第5話 「答えを待つクッキーと、新しいはじまり」

 火曜日。放課後。


 「ごめん、ちょっと遅れた」

 「ううん、ちょうど焼けたとこ」


 陽翔は、クッキーを並べたお皿をトレーに乗せて、美羽の前にそっと差し出した。


 「今日は、これ。試作品だけど……」


 クッキーは、小さくてまるい、二枚重ねのサンドタイプ。

 真ん中にチョコクリームが入っていて、上には砂糖で小さな文字が書かれていた。


 一枚目:「また」

 二枚目:「一緒に」

 三枚目:「作ろう」


 美羽は、じっとそれを見つめていた。


 「……これ、もしかして、メッセージ?」


 「うん。でも、言葉で言った方が早いかなって」


 陽翔は、深く息を吸い込んだ。


 「好きです。朝倉さんが、話してくれるときも、笑ってくれるときも、うまくできなくて悔しがるとこも、ぜんぶ。俺、ちゃんと、好きです」


 静かに、だけどはっきりと言った。


 美羽は、クッキーをひとつつまんで、ぱくっと食べた。


 しばらく無言。

 陽翔の心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。


 「……ねえ、これ、あと3枚あるけど?」


 「え?」


 「まだメッセージ、続くんじゃないの?」


 「えっ、いや、それは……ちょっと勇気が……」


 「ふふっ」


 美羽が笑った。


 クッキーをもう一枚、口に運んで言った。


 「おいしいよ、神谷先生。味も、言葉も」


 そして最後のクッキーを食べ終えて、ほんの少しだけ、目をそらしながら言った。


 「……私も、たぶん、同じ気持ち。まだうまく言えないけど」




ふたりは並んで座って、紅茶を飲みながら、静かにクッキーをつまんでいた。


 なんでもない会話が、少しだけ特別に感じた。


 「ねえ、次はパウンドケーキ作ってみない?」


 「え、いきなりハードル高くない?」


 「大丈夫、先生いるし」


 「……先生って呼ばれるの、なんか照れるな」


 「じゃあ、“彼氏”って呼ぼうか?」


 「……クッキー吹き出すからやめて」


 ふたりの恋は、まだ焼きたて。

 甘くて、少しほろ苦くて、でも――


 きっと、ずっと忘れられない味になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この想い、クッキーにこめて 夏都きーなFNW所属 @510buki_san

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ