3.ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」
英雄の話はしない。
不測の事態が起きた。
びっくりするほど飽きたのだ。
アマチュアオーケストラに足を運ぶと当然こういうことはある。
つまり、申し訳ないが、あまりお上手でいらっしゃらなかったのだった。
そのため今回は、何故私がこの演奏会でここまで飽きているのか──クラシック音楽で人を楽しませるに当たって、この団体に何が欠けているのかを分析して過ごした。
先に断っておくが、アマチュアとして活動するからには、個々のスタンスなど千差万別なものだ。お上手でなければならない決まりはないし、真面目にやらねばならない決まりすらもない。
そんなことより本人が楽しめるかどうかが大事だ。
ただし観客を呼んで芸術をやる以上、評価の俎上に載せられるのは避けられない。
そして芸術とは技術力が物を言う世界だ。
技術が足りないものをお出しする場合、聴衆からその事実を指摘される可能性は常にある。
本題に入る。
テンポ感が揃っていないのが最大の問題であると思った。
全員で同じタイミングで音を出すという、合奏において最も基本的な部分が蔑ろにされている。
バラバラ事件が各所で散見された。
こうなると指揮者は、とにかく曲を最後までやりきるために、一拍一拍の指示を明確に出してあげないといけなくなる。
この一拍ごとのタイミングを全員で正確に揃えることを「タテを合わせる」と呼んだりする。
確かに一拍ずつ分かりやすく指示があれば、一目瞭然にテンポを把握できる。初心者にとっては分かりやすいだろう。
しかし本来、合奏においてタテを合わせるのに最も効果的な方法は、「ヨコを意識する」ことであると私は思っている。
ヨコとは要はフレーズのことである。どこからどこまでがワンフレーズで、その中でどこがヤマでどこがオチで、どこが押さえるべきポイントで、というような「ヨコの流れ」の認識を、全員で共通させる。
そうしてフレーズの要所が合わせられれば、全体の息がピタリと揃うようになる。タテなんてのは、何も一拍ずつ懇切丁寧に刻まなくとも、ヨコを理解すれば自然と嵌まるものだ。
指揮者の仕事の一つはこの「ヨコの流れ」を作り上げることにある。この曲をどう解釈し、どういう方向に持っていき、どういう風に盛り上げ、どういう形でフレーズを繋いでいくのか、それを考えて全体に伝えるのが指揮者の役割である。
その指揮者が仕事を放棄して、タテの指示に集中せざるを得なくなる状況。そうしない限りお上手でいらっしゃらない方々が迷子になってしまうので仕方ないが、これの弊害は馬鹿にならない。
まず指揮者によるフレーズの指示が死に絶える。
こっちとしてはもう、何を聞かされているのか分からない。一応ごちゃごちゃと音が並んではいるが、それの意味するところが理解できない。
辛うじて分かったのは、
効果的という概念とは程遠い。
フレーズ、即ち脈絡がないまま、急にがなり立てられても困る。何の準備も整っていないこちらとしては困惑するしかない。
素人の漫才に等しい。とりあえず声量を上げてツッコミを入れれば済むだろうみたいな、構成も台詞も雰囲気も何一つ練られていない、喚きのような何か。
虚無でしかない。
そして指揮者による音色の指示も死に絶える。
一口に
これを無くすというのは、料理の味を無くすのに等しい暴挙である。おにぎりに具どころか塩も無い。何なら米の味もほぼ無い。もっちゃりした無味の物質を咀嚼させられる感じ。
虚無でしかない。
そこまでの犠牲を払って尚、タテが合わない。バラバラ事件が何一つ解決しないまま時間だけが進行する。
かてて加えて、個人の技量も当然の如く初心者レベルである。
音程。音の処理。強弱。表現の幅。響きの豊かさ。指の動き。手の動き。体の動き。呼吸法。
すまないが褒めるところがない。すまないが。
出演者には共通して、音楽を通して何かを表現したいという気持ちが、大なり小なりあるはずである──あるはずだと信じたい。
しかしどんな気持ちを持っていようとも、技術が無ければ何も表現できない。相手には何も伝わらない。伝わらなければ芸術とは呼べない。
届けたいと思える何かがあること、その何かを正確に表せる技量があること、この二つが無いと芸術は成立しない。
そのことを再認識した日であった。
勉強になった。
自戒を込めて。
面倒臭がりで中途半端なクラシックファンによる演奏会の感想文 白里りこ @Tomaten
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