゃない…?じゃああいつは…。

 精神がおかしくなってしまいそうだ。


 ─俺は、意を決してあいつからの手紙を開く。

『拝啓、過去の俺。

 そろそろ、気づくだろうか。

 とりあえず今日の出来事だ。

 8時21分、目が覚める。

 8時45分、朝食。11時43分、自転車で探偵事務所へ向かう。

 12時17分、一通目の手紙、シミのある部分を切り取ったものを持ち、探偵事務所を訪れる。

 12時54分、探偵事務所を後にする。…』


 いつもの調子で、今日の出来事が書かれていた。読んでいると、なんだか頭がふわふわとする。


『…今日はこんな感じだったよ。』



『今の君より。』



 ──9時27分、これまでの手紙を全て処分した。


***


 瞬はその日、

「手紙の一件は解決した」

 と、唐突に俺に言った。

 彼の言葉からは、以前のような楽観的な側面は見受けられず、少しの不気味さを感じられた。


 その後、俺は彼が日記をつけているのを目撃し、茶化してやろうと近づいた。が、その日記の内容を見た俺の開いた口から、声が出ることはなかった。日記からは、自分を制御するという「意思」のようなものを感じた。

 自己啓発本にでも影響されたのだろうと、俺は無理やり解釈した。


 その後、「黒川」という探偵から取材を受けた。どうやら、瞬について調べているという。手紙の件だろうか?



***



 九月某日、警察は廃墟となった建物の調査を行っていた。

 以下、人の気配の消えた「探偵事務所」から見つかった文書の一部である。


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 事件調査書 No.79


 調査担当:黒川凛

 調査対象:白石瞬

 調査目的:不可解な鑑定結果および対象者の行動

      確認


・指紋鑑定の結果から、対象が関与していた(関与している) ものは人間ではないことが判明。

・彼に手紙を届けた約40分後、僕の携帯端末に白石瞬からの着信が届く。


「黒川さん、今回はありがとうございました。おかげさまで、解決しました。」


…聞こえてきたのは、抑揚のない彼の声。僕は一言も言葉を発さず通話を切った。

彼と直接関わるのは、本能的に避けるべきだと感じる。


【関係者証言】(対象者の友人より)


・白石瞬は、「未来の自分からの手紙」に興味を持っているようだった。


・白石瞬は、その件を「解決した」と話した。


・その日目にした白石瞬の日記には、分単位で彼の日常生活が記されていた。


                黒川探偵事務所

------------------------------------------------------------


(※この文書は、無人化した事務所内から発見された。

発見時、この文書の端には、黒ずんだ"シミ"がついていた。


現在、黒川凛の所在は確認されていない。)

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