お届け物です

真花

お届け物です

 夏に恋に落ちた彼は夢を持っていた。

 もう何年も彼はそのために準備をして来ていた。お金を貯め、体を鍛えて、道具を揃えて、もう後少しで出発と言うところだった。出会ったタイミングが悪過ぎた? そうかも知れない。でも、私達は出会ったのだ。世界の全てをひっくり返しても私達の心を止めることなんて出来ない。彼が夢のために行ってしまったとしても、二人のハートは繋がったまま。

 のはずだった。

 日曜日が無為に流れて行く。

 今日も彼は地球を登っている。四つん這いになって、地面を進む。彼の選んだ人生は、アースクライミングだった。多分、世界で一人しかしていない。ただひたすらに、地球を這って行く、ゴールがどこかなんて彼も知らない。私が知るはずもない。だから、ずっとずっと永遠に地球の果てまで彼は進んで行く。でも、地球って丸いよ? 終わりはないってことじゃないの? 私は何を待てばいい? 連絡は取っているけど、たまにだし、私の胸の中にある赤いものはどこにぶつければいい?

 玄関のチャイムが鳴る。時間は六時。

「お届け物でーす」

「はーい」

 行き場のないエネルギーが腹の中で渦巻いて腐って私を不機嫌にさせる。でも、配達員にはそれを見せない。外に対してのちっちゃなプライドだ。届けられたのは彼からのプレゼントだった。どこかの塩で、バスソルトに使うものらしい。そんなものが欲しいんじゃない。でも、今日が二人が出会って一年目の日だと覚えていたのかも知れない。偶然かも知れない。たまたま塩が手に入ったから送っただけかも知れない。

 彼はブログをやっていて、今どこにいるのかが毎日更新される。されていた。ここのところ更新が滞っているから、もしかしたら野垂れ死んだのかも知れないと心配したけど、おとといの最後の通話ではたまたまと言っていたから、次の更新がなくてもそんなに不安にならないように構えた。

 玄関のチャイムが鳴る。

「お届け物でーす」

「はーい」

 二つ目。これも彼からだった。今度は石鹸だった。見たこのない緑とピンクのでっかい石鹸で、同じものが三つ入っていた。手紙とかはなくて、石鹸のみ。違うでしょ。これじゃないよ、欲しいものは。でも、塩と一緒に今晩使うことにする。少しでも彼の気配を感じられるならその方がいい。塩と石鹸をちゃぶ台に並べて、ため息をつく。せめて言葉が欲しい。私の毎週の日曜日がどんどん流れて消えて行く。別に何もしない訳じゃないけど彼と一緒でない休日はいつもどこか足りなくて、友達に会っても、実家に帰っても、いつも忘れ物をしているみたいだ。

 玄関のチャイムが鳴る。時間は七時。

「お届け物でーす」

「はーい」

 シャンプーとリンスのセット。お風呂縛り。いったいどんな土地にいるのだ。温泉とは違うよね。お風呂で使うものが特産で、塩もあってって、どこなの? 送り主の住所は彼の住んでいた家だし、郵便じゃないから消印とか手掛かりになるものもないし、謎だ。流石にシャンプーリンスは今使っているものがなくなってから使おう。と言うか、また手紙もないし、これじゃないでしょう? 記念日を何だと思っているの? とにかく風呂に入ってリラックスして月曜日に備えたらよいでしょう、ってか? せめて後で電話くらいしなさいよ。

 塩と石鹸とシャンプーとリンスをちゃぶ台の上に並べて、こいつらをどう組み合わせても彼にはならないことに腹が立つ。大事な今日がまた意味もなく終わる。ブログを開けてみたらやっぱり更新はなし。こっちから電話をかけるのは癪だ。でも三つもプレゼントをくれたのだし、折れてもいいのかも知れない。どれも、記念日らしからぬものばかりだけど。

 取り敢えずお風呂を沸かす。

 さあ、どうしようか。電話するか。待つか。待って、いつも待っているけど、待ち惚けでタイムアップも悲しいし。と言うか私、彼のことずっと待っていていいのだろうか。だって、地球を登るって、意味が分からないよ? いつ終わるとも知れないものを待つって、人生を擦り下ろすようなものじゃないの? ……でも、気持ちはあるんだ。真っ赤に燃えているんだ。いつまでも燃え尽きないんだ。そうだよ。それが消えたらそれでお終いにすればいい。そんなことないと思うけど、もしだよ、このまま彼が私の心に薪をくべてくれなかったら、くれないまま時間が過ぎて行ったら、もう、私は枯れちゃうし、恨まないけど、限界って日が来たらそのときは潔く行こう。

 チャイムが鳴る。時間は八時。

「お届け物でーす」

「……ばか」

 ドアを開けると、彼がいた。去年の夏に二人で過ごした日と変わらない笑顔だった。

「記念日だから会いに来た」

「地球は登らなくていいの?」

「今日だけは、お休みだ」

「ばか」

「久し振りに一緒にお風呂に入ろう。最近のお気に入りの道具は届いた?」

「プレゼントじゃなかったの?」

「一緒に使おうよ」

「やっぱり、ばか」


(了)

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