第19話 ハンカチ
映画館の座席に到着するまでの移動中の記憶は残っていなかった。とにかく彼女と行く場所は人が多くて、酔いそうになるのを我慢するのに必死だった。嫌な汗が額にあふれ、呼吸も苦しくなる。
そんな状態の俺を高槻都は心配そうに声をかけてくれたが、俺は乾いた声で返事するのが精いっぱいだった。
「先生おおきに欲しかったもの貰えたわぁ」
座席に座るなり、彼女は入館する際に手渡された赤色キーホルダーをありがたそうに目の前にぶらさげている。俺の手元にある片割れの青色のキーホルダーは彼女のと合わせるとハートマークになる細工がしてあって、周囲に座る若いカップルたちは上映前の静けさにお互いのキーホルダーを合せて二人の世界に浸っていた。……まったくなんでこれで少子化になるんだよ。
「うちらもやりますか?」
悪戯な笑みを浮かべてくる彼女につられて不細工な笑みを浮かべてしまう。
「いや、ちょっと勘弁してください」
「リハビリは?」
小声で訊ねてくる。
「すみません、今の俺にはオーバーワークで」
そう断った。高槻都は何か言いたげな顔をしていたが、その時、照明が暗くなり、スクリーンが騒がしくなる。ざわざわしていた場内が一瞬にして静まり返り、俺は彼女の言及を逃れた。暗闇に紛れて曖昧になった彼女の不満げな横顔を眺めながら、彼女が買ってくれた爽健美茶を口に含んだ。
上映時間は一〇〇分にも満たなかったが、隣の席に座る高槻都は少なくとも三回は涙を流していた。
「あのぉこれ使う?」
正直言ってそこまで感動するほどの内容かなとも思ったが、嗚咽を抑えるほど泣いている彼女に若干引きながら、ハンカチを渡す。彼女は何も言わないでハンカチを受け取りその涙を拭っていた。
今夜もきみでしゃせいする 宇佐美スイ @okure
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