「ほうとう食べたくない?」
その一言で、俺の優雅な週末は終わった。
日曜の朝。
コーヒーを飲みながら、今日は家でダラダラする予定だった俺に向かって、嫁がさらっと爆弾を投げてくる。
「山梨の」
軽く言うな。
距離を言え。
俺はスマホで地図を見て、そっと閉じた。
「……遠くない?」
「ドライブじゃん」
嫁の“ドライブ”の定義、たまに信用ならない。
娘はすでにテンションが上がっている。
「いく!いく!私高飛車乗りたい」
多数決にならない多数決が、ここにある。
—
気づけば、俺はハンドルを握っていた。
富士急ハイランド。
の前に長男。
「俺絶叫無理だから近くの温泉施設で待ってる」
いやいや、自由すぎない?
「お前それはさ、大変じゃない?俺が!」
嫁が言う。
「週末位しかパパできないから頑張って」
息子に甘い嫁。もうしょうがない。
往復30分。トータル3時間。
一息つく間もなく、本日2度目の富士急ハイランド。
でかい。
高い。
怖そう。
「俺乗らないよ?」
娘は入口を見ただけで大喜びだ。
「ヒャッホー」
いやいや、高飛車。
「待ち140分」
「目的違うから、今日はこれだけな」
「えー」
俺は心の中でつぶやく。
(ここ、中継地点だよな…)
—
息子を拾って、
本命、ほうとう小作。
いい匂い。
「これこれ!」
嫁が満足そうに言う。
娘は湯気に顔を近づけて、
「でか…」
正しい感想だ。
四人でふーふーしながら食べる。
熱い。
うまい。
でも量が多い。
「もう食べれん」
俺が言うと、嫁が笑う。
「残したら失礼だよ」
腹パンパン。
—
帰り道。
「最後、温泉寄ろ」
さらっと言うな第二弾。
「どこの?」
「ほったらかし温泉」
1時間コースだな。
……それ、もう寄り道って距離じゃない。
ほったらかし温泉。
名前のわりに、景色がえぐい。
風が気持ちいい。
空が広い。
富士山が、妙にちゃんとしてる。
娘は露天で空を見上げている。
嫁は「生き返る〜」とか言っている。
たぶん。
俺は湯に浸かりながら、ぼんやり思う。
(俺、今日ずっと運転してないか?)
でも。
湯気の向こうで、
娘が笑っていて、
嫁がのんびりしていて、
まあ、いいか、と思った。
「おい、背中を洗ってやるよ」
「……ありがとう」
普段ない息子とのスキンシップもできた。
文豪の聖地かどうかは知らない。
でもここは、少なくとも——
家族の機嫌が、ちゃんと直る場所だった。
帰りの運転席で、
俺は小さくつぶやく。
「……俺、家族専用の運転手か」
横から、すぐ返事が来た。
「うん」
即答かよ。
窓の外で、信号が青に変わる。
まあいい。
運転嫌いじゃないし――
役割ってやつだよね。