『塔へ』

灰風が、まだ世界を削っていた。


塔〈ARC-01〉の影は近い。

輪郭ははっきりしているのに、距離感だけが狂っている。


ここから先は、目で測れない。

呼吸でしか測れない。


ティラノは吠えない。


吠えないまま、空気を圧で踏み潰してくる。

巨体が動くたび、灰が跳ね、地面が沈む。


――その横腹に、影がぶつかった。


ドンッ、と鈍い衝撃。


金属の塊同士がぶつかる音のはずなのに、

そこに“生き物の体温”が混じった。


メソニクス。


灰の中から現れた群れの王が、

頭から体当たりを叩き込んでいた。


骨格が違う。

兵器じゃない骨。

生きるためだけに進化した“重さ”。


ティラノの巨体が、初めてよろめく。


だが倒れない。


足が地面を掴み、

尾がバランスを取り、

眼孔の蒼が一点に収束する。


(……撃つ)


粒子が喉奥で鳴った。

蒼白い光が、喉の奥で膨らむ。


「……っ」


俺は膝が折れそうになるのを堪えた。


体温が足りない。

詩で削ったぶんが、遅れて首筋に来る。

世界の寒さが、骨の内側から染みてくる。


ミカが、後方で息を整えている。

リラが肩を支え、カインが前方を睨んでいる。


ここで俺が倒れたら、誰かが前に出る。

それだけはさせない。


だが――


メソニクスの王が、もう一度踏み込んだ。


一歩。

二歩。


地面が軋み、灰が舞い、巨体が跳ねる。


“生き物”が、兵器の喉元へ噛みつく。


ティラノの首が跳ね上がり、

粒子球が一瞬、揺らいだ。


狙いが外れる。

溜めが乱れる。


「……今だ」


カインの声が、低く刺さる。


だが俺は動けない。

脚が重い。

息が浅い。


(……間に合わない)


そのとき――


遠くで、灰が割れた。


何かが近づく足音。

人間の足音じゃない。

メソニクスでもない。


“物量”の足音だ。


ドン。

ドン。

ドン。


地面が、別のリズムで揺れ始めた。


「……来たか」


俺がそう呟いた瞬間。


「――お待たせぇぇぇ!!」


叫び声が、灰を貫いた。


ヴィクターだった。


灰の向こうから、男が走ってくる。

そして――“持っている”。


武器と言うには、あまりにも無機質。

戦場にあるはずのないサイズ。

設計が、人間の手を拒んでいる。


――電柱。


鉄骨の芯が残る、折れた街の柱。

それを一本、肩に背負って走ってくる。


「兄貴ィ!!」


「おい! 今まで何して――」


言い切る前に、目が電柱へ吸われた。


「……それを、どうする気だ」


ヴィクターが歯を見せて笑う。

笑ってないと、折れる顔だ。


「こうするんだよ!!」

「俺が――ヴィクター・ランスだぁ!!」


(……名前、長いって言ってなかったか)


ツッコミが喉まで来たが、飲み込んだ。

今は、笑うな。

今は、見ろ。


メソニクスが作った“ほんの一瞬の隙”が、

まだ生きている。


ティラノの粒子球が、喉奥で揺れている。


完全には撃てない。

だが、次の瞬間には整う。


ヴィクターが電柱を持ち替えた。


片手じゃない。

両肩で“担ぐ”ように構える。


その姿が、滑稽なくらい不格好で――

だからこそ、絶望的に頼もしかった。


「うぉらぁぁぁぁ!!」


突進。

灰が爆ぜる。

筋肉が地面を削る。


ティラノが尾を振る。


間に合う。

間に合わない。

間に合――


メソニクスの王が、横からもう一度ぶつかった。


ドンッ!!


尾が逸れた。


「――今だぁぁ!!」


ヴィクターが電柱を振り抜く。

いや、振り抜かない。

突き刺す。


上から下へ。


“落とす”んじゃない。

“刺す”。


壊滅的な重量が、

ティラノの脳天に叩き込まれた。


バキィィィ――!!


金属の悲鳴。

空気が裂け、灰が爆発する。


衝撃波が塔の影にぶつかり、

遠くで砂埃が踊った。


ティラノの頭部装甲が、割れる。


蒼い眼孔が乱れ、

喉奥の粒子球が暴発寸前で崩れる。


「砕け散れぇぇぇ!!」


ヴィクターが吠え、さらに押し込んだ。


ドゥン――!!


二度目の衝撃。

今度は、確かな“手応え”があった。


ティラノが、膝を折る。

巨体が沈む。

地面が悲鳴を上げる。


「……筋肉の勝利」


ヴィクターが、息を吐いた。


「いや、まだだ」

俺は低く言った。

「だが――上出来だ」


割れた頭部装甲の奥。

むき出しになった内部。


そこに、蒼い“心臓”みたいなものが見えた。


コア。


(……あれが、核だ)


俺は足を引きずるように踏み込んだ。

視界がちらつく。

体温が足りない。


でも、ここで止めないと――

また起き上がる。


ダガーを逆手に持つ。

義手じゃない右手。


震える手で、確実に狙う。


「……終わらせる」


突き刺した。


ズン、と抵抗。

次に、ふっと軽くなる。


蒼い光が、脈動を止めた。


眼孔の光が消える。

喉奥の粒子の音が、途切れる。


ティラノは、完全に沈黙した。


静かすぎて、怖い沈黙。

だがこれは――停止だ。


「……終わったな」


カインが言った。


リラが息を吐き、

ミカが膝をつきかけた。


それを支えながら、リラがミカを見た。


「大丈夫?」


「……うん。ちょっと、足が抜けそう」


ミカはティラノじゃなく、

メソニクスを見ていた。


メソニクスの群れの王が、こちらを見ている。


攻撃じゃない。

警戒でもない。

“確認”だ。


ミカが一歩前に出ようとする。


「ミカ」


リラが止めかける。


「大丈夫だと思います」


ミカは言った。


「……たぶん、分かる気がする」


ゆっくりと歩く。

灰の中で、呼吸だけが音になる。


メソニクスの王は動かない。

だが、子を背に隠すように

群れがわずかに形を変える。


ミカは、胸に手を当てて――

小さく頭を下げた。


敬礼みたいに。

祈りみたいに。

命令じゃなく。


俺も、カインも、リラも、

遅れて同じように頭を下げた。


ヴィクターは電柱を持ったまま、

妙に真面目に背筋を伸ばした。


ミカが小さく言う。


「……気にするなって言ってます。たぶん」


「たぶん、で通すな」


カインが言う。


「でも……通ったわね」


リラが小さく笑う。


メソニクスの王は、

最後に一度だけ鼻を鳴らして――

群れを連れて、灰の向こうへ消えた。


生きるために。

それだけの理由で。


カインが前を向く。


塔が、もう目の前だった。


「急ごう」

「もう時間がない」


俺は一歩踏み出そうとして、膝が揺れた。


カインが肩を差し出す。


「ロッカ。俺の肩を使え」


「……すまない」


息が、薄い。


「詩を使いすぎたみたいだ」


「謝るな。必要だった」


カインの声は、淡々としているのに、

少しだけ温度があった。


塔の入口。

巨大な扉。


石にも金属にも見える、冷たい境界。


リラが機械端末を繋ぐ。

だが画面が瞬いた瞬間、死んだ。


「……ダメね」


リラが歯を噛む。


「電子機器、全部イかれてる。

ノイズで焼かれてる」


灰が、変わった。


粉じゃない。

針になる。


空気が刺す。

皮膚の上に、見えない刃が降る。


「リラ、急げ」


俺の声が荒くなる。


「分かってるから急かさないで!」

「手元が狂う!」


その通りだ。

焦れば死ぬ。


ここで死ねば、帰れない。


俺は歯を食いしばって頷いた。


ヴィクターが、ミカの前に出た。

覆いかぶさるみたいに立つ。


「……ミカ」


「ヴィクターさん?」


「悪いな」


ヴィクターの声が、少し低い。


「どうやらここまでのようだ……」


心臓が跳ねる。


俺はヴィクターを見る。


顔色が、悪い。

笑顔が、無理やりだ。


「お前……さっきの一撃で……」


「あぁ」


ヴィクターが頷く。


ミカが駆け寄る。


「そんな……ヴィクターさん、しっかりして!」


ヴィクターは苦しそうに笑って――

腹を押さえた。


「……後のことは頼んだ」


「俺は……腹が減って動けねぇ」


「……は?」


全員の顔が固まった。


次の瞬間――


ドカ。

バキ。

ドス。

ペチ。


四方向から拳と足が飛んだ。


「そんな、みんなして殴るこたぁねぇだろ!!」


ヴィクターが叫ぶ。


「くだらないこと言ってないで」

カインが言う。

「ミカを守れ」


ミカが涙目で言う。


「うぅ……ヴィクターさんのバカ」


ヴィクターが肩をすくめる。


「リラの一撃には殺意が乗ってたぜ……」


「殺そうと思ったからよ」


リラが即答した。


そして、扉の機構に

最後の工具を差し込む。


カチ、と音がした。


「……治ったわ」


その一言で、場の空気が変わる。


笑いが消え、

呼吸が戻る。


俺は体を起こし、扉の前に立った。

カインの肩を借りたまま。


「行くぞ」


ヴィクターが、ミカの前に立ち直る。

冗談の顔のまま、

背中だけが本気だ。


リラが、扉のキーを押し込んだ。


――キィ。


金属でも石でもない音がした。


“生き物の内側”が開く音。


世界の扉が、

ゆっくりと開いていく――


俺はもう立ち止まらない。


前へ。

前へ。


例えこの先何があろうと、

失ったすべての想いを胸に。


この、世界が終わるまでは……



風よ、

青を照らせ。

俺たちが、帰る場所を。



RE:TURN ― 風よ、赦せ  完。




[TOWER : PRAYER STRATUM]




— System chime —


Prayer detected.

No command authority found.


Input accepted as:

Non-command signal.


Sources identified:

Locka Haild

Mika Haild

Tiera


Status: Active.

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RE:TURN ― 風よ、赦せ TERU @TERU9999

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