【読切】英雄と英雄の糧になった子

しろいの

世界平和完了


うららかなは日差しの下で子供たちが健気に村中を

走り回り、大人たちも仕事をしながら温かい眼で

見守っていた。村の者は皆幸せそうな顔をしている

が、一人の少女だけはただただ無表情で鬼ごっこに

参加していた。


「やっと人里か〜」

無精髭を生やし、くすんだ紫色の魔石の入った杖を

携える中年の男性がいた。門番に近づき、

顔を認識できるほどまで来ると、門番の1人が

慌てて村の奥へ走った。男性が村の入り口に

到着した頃には村長や門番を含めた大勢の人間が

揃って出迎えた。

「こんな田舎までご足労頂きありがとうございます」

「いやいや、こんな大層にしなくていいよ」

「そういう訳にもいきませぬ。天下の大英雄様が

 訪れたのですからできるだけおもてなしを

 したいのです。」

「そこまで言うならしばらくお世話になろうかね。

 ただし君たちは普段通りにしてくれ。

 私は一介の旅人にすぎんのでね」

「左様ですか。では承知致しました」


そうして男性は宿に荷物を置いてから広場の屋台を

回った。円形の広場の中央では子供たちが

遊んでいてたくさんの出店があった。

英雄を歓迎したいと興奮する村民達と屋台を

楽しみながら子供たちを眺めた。

「彼女に何かあったのか?」

「いえ、あの子はずっとああなんです。

 戦争孤児だからか感情が表に出ない子なんです。」

「ああ‥そうか」

男性が英雄と呼ばれる所以はこの前の大戦争で

数万人の人々を葬ったからだ。もちろん敵にも

子供はいる。彼だってそれに罪悪感を抱いている。

「よかったらあの子を旅に連れて行って

 くれませんか」

訊けば少女は一度だけ夢を語ったらしい。

ある人の偉業を真似るために色んな街や村を巡りたい

と言ったそうだ。ある人は少女にとって大きな存在

なのだろうが決して名前も容姿も何も言わなかった。


「君、旅に出たいんだって?」

「‥‥うん」

「じゃあ、この村にいる間私と一緒に居てくれないか

 それで旅に連れて行くか判断してやろう」

少女は優秀だった。買い出しも道案内も何もかも

上手くやる。物覚えもいい。この調子なら旅に連れて

行っても問題ないし、むしろ大助かりだろう。


何事もなく平和な日常を送っていると少女が珍しく

頼み事があると言い出した。

「あなた様は大変魔術がお上手だと聞いております。

 広場に噴水を作りたいので私にも魔術を

 ご享受頂けませんか。」

「ああ、いいぞ」

男性はなんていい子なんだと思う反面で本当は

復讐したいのではないかと言う考えもよぎったが、

言葉を信じて承諾した。


少女は魔術の才もあったため2ヶ月で基礎を

習得し、さらに1ヶ月で噴水を作ってしまった。

それからも魔術の練習を怠らず勤勉だった。

しかし、その異様なまでの努力は

もはや執念に近かった。


それに、男性が病気の子の治療を頼まれた時は

原因になっていた呪いを付与する魔草探しと

研究に積極的に協力してくれた。

そして、一緒にいる時間が長くなるにつれ

男性は少女が自分を殺そうとしているのだと

悟った。


ある日の夕刻に宿に男性が帰ってきて入ろうとした時

少女は宿の前でお婆さんに握手されていた。

「ん?どうかしたのか?」

「少し小麦を挽くのを手伝っていたんですよ」

男性も最近になって気づいたが彼女は慈善活動にも

積極的で少女が魔術を使えるようになってから

魔術を使っての人助けもしていたようだった。

その後も特に目立った行動はなかったが

それでも気がかりだった。


翌日、

「そろそろ村を出るか」

男性はこの村にいては周りの人間を巻き込んで

殺そうとするかもしれないと案じた。

道中の野宿は隙だらけだ。男性はこの罪は

いずれ償わなければならないと思っていた。

そうして、村民に見送られて男性達は次の村に

向かって出発した。


次の村でも優雅に何気ない日常を送る男性と

人助けに勤しむ少女がいた。


そうしていくつもの村を回り、5年も経った頃には

少女は立派な女性になり、もう女性の復讐のことなど

気のせいだと思い、忘れていた。


そして、8つ目の村で男性は初めて女性が

人助けしているところを見た。

なぜか今までは遭遇していなかったが

折角だからと思い、男性も手伝った。

手伝い終えると慣れたように握手する女性の手には

魔法陣があった。男性は見た瞬間に気づいた。

これは"呪い"だと。


宿に戻ってすぐに問い詰めた。

「あの呪いはなんだ!」

「何が起こる?」

呪いは何も全てが悪いわけではないが大概が悪だ。

「‥‥」

「殺す気か?」

女性はゆっくりと頷き、下を向いて口角を上げた。

「なぜだ」

声を荒げる

「彼らが君に何をした」

胸ぐらを掴む

「私あなたのこと尊敬してます。」

優しく言う

「質問に答えろ」

「仇討ちか」

キスするかのように顔を勢いよく近づける

「‥‥」

静かに頷く

「なぜ私でないのだ‥」

骨が抜けたように崩れた

「なぜ私でないのだ‥‥‥」


「‥‥私の夢はずっと変わってない。

 ずっとあなたの真似をしたかったの。」


男性は何も返せなかった。だが、英雄としての理性が

彼を動かす。

「今までにかけた呪いの全てを解呪しろ」

声を荒げる

「今までにかけた呪いの全てを解呪しろ!」

静かに杖を向けて

「‥さもなければ貴様を殺す」

3秒の沈黙の後

「‥まだ夢を叶いきるには足りないけど仕方ないね」

「やめろっ」


『死ね』


キャーと言う声が窓に響く。

2人の声を聞いて部屋に近づいていた店主の血が

ドアの下から流れ入る。

男性は苦虫を噛み潰して

『死ね』

足元に溜まる血はとても綺麗な赤色で

男性の顔を映した。そして、1滴2滴と血溜まりに

穴を開けた。


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【読切】英雄と英雄の糧になった子 しろいの @Shiroino2158

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