リボンとトランプの約束

霜月あかり

リボンとトランプの約束

夜の図書館。

閉館のチャイムが鳴ったあとも、窓の外には月明かりが差し込んでいました。


その光の中で――

古い棚の上に置かれたトランプの箱が、かすかに揺れました。


「もうすぐだね」

ハートのクイーンが、そっと箱の中でつぶやきました。

「うん。あの子がまた来る時間だ」

スペードのエースが、静かにうなずきます。


毎晩11時になると、図書館の隅のテーブルにひとりの女の子が現れるのです。

髪を赤いリボンで結んだ、小学4年生のリナちゃん。


彼女は本棚の陰からそっと抜け出しては、

古いトランプを広げて遊んでいました。


――1年前。

リナちゃんは、おばあちゃんからこの図書館のトランプを教えてもらいました。

「このトランプね、カードを並べるたびに“心”が映るんだよ」

そう言って、おばあちゃんは笑っていました。


でも、春におばあちゃんが亡くなってから、

リナちゃんはその言葉の意味がわからないまま、ただ毎晩ここに通っていたのです。



---


ある夜、いつものようにリナちゃんがトランプを並べていると――

ふっと、風が吹き抜けました。


ハートのクイーンが光を放ち、カードの中から赤い糸のようなリボンがひらりと現れたのです。


「えっ……?」

リナちゃんが目をこすった瞬間、

カードたちはふわりと浮かび上がり、月の光に照らされて踊りはじめました。


ダイヤがきらめき、クラブが軽やかにステップを踏み、

スペードは月の影を切り裂くようにくるりと舞う。

その真ん中で、ハートのクイーンが微笑みました。


「リナ、覚えてる? “つながる気持ち”のこと」


その声は――おばあちゃんの声でした。


リナちゃんの目から、ぽろりと涙がこぼれます。

「おばあちゃん……! どうして……」


「わたしは、ここにいるの。あなたの心の中にね。

 “リボン”みたいに、見えなくてもつながってる」


ハートのクイーンは、そっとリナの手を取ると、

指先に赤いリボンを結びました。


「このリボンがほどけない限り、あなたはひとりじゃない。

 そして、誰かの心もきっと、つなげられる。」


その瞬間、光が強くなり――

トランプたちは風に舞いながら、箱の中へと静かに戻っていきました。



---


翌朝。

図書館の司書さんが机の上を片づけていると、

そこには一枚のカードが残っていました。


ハートのエース。

そして、その上には小さな赤いリボンが、きゅっと結ばれていたのです。



---


リナちゃんはその日、学校の友だちに話しかけました。

「ねぇ、一緒にトランプしよう!」


いつものように少し恥ずかしそうにしていた子が、

笑ってうなずきました。


その笑顔を見て、リナちゃんは胸の奥がじんわり温かくなりました。


――おばあちゃんの言った「心が映る」って、こういうことなんだ。


ポケットの中の赤いリボンが、そっと揺れました。

まるで、それを肯(うなず)くように。

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リボンとトランプの約束 霜月あかり @shimozuki_akari1121

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