第3話

 くぐもった声だった。

「その、皆川今日子さんが、どうかしたのか?」

「俺たちの友だちなんですけど、最近様子がおかしくて」

「おかしい、っていうのは?」

「なんか、暗いんですよね。性格じゃなくて、精神的に。俺たち、小学生の頃からの付き合いがあって、ずっと一緒にいるんですよ。だから、何となく分かるっていうか」

「なるほどね。それで君は、今回見つかった遺体が、皆川今日子さんであって、今の皆川今日子さんへは、誰かが成り変わっている、と考えた。そういうことだね」

「……よく分かりましたね」

「まぁ、この手の取材はいくつかやってきたからね。それで、あの二人に何か知らないか、聞けばいいんだね」

「まあ、そんなところです。俺よりも、あの二人のほうが今日子とも付合い長いんで」

「そうか。分かったよ。君の不利にはならないようにするから。それと秘密は守るから。安心して」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 琉初人は頭を下げた。糸瀬はさっそく、仲間の一人、下田界に話しかけた。

 人気のない場所へと移動している中で、界は目を輝かせながら、糸瀬にこう問う。

「季刊誌リリって、あのオカルトホラー雑誌っすよね!」

「そうだよ。よく知ってるね。マイナー雑誌なんだけど」

「そんなことないっすよ! すげぇ、こんなマイナーな祭まで取材に来んだ。やべぇ」

 糸瀬が寿琴大精霊祭を取材するのは、今回が三度目だ。そんなことは黙っておいて、初めての取材の体で、「色々な地方のお祭りを取材していますから」と笑って誤魔化す。

「俺、めっちゃオカルトマニアで、オカルト系の祭が記事にされたとき、買ってるんすよ。その取材の人に会えて、光栄っす」

「そこまで言ってもらえるとはね。取材だけど、肩の力抜いて、普段通り答えてくれればいいから。色々と話、聞かせてもらえるかな」

「もちろんすよ。俺でよければ、何でもお答えします」


 寿琴地区の住民らは、見つかった遺体は地区住民ではないと話す。住人曰く、この一年間で行方不明になった人物はいないようだ。しかし、そこに異議を唱える人物が現れた。それが、少年A。一年前から、とある少女が精神的に暗くなったという。一方で少年Bは、我々の取材に対しこう答えた。「遺体の身元が、僕たちの友人、少女Aだと言っている少年Aは、病気による影響で一部の記憶が欠けているだけ。少女Aは元から暗くて、何を考えているか分からない性格だった」と。


「すいません、僕、あんまり雑誌の取材とか、興味ないので」

「少しでいいんです。お話し、お伺いできませんか」

「オカルトホラー雑誌とはいえ、雑誌は雑誌でしょ。どうせ、嘘をでっち上げて、嘘を塗りたくった内容で、人様からお金を盗っている。所詮そんなところでしょ」

「季刊誌リリは、真実報道しかしない。そういう決まりになっている」

「でもそれって、実際に取材した人しか分からないんだから、嘘なんていくらでも作れるでしょ」

「うーん、まぁ、そう考えるよね。でも、今回こうして取材に来た理由は、祭の裏側の真実を暴くため、なんだよね」

「……え」

「ついこの前、寿琴山から白骨化した遺体が見つかった。もちろん、知ってるよね」

「……」

「その遺体は、十代から二十代の女性ではないかと言われている。何か、身に覚えのあること、ないかな」


 将又、少年Cによると、少年Aが記憶を失っているのは、前回の大精霊祭のときの記憶で、少女Aに関する記憶は、そこまで失っていないという。少女Aは日によって明るかったり、暗かったりするが、最近は暗いことが多いだけ。恐らく、今後の進路のこととか、将来のこととかで悩む機会が多くなったからだろうと推測していた。そして強調するように言っていた。少女Aは、昔も今も変わらない、と。

 少年三人の狭い間で取り沙汰されている少女Aの、その姿像。実際に本人に接触を試みたものの、取材の許可が下りず。我々は他の祭関係者に対し、この事態をどのように考えているのか、引き続き取材を行った。


「こう、言っていたんだけど、それについてはどう思う?」

「言っちゃえば、悠平らしいですよ。普段から、どっちつかずの返事するので。それに、今日子はメディアを一切嫌っているので、一度高校にテレビカメラが取材に来た時も、学校を休んでいましたから。自分に関する情報を晒したくないと言って、名前とかも隠すぐらいですから。みんなからは、そこまで徹底しなくても、って言われてたんですけど」

「そうか。それで、君自身について二人が言っていることは、どう思う?」

 糸瀬がこう問うと、琉初人は含み笑いを浮かべて、頷いた。

「確かに、俺は十三歳のとき、病気になりました。限局性健忘ってやつです。医者に言われました。十二歳のときに体験した寿琴大精霊祭で、夜に無理やり攫われて、よく知らない山へ連れていかれたこと、その道中の出来事、そして、脱出した先で起きた出来事、それらを忘れようとして症状が出たんじゃないかって」

「その記憶は戻ってないの?」

「半分、半分ってところですね。医者からは、祭のこともあるし、引っ越せばって言われたんですけど、母さんはこの土地が良いって言って引っ越ししてきたんで。どうせ俺も、高校卒業したらこの町出る予定ですし、それまでの付合いって思えば、別にいま頑張って治療しなくてもいいかって。その記憶がないだけで日常生活送れるし」

「そうか。それで、今回はどうして祭、しかも攫う役やるの? 聞いたよ、君がその役を買って出たって」

「……もう一度、あの山に行くためです」

「強い精神的苦痛を感じた場所に?」

「俺、確かめたいことがあるんです。多少無理してでも、行きますよ。その件で、糸瀬さんにお願いしたいことがあるんですけど」

「なに?」

 取材ノートを閉じると、琉初人は糸瀬のポケットを指し、録音機の電源を切るようジェスチャーで伝える。それに従った糸瀬。すると琉初人はぐっと糸瀬に顔を近づけて、少しばかりにやけながら、こう呟いた。

「俺が絶対に今日子に関する情報を掴みます。それを季刊誌リリで、暴いてくださいませんか」

 琉初人に気圧された糸瀬は、目を見開いた。

「絶対に裏がある。絶対に今日子について知る人がいる。人が一人山で死んでいたというのに、誰もそのことを取り沙汰さない。おかしいじゃないですか」

「まぁ、それは、うん、そうだね」

「だから記事にして欲しいんです。だめですか?」

「……個人的には面白そうだし、別にいいけど、それ、週刊誌に持ち込んだ方が確かじゃないかな。季刊誌リリは言ってもオカルトホラー雑誌。編集長がそっち系のネタにGOを出すか……」

「季刊誌リリだからこそ、爆発的素材になると思うんです」

「そう言われればそうなんだけど……」

 糸瀬が悩めば悩むほど、追い打ちをかける琉初人。祭開始の時間が刻一刻と迫る。

「分かった。とりあえず編集長に電話で確認してみる。ただあの人のことだから、そう簡単に許可は出ないと思うけど」

「それでもいいです。いや、編集長のお眼鏡にかなうネタを用意します」

「……フッ。本気なのはいいことだ」

 仲間二人に呼ばれた琉初人は一旦の別れを告げ、糸瀬のもとを離れていった。


「……こういうことなんですが、編集長、現時点ではどう評価されますか」

 電話越し、季刊誌リリの編集長である宮本友は「そうだねぇ」と声を漏らす。

「ミステリー要素、事件性が絡むのであれば、週刊誌というか警察にいく話。そこにオカルトやホラー要素があるなら、取り上げてもいいかもしれない」

「本当ですか」

「なによ、編集長で姉の私に従わないと言いたいの?」

「いえ、そういうことではなく。とにかく、今は祭の取材に専念します。また情報が得られ次第、ご連絡いたします」

「はいはい。私、これから子ども寝かしつけるから、電話禁止ね」

「承知しました。失礼します」

 電話を終えると、糸瀬は大きな溜め息を吐いていた。

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季刊誌リリ取材班 糸瀬研士郎 成城諄亮 @Na71ru51ki

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