皚々

緋舒万燈剣

皚々と咲う

 曰く、春に咲く華々しい桜の花は、冬の厳しい寒さを耐え抜いた桜の木に実るのだとか。


 それは、梅の花も同じ?


 曰く、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの書いた人魚姫は、悲喜劇なのだとか。

 

 悲喜劇って何?


 曰く、好きな人ができたら、春先に想いを伝えるのがいいのだとか。



 ――あぁ、もう少しで春だね。




「やっぱり、タキくんは物知りだね」

「そうでもないよ」


 僕の名前は、タキト。だから〝タキ〟は単なる愛称。

 そんな僕の隣を歩くこの人は、ミヤカさん。

 いつも可愛くて、隣にいると必ずいい香りがする。


「ミヤカさん、そっちでしょ?」

「そうだけど、今日はタキくんをお家に送ってあげたい気分。ダメかな?」


 少しドキっとした。


「……まぁ、いいですよ」

「ありがとっ!」

「雪が溶けてきたって言っても寒いから、ちゃんと体温めた方がいいと思いますけどね」

「じゃあ、手。繋いでよ」

「そういうんじゃなくて、早く家に帰れってことです」

「もー、タキくんのケチ!」


 そう言いながら、地団駄を踏むミヤカさんは子どもみたいだ。


「……しょうがないですね」

「じゃあ、いいってこと?」

「……はい」


 やったー!と言い、僕に手を差し出してくる。

 自転車を押す右手を離して、喜ぶ声に呼応するようにその手を握りしめると、微かに優しい温かさを感じた。


「冷えてるじゃないですか」

「えへへ」


 ミヤカさんの笑顔は、橙色の夕日と皚々がいがいしく輝く雪に反射して、どんな名画より美しく見えた。


「……桜」


 僕は、桜の木に実った蕾に目を移して意味もなくひとりごちた。


 ふと、ひとひらの花弁が僕の頬を撫でる。


「ねぇ、タキくん。春が来たよ」

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皚々 緋舒万燈剣 @sakuraba_seugen

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