孤独の魔女と赤髪の少年

秋犬

魔女集会で会いましょう

 むかし、町外れの森のほとりにひとりの女が住んでいました。彼女は名前をリデルといい、人々から魔女と呼ばれて忌み嫌われていました。この世界では魔法を使えるのは男だけ、女が魔法を使うなど邪道であると信じられてきたので、魔法を使える女はそれだけで差別の対象でした。


 リデルも例外ではなく、魔法の勉強をするなという周囲の反対を押し切って独学で魔法を修めておりました。そうして勘当されたリデルは森の近くにひとりで住んでいました。出産や育児など、女性にありがちな悩みでたまにリデルを頼る者もありましたが、リデルは基本的にひとりでした。


 ある寒い日のことです。外で用事を済ませたリデルが家へ帰ってくると、空っぽの家の中を覗いている不届き者がおりました。それはまだ十にも満たない少年で、リデルがそっと様子を見ていると、少年は誰もいない家の中へ勝手に入っていきました。そのままリデルが家の中へ入ると、少年は真っ青な顔でリデルのほうを振り返りました。


「おやおや、魔女の家に物取りかい? そんな悪い子は焼いて食っちまおうかね?」

「ごめんなさい! 許してください!」


 少年は服も赤毛の髪も泥で汚れていて、顔は蒼白ですっかりやつれ果てていました。何か事情があるのではないか。リデルは少年に少し情け心が湧きました。


「まさか、アンタみたいな痩せっぽっち食ったってうまくないだろうさ。一体どこの子だい? 名前は? 親は?」

「僕はミッヒ、親は……」


 ミッヒはリデルに睨まれてぶるぶる震えながら、身の上を話し始めました。


 それによると、ミッヒの両親はしばらく前に亡くなり親戚の伝手でこの近くの粉挽き小屋の主人に預けられたようでした。しかし、粉挽き小屋の主人は人使いが荒く朝から晩までミッヒをこき使い、気に入らないことがあるとすぐに暴力を振るったそうです。ろくに食事ももらえずにいたミッヒはたまらず逃げ出したけれど行く当てもなく、ここ数日あちこちを彷徨いながら途方に暮れていたところだということでした。


「もし親方のところに連れ戻されたら、何をされるかわかりません。だから、僕のことは誰にも言わないでください。勝手に家に入ってすみませんでした。もう出て行くので、許してください」


 そう言うと、ミッヒはとぼとぼと家から出て行こうとしました。


「お待ち、アンタそれで行く当てはないんだね?」

「もし森を超えたら、何とかなるかもしれないと思って……」


 子供の無謀な計画に、リデルは目眩がする思いでした。


「いいかい、何の気もなしに森になんか入るものじゃない。森はとっても怖いところだ。迷って飢えて死ぬか、獣の餌になるか、どっちかだよ」

「僕、どっちでもいいです。別に貴女が本当に僕を食べたいなら、それでも構いません。どうせ、行く当てもないので」


 暗に少年が途方もない絶望を抱えていることを知り、リデルも途方に暮れました。追い出すのは簡単でしたが、このまま少年が野垂れ死にをするのは大変寝覚めが悪いことだとリデルは思いました。


「困ったね、うちもアンタみたいなガキを抱えていけるほどじゃあないんだけどね……まずは腹ごしらえ、かしらね」


 リデルは遠慮するミッヒを掴まえて暖炉の側の椅子に座らせると、台所へ行ってパンを切り始めました。それから湯を沸かして、秘伝のはちみつを溶かしたスープも作り始めました。


「そんなしょぼくれた顔じゃあ誰も構ってくれやしないだろうね。これを飲めば少しは元気が出るだろうさ」


 そのスープはほんのりと甘い匂いがしました。途端に涙が溢れて、スープの中にぽたりと落ちました。空腹に負けたミッヒは大急ぎでパンとスープをお腹の中に入れました。それからリデルが髪の泥を落としてやっている間に、疲れ果てていたミッヒは眠り込んでしまいました。


「おやまあ、よく効くスープだこと」


 リデルはミッヒをベッドに寝かせながら、この哀れな少年をどうするか考えました。どこか役人に預けても、このままではまた酷い目に合わされる気がしてなりませんでした。そうして目覚めたミッヒに、リデルは尋ねました。


「アンタ、読み書きはできるのかい?」

「いいえ、全然」

「それじゃあ、うちで少し覚えていきな。それと、身なりも少し整えて。男ならもっとしゃんとしな」


 そうして、リデルは少しの間家に置いてやる代わりにミッヒに読み書きを覚えさせることにしました。そうしないと、ミッヒがまた自分から森に入っていきそうで少し怖かったのです。


 そうしている間にどこかいい預け先を見つけることが出来れば、と考えていましたが、思いのほかミッヒの覚えがいいのでリデルは魔法も教えることにしました。ミッヒは見よう見まねで、リデルの教えることを真綿のように吸収していきました。


「おそらく、アンタはこんなところじゃなくて違うところで勉強したほうがいいね」


 それからリデルは、この国一番の魔法学校の学長に手紙を書きました。リデルは昔、無理を言ってこの学長の元で働いたことがありました。しかし、やはり女が魔法を扱うのは良くないという理由ですぐにクビにさせられたのでした。


『優秀な子供を拾ったが、私では育てられそうにない。もし使い物にならなかったら、いくらでも捨てて構わない。ただもしあんたらがこの子を見捨てるなら、神様はあんたらも哀れむだろうさ』


 それをミッヒに押しつけて、リデルは言いました。


「これでアンタは魔法学校の生徒になれる。ここから先はアンタの頑張り次第、また狼の餌になりに行くようになりたくなかったらせいぜい死に物狂いで頑張ることだね。さあ、とっととこの手紙を持って出てお行き。さもないと、本当に焼いて食っちまうよ」


 ミッヒは何度もありがとう、と言って涙ながらにリデルの家を出て行きました。


「ああ、うるさいのがいなくなってせいせいしたね」


 たった数週間の出来事でしたが、リデルは少し寂しく感じました。でも、人知れず良いことをした気がしたので少し心が温かくなっていました。


***


 それから二十年ほど時が流れました。相変わらずリデルはひとりで、街にはあまり寄りつかず森のほとりで暮らしていました。あるとき、街で大きな火事が起こってたくさんの死人が出る大惨事となりました。


『あの魔女が火をつけたに違いない』


 その噂は瞬く間に広がり、リデルは無実の罪で捕らえられました。いくらやっていないと申し立てても、魔女の言うことなど信じる人は誰もいませんでした。ついには放火の罪で火あぶりの刑に処されることが決まってしまいました。


「元からいけすかなかったのよ」

「女が魔法を使うなんて、有り得ない」

「きっと魔法で火をつけたんだ」


 口さがない言葉に、リデルは反論する元気もありませんでした。とうとう処刑の日がやってきて、リデルは縛り上げられて広場に連れ出されてしまいました。


「今から刑の執行の立会人として王立騎士団の警備隊長殿がいらっしゃる。精一杯懺悔するんだな」


 罪人の服を着せられたリデルの前に、立派な服を着た隊長が進み出ました。


「ミハエル隊長、こちらが下手人の魔女です」


 リデルの顔を見た隊長は大いに驚き、リデルを縛り上げている役人をいきなり突き飛ばしました。


「放火犯の刑の執行と聞いてやってきたが……まさか、貴女がこんなことをするはずがない! 何かの間違いだ!」


 隊長は叫びました。


「この方が火をつけたという証拠はあるのか!? もし憶測で出鱈目な処刑などしていると知れたら、王立騎士団として大いに恥じるべきこと! 火事の捜査と裁判をもう一度やり直せ!」


 リデルは驚きました。生まれてこの方、これほど庇われたことなどほとんど記憶になかったのです。


「それなら、その女がやっていない証拠でもあるのか?」


 役人に問われて、隊長は進み出ました。


「ええ、この方はとても美しい心を持っています。飢えと寒さに負けて泥棒に入った子供を許し、世話をして王立魔法学校への推薦状も書いてくれた……もし彼女がいなければ、今の私はここにいないでしょう」


 その時、リデルはやっと隊長の燃えるような勇ましい赤い髪の毛に気がつきました。


「アンタは、ミッヒ……?」

「ええ、これでようやく借りが返せました。貴女は命の恩人です」


 そう言って、ミッヒはリデルの前に跪いて泣きました。戒めを解かれたリデルは、泣きじゃくるミッヒの頭を撫でました。


「なんだい、立派な成りになったっていうのにまだ泣いてるのかい?」

「いいえ……たまに夢に見るんです。やっぱり僕、貴女に焼かれて食べられていればよかった、って」


 その言葉に、リデルも涙を流しました。観衆たちは黙って、二人をいつまでも見つめていました。


***


 再捜査の後、晴れて潔白が証明されたリデルの元をミッヒが再び訪れました。この町を出てこれから一緒に首都に来て魔女の地位向上のために力になってほしいという申し出でしたが、リデルはその裏にある気持ちに気がつかない振りをしました。


「それじゃあ、私は他の魔女と話をしろっていうことかい?」

「はい、貴女の他にも虐げられている魔女はたくさんいます。魔女だからというだけで迫害されるのはおかしいと思いますので」

「そうかい……それじゃあ、アンタと一緒に行こうかね。でもねえ、その代わりアンタもその魔女の会に出席するんだよ?」


 リデルに言われて、ミッヒは慌てた顔をしました。


「ええ、僕もですか?」

「当たり前じゃないか。そうでないと、誰がそんなところ行ってやるものですか。これ以上ブツブツ言うなら、今度は煮て食っちまうよ」


 リデルの言葉に、ミッヒは笑って頷きました。


「ええ、わかりましたよ。もう貴女もひとりではありませんからね」


 ――それでは魔女集会で、会いましょう。


〈了〉

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