第18話 この後は?

 俺はエンターテイナーの前に表現者だ。普段は言えない感情を世に向けて発信した気持ちがある。だから俺の本は売れない。一部の読者の心に刺さってその人が買ってくれるから今まで作家を名乗れていただけである。復活するためには彼女が言うとおりにするべきなんだろうが、大衆の感性に沿うように作り上げていくその慌ただしい環境の中で、俺は平然を装ってキーボードを叩けるのかはぼんやりした不安が募ってならない。


 自問自答しているうちに完食した高槻都は、メニュー表を眺めながら目を細めている。こいつもしかしてデザートを頼もうとしているのか。俺は机の下で財布の中身を確認した。美郷から借りた一万円。あまったらそのまま返さずに我がものにしようと思っていたが、デザートともなると厳しいか。


「先生食後のデザートはどうします?」


「手持ちがないからいらない」


「あっ、奢りますよ」


「バナナカフェが食べたいです」


「やっぱし正直な人や」


 情けないのとバナナパフェの甘さが妙にマッチする。


「先生美味しい?」


「美味しい」


 七つも歳が離れている女の子に奢られて申し訳なさそうにしながら久しぶりの甘味に舌鼓を打つ俺を母親のような笑顔で俺を見つめていた。


「これから行ってみたいところで付き合うてくれますか?」


 喫茶店を出るなり、彼女はSuicaを差し出してきた。なんの脈略もなく出されたSuicaに恐々としながら受け取ると、彼女はにっこり笑った。


「ちなみにどこいくんです?」


「映画館」


「へぇ、何を見るんですか?」


 彼女が口にした映画のタイトルは俺でも一度は聞いたことあるような小説の実写恋愛映画だった。


「男女ペアで行くとねぇ特典がもらえるんよ、他に誘う人もおらへんから先生付き合って」


「……俺場違いじゃないですかね」


 まぁそれもあるが、本音は違う。彼女はリハビリの一環と言っていたけど親族以外の人と、それも女の子とたくさん話をしたから疲れた。できることなら家に帰って寝たいのだ。


「バナナカフェ食べたやろ」


 それを言われてしまうとなにも言い返せない。


「逃げたらあかんよ」 


 そう言って彼女は俺の手を握る。手の平に感じる突然のぬくもりと柔らかさにしどろもどろになりながら、隣にいる高槻都に急激な女を感じて俯く。


「分かりましたよ」


 承諾して、それから聞こえるか聞こえないかの声で「逃げないから離してくれ」と付け足した。


 彼女に手を引かれながら目的地に向かう。昼下がりなのに座れないほど混んでいる電車の中は落ち着かない。駅のホームに着くたびに開く向かいのドアを凝視するが彼女が動く気配はなく、売られた子牛のような気分になりながら変わりゆく景色を追い越していく。


 移動中の記憶は曖昧で、彼女の脈を手のひらから感じ、とにかく思考を停止させる。緊張のせいで手汗がさきほどから止まらないのだが、手をほどこうとする俺の右手を彼女は拒みそわそわしながら顔を伏せてきた。

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