《エピローグ》
《エピローグ》
こんなこと言ったら頭おかしいとか陰謀論者とか言われると思うんですけど、新島心霊事務所さんを信頼してお話します。……真に連中と戦っているあなた方なら、きっと信じてくれるはずですから。そう信じて、お話します。
……そもそもですね、口裂け女なんてものは存在しなかったんですよ。忘れもしません、一九七九年七月、私は小学生でした。そして子どもたちのあいだで、爆発的に口裂け女という都市伝説が流行ったんです。それこそ、集団下校なんてものが行われるくらいに。そして、実際に口裂け女の目撃例さえも発生しました。単なる集団ヒステリー。私は小学五年生でしたが、内心そんなことないよなあと思っていました。……なのに、気がつけばこの世界には口裂け女が当たり前のように存在するようになっていたんです。
私の知っている口裂け女は美容整形手術の失敗で口が裂けてしまった女が自殺して怨霊と化したというものでしたが、この世界では有史以来存在する不思議な霊長類ということになっていました。おかしいでしょう、こんなのは。私は街のなかで口裂け女を見かけるたびに、腰が抜けそうになります。ですけど皆さんは当たり前のように対処して、綺麗ですねと言っている。おかしいじゃないですか、そんなの。どうして知能の低い霊長類に言葉が通じるんですか。どうしてみんなそれを平気で受け入れているんですか。考えないんですか。私は間違ってないのに。小学生の時、私は周りの人たちに散々それを伝えましたが、誰もが私を嘘つき呼ばわりし、親さえも疲れ切った目で私を見ました。
狂っているのは世界なのに、私だけが狂っているように見られていました。
そうして私が狂気の世界で何とか生きているなかで、また事件が起きました。一九九九年のノストラダムスの大予言です。世界が滅びるというあの予言です。私は恐怖に震えました。たとえ大嘘であろうとも、皆が信じてしまえば世界は本当に滅びてしまうと。私は街に出て、メガホン片手に叫びました。世界は絶対に滅びないと。自費出版もしました。ノストラダムスは間違っているとひたすらに叫び続けました。当時の否定派の人々の応援をし続けました。そのおかげか分かりませんが、世界は滅びませんでした。……いっそこんな狂った世界、終わってしまえばいいのにと思っていましたが。
狂気はずっと続いています。私だけがその事に気づいているのです。
チワワなんて言う犬種は存在しませんでしたし、日本の車の運転席は左側についていたし、世界はとっくの昔にヤード・ポンド法で統一されていたはずだし、アメリカの経済的破綻で東側が世界の覇権をとっていたはずなのです。
それにですよ、最近の例なら、クマが以前よりずっと街の中に現れて人を襲うようになったのもおかしいんです。クマはもっと大人しい生き物だったんです。街の中に現れることはありましたが、だからってそんな人を食らって殺すのが日常茶飯事みたいな事はありませんでした。それが今じゃ、都内にまで現れて人を食っている。流石におかしいですよ、こんなのは。私は知ってるんです。……中村ショウタロウという殺人犯が獄中で透明のクマに食い殺されたせいで妙な噂が流れて、世界は変わってしまったと! クマが殺している人間が皆悪人なのも絶対におかしいんですよ! クマに人間の善悪が分かるはずないじゃないですか! 世界がまた、変わってしまったんです!
だからお願いします、新島心霊事務所さん。私と一緒に戦ってくれませんか。この狂った世界を正すお手伝いを、してくれませんか。
早くしないと、また世界がどんどんおかしくなっていくんです!
※
「……はあ」
たまにこういうヤバい人が来るんだよな、という目を所長も、カレンさんも、もちろん私もしていた。
カレンさんは姉さんの死に怪異が絡んでいると信じ切って毎日仕事に邁進しているけれど、流石にこの事件は怪異だとは思っていないようだった。
チワワは犬だし、日本の車は右側に運転席があるし、口裂け女は有史以来当たり前に存在する類人猿の一種に決まっているだろう。マスクやコートに酷似した皮膚を持ち、ぶよぶよしたゴムみたいな肌で、チンパンジーの半分程度の大きさの脳しか持っていないにもかかわらず、どういう理屈かこちらの言葉を理解して発話する不思議な生態で、『綺麗じゃない』なんて言った日には襲われてしまうが、容姿を肯定したりべっこうあめを与えれば大した脅威でもないのは、幼稚園児だって知ってることだ。
それに何より、クマは悪人を食らい殺すもの――そんな当たり前のことを言われても、困るだけだろう。
そうはいっても悪人を殺す種類のクマは減少傾向にあって、つい最近までは絶滅危惧種と目されていた。だから司法が発達したのに、そこでまたクマが急速に数を増やしたのだ。世間は法ではなくクマに裁きを任せて良いのかと話題になっているが、私としては憎き中村ショウタロウを殺してくれたのだから、文句はなかった。
……あれでも、だったらなんでカレンさんは私たちと一緒に仕事を続けているんだろう? 犯人をクマが殺したんだから、オカルトもクソもないではないか。
私だって、どうしてこの人たちと一緒に仕事をしてるのか分からない。
姉さんを探すのが私の目的で、もう姉さんは帰ってこないと分かってしまったのに。毎月給与明細に入ってる特別手当って何なんだろう。貰えるから貰ってるけど、一〇万もどうして余計についてくるんだ?
「……カレンくん、彼を外に」
「はい」
私の頭が疑問符に包まれているあいだにも、電波極まりない依頼を持ち込んだ男性がカレンさんによって外へ連れ出されていく。
「離せ、離すんだ! 俺は正気だ!」
正気とは一体、何なんだろう。
カレンさんは姉さんの死に怪異が関わっていると信じて疑ってない。
所長が語る怪異の真実だって、どこからどこまでが正しいか検証不能だ。
それに私だって、姉さんの幻覚が四六時中見えている。
「もしかしたら、彼は正しいのかもね。アンナが私の復讐をするためにクマの怪異を生み出したせいで今の世界はこんな事になっちゃったのかもね。カレンはそれを見て怪異が私の死に関わってると確信したのかもね。サキコは復讐の手段を教える代わりに五千万円の借金をあなたの背負わせたのにその事も忘れて毎月一〇万円の特別手当を甲斐甲斐しく払ってるのかもね。みんな気が狂ってるのかもね」
姉さんの幻影が、耳元で囁く。
気が狂いそうだった。
あるいは、すでに狂っているのかもしれなかった。
それでも、私は姉さんの声が聞こえるだけで、じゅうぶん幸せだった。
《エピローグ》了
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称・法律等は架空であり、実在のものとは関係ありません。作中で登場する事故物件(心理的瑕疵物件)の経歴クリーニングはフィクションであり、実際は事故・事件が起きてから三年以内の場合、賃貸においては告知が義務付けられています。この物語はフィクションです。
新島心霊事務所怪奇録~幽霊が見れたら良かったのに~ いかずちこのみ @223ikazuchikonomi
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