裸足の女子に恋をした

浅川 六区(ロク)

4,000文字の物語

ボクは放課後の校庭を歩きながら、気の向くまま写真を撮っていた。

真夏の日差し、校舎の影、濃い緑色をした木々、誰もいない静かな体育館、

青い空、大きくそびえる積乱雲、そして遠くに見えるのは真っ白な鉄塔…。


 夏が始まった。


 次の文化祭に展示する写真は「世界で一番大好きなモノ」と言うテーマで、写真部のみんなで決めたものだったが、ボクは掛け持ちで在籍しているだけの数集めの写真部員だったからあまり真剣には取り組んでいなかった。


 ただ毎年のことだが、うちの文化祭は他の高校からも大勢の来場者が見込まれ、ついでにうちの写真部の展示物もそれなりの反響があるため、なんらかの…格好が付く程度の写真は撮るつもりで、テキトーな被写体を探していた。



 そして展示された写真は来場者投票が行われ、最高評価を獲得すると、撮影者個人に学校長から金一封が贈呈されるということになっていて、少しだけやる気になっていたところだ。

 確か、贈呈されるのは二万円の現金だと噂に聞いた。二万円もあれば、七瀬と二人リラッサでランチビュッフを食べて、余ったお金で観覧車にでも乗れるかもしれない…などとぼんやり空を見上げて考えていた。

 

 「高評価の写真か…プールサイドに腰をかける女子が裸足で水を蹴る写真でも撮れたら、それだけでの最高評価を獲得しそうだけどなぁ」ボクがそんな独り言を言っていると、誰もいなかったプールの方から人の声が聞こえて来た。


 女子の声だった。


 振り返ると、プール入り口に女子生徒が一人立っていた。ショートボブの髪に、

スカートがヒラヒラと風になびいている。

 着ている制服からうちの生徒だと言うことがすぐに分かった。

 可愛い女子ひとだ。

 でも…誰だろう。ウチのクラスの女子…ではないな。三年生かな、いや幼い表情から一つ下の一年生かもしれない。


 「何してるの?」ボクは女子に声をかけた。

 女子はボクに微笑んで、ぴょんと一回跳ねた。

 制服の胸のリボンはブルーだ。ブルーはボクと同じ二年生の学年カラーだ。


「あなたは何をしてるの?カメラマン?」女子はカメラを手に持つボクに訊いた。

「カメラマン…と言うか、文化祭用の写真を撮ってるんだ」


「ふーん…盗撮犯かと思ったよ」そう言うと女子は、けらけらと笑った。

「盗撮犯だったら堂々とカメラを手に持って歩いてないでしょ。…そっちに行っても良い?」


「良いよ」



女子は裸足になってプールサイドに座っていた。

裸足の白い足はプールの水に浸かっている。

近くで見ても…やっぱり可愛い女子ひとだ。


「その…それ」ボクは息を呑む。

「ん?何?」女子は不思議そうにボクを見上げる。


「夏制服の女子が、裸足で…プールの水を蹴るシーン…」

「このシーンのこと?」


「そう。写真に撮りたかったんだ…そのシーンを」

「私を?」


「いや…裸足の女子を」

「裸足の女子?って…だから私のことでしょ」


「そういうことになる。かな」

「私を撮っても良いけど…きっと写真には写らないよ」


「写真に写らない?…なんで」

「なんでって言われても…そう言うシステムみたいだから」


「システム?じゃあ、写真を撮っても良いの?と言うか…その胸のブルーのリボン

ブルーと言うことは、二年生なの?何組?ボクはA組だけど…」


「私は…二年生ではないの。あ、一応、二年生で良いのかな…」

「そのブルーの学年カラーは二年生だよね」


「…そっか。今年のブルーは二年生の学年カラーなのね。じゃあ、一年生が赤で、

三年生が緑っていう順番だったっけ?確か」

「…うん。その順番」


「私もブルーの年だったの。だから三年間、ずっとブルーのはずだったんだ。

 ブルーは私の大好きな色だから、入学した時に学年カラーをブルーだと聞かされて、すっごく嬉しかったんだ」

「……。」


「でも、二年間しかこのブルーのリボンをつけていられなかった」

「…君の名前を訊いても良い?もしかして…美海みう、さんですか?」


「わー、私の名前知ってるんだー、すっごい!私って、もしかして有名人?」

やはりか。写真に写らないとか、二年間しかリボンをつけていられなかったとか、

まるで自分はもうこの世界に居ない。みたいなことを言っていたから、

 …まさかとは思ったが。




 今からちょうど三年前の夏―。

 この学校のこのプールで女子生徒が亡くなるという水の事故があったと、聞いたことがあった。

 亡くなったのは当時二年生の女子だった。

 …確か―、苗字は思い出せないけど、…美海さんと言う女子だった。


 ボクは当時まだ中学生で、これから自分が進学する高校で水難事故があったと言うので、臨時の父兄会が開かれ、うちの母が出席した。

 その時に亡くなった女子がいたという話を聞いた記憶があった。

 あの時の女子に間違いない。


 でもその…亡くなった女子が、美海さんが何故今ここに…。


「あの…美海さんって、三年前に…」

「そっかー、あれからもう三年かー。なるほど。そうかそれでか。丸っと三年前だから君のカッターワイシャツも襟元にブルーの差し色が入ってるんだね。ということは、君も二年生ってことだ。だったら同級生だね。うん」


「いや、同級生というか、美海さんは…先輩ですよね?」

「いやいや。私はもう歳を取らんのよ。だから君と同じ歳の同級生ってことだね」


「ということは…美海さんは…幽霊なのですか?」

「うん。そうだね幽霊と言うことになるね」


「自分が幽霊って、受け入れてるんですね。亡くなった事、ご存じなんですね」

「ご存じっというか、現場にいた当事者だから。私」



 ボクは今、目の前で起こっていることを信じることが出来なかった。


 自称、幽霊と言っている美海さんがボクの目の前にいて、ちゃんと普通に生きている人と同じように会話もしている。



そして、足も…白くて細くて……


「あ、君、今私の足をジーって見てたでしょー、エッチだよ、それ」

「す、すみません。でも…美海さんが幽霊なら、見ても良いのかなって…」


「だーめでしょ。幽霊だからって、ジロジロみちゃいかんでしょ。逮捕だよ」

「でも、写真撮っても良いんでしょ?」


「うんまあー、だから写真は撮っても良いけど写らないって言ったでしょ」

「そう言うシステムなんでしょ?」


「あー、そうそう、そう言うシステムなのよ」

 それじゃ…と言い、ボクは美海さんの足を、プールに投げ出した裸足の白い足を

ファインダーから覗いた。

 ちゃんと見えている。見えているんだからか…絶対に写るはずだ。

 そう言い、シャッターを切った。

 そのキレイな横顔にも、何度もシャッター切った。


「ねえ、どう?私、写ってる?」

「いや…現像しないとわからない。デジカメじゃないから直ぐに分からないんだ。帰ったら急いで現像するから、今日の夜にはわかる。写っているかどうか…」と、ボクがカメラを確認しながらそう言い、ふと顔を上げると、美海さんはボクの目の前から消えていなくなっていた。



美海さんは本当に幽霊だったのか…。



ボクは今日放課後に起きたことを、思い出していた。

美海さんのキレイな横顔、白い裸足の足を…。


あんなキレイな女子の幽霊っている?

いや。いるはずがない。そもそも幽霊なんて…



母が、光を完全に遮断した現像用の暗室から出て来くると、笑顔でボクに言った。

「お待たせー。現像が出来たわよー。まだ定着液が乾いてないから、こっちの部屋へは持ってこられないけど、中に入って来れば見られるわよ。見る?…でもこの子、

すごくキレイな子だねえ。七瀬ちゃんではないみたいだけどー、もしかして、新しい彼女さん?七瀬ちゃんとはもうお別れしちゃったの?」


「あ、お母さんー、七瀬は関係ないって。その子はたまたま今日プールサイドにいた女子なんだ。美海さんっていう女子で…」

「“みう”さん?」


「そう。美海さんって言ってた」

「このみうさんって子、同じ学校の子なの?同級生?」


「あ、うん…。同級生というか、先輩というか…自分のこと、ゆ…、幽…、あ、いや。よく分からない。でも写真に写っていて良かったよ」

「写真に写るに決まってるでしょ。ちゃんとファインダーに被写体を収めて、シャッターを切ったのでしょ。だったらちゃんと写るわよ。まさか幽霊でもあるまいし」


「あっ…そのまさかなんだけど…あ、いや、まあ、そうなんだけど。写らない場合もあるのかなって」

「写真に写らないなんて聞いたことないわ。私もね、学生の頃から写真が好きで、ずっと自分で現像して来たけど、今まで写真に写らないなんてこと、一度もなかったわよ。でもこの子の写真をこんなに撮るなんて、よっぽど可愛いかったのかな?

七瀬ちゃんに行っちゃおうかなあー。七瀬ちゃん、怒るかなー」ふふふと母はボクを揶揄うように笑った。


「ちょっと、そう言うの辞めてよー」

「それで、この子のことは七瀬ちゃんには内緒にするつもりなの?」


「うん。まあ内緒にすると言うか、言わない…つもり」

「それで?」


「それでって?」

「だから、…七瀬ちゃんの事を裏切ったりはしないよね?」


「裏切るというか…美海さんには次にいつ会えるか分からないしー」

 母は笑顔を消した真剣な目でボクに言った。

「明日もう一度現像してあげるから、また写真を撮って来なさい。

 みうさんでも七瀬ちゃんでも本当に好きなほうを撮って来なさい。いいね」



 ボクは次の日の放課後、彼女をプールサイドに呼び出した。

 プールには昨日と同じように澄んだ水がいっぱいに入っていた。


 ボクは彼女に、裸足になってプールサイドに座って欲しいと告げた。

 彼女は、靴下を脱いでプールサイドに座った。制服のスカートが濡れないように、両手でギュッと押さえながら、プールに裸足の足を片方ずつ、ゆっくりと入れる。

「冷たっ」そう彼女は言い、ボクに笑顔を見せる。

 ボクは覗いたファインダーに、世界で一番可愛い笑顔を見つけた。

「最高に可愛いな」と言いボクは一回目のシャッターを切ると、彼女はもう一度可愛い笑顔を見せた。

 そして「私の勝ち。ってことで良いのかな」と笑った。


「七瀬が負ける訳ないだろ。相手はただの幽霊だぞ」ボクはそう言うと、

もう一度、七瀬の投げ出したキレイな裸足の足を、ボクのファンダーが捉えていた。

                                

                                                                        Fin

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裸足の女子に恋をした 浅川 六区(ロク) @tettow

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