【ショートショート】就活で落ちまくった私が見つけたもの | 日常系

雨音|言葉を紡ぐ人

第1話

大学四年生の春。私はスーツケースを引きずりながら、東京駅の人混みを歩いていた。

今日は第一志望の大手商社の最終面接。三次面接まで進めたのは、正直自分でも驚きだった。

「絶対に合格する」

そう心に誓いながら、面接会場に向かった。

あの頃の私は、まだ希望に満ちていた。

就活解禁と同時に企業説明会に参加し、エントリーシートを何十社も書いた。大学の就職課にも通い詰めて、面接練習も重ねた。

周りの友達と「お互い頑張ろうね」なんて励まし合っていた。

でも、現実はそんなに甘くなかった。



最終面接の結果は、不採用だった。

「今回は残念ながら...」

電話でそう告げられた時、頭が真っ白になった。

それから続いたのは、不採用の連続だった。

二次面接で落ちる。一次面接で落ちる。書類選考で落ちる。

時には、エントリーシートすら見てもらえずに、お祈りメールが届いた。

「貴方の今後のご活躍をお祈りしております」

そんな文面を何度見たことか。



五月に入ると、周りの友達がぽつぽつと内定をもらい始めた。

「○○商事から内定もらった!」

「私も、△△銀行に決まった!」

そんな報告を聞く度に、胸が締め付けられた。

「すごいね、おめでとう」

そう言いながら、心の中では劣等感がぐるぐると渦巻いていた。

なんで私だけ決まらないんだろう。

私には何が足りないんだろう。



六月になっても、状況は変わらなかった。

面接に行く度に、自信がなくなっていく。

「なぜ弊社を志望されるのですか?」

そんな基本的な質問にも、うまく答えられなくなっていた。

本当はわからなかった。なぜその会社に入りたいのか。

大手だから。安定してるから。世間体がいいから。

そんな理由しか思い浮かばない自分が嫌になった。



「就活、どう?」

実家に帰った時、父がそう聞いてきた。

「まだ決まってない」

そう答えると、父は心配そうな顔をした。

「大丈夫か?もう六月だぞ」

その言葉が、余計にプレッシャーになった。

母も気を遣って、何も言わずに私の好物を作ってくれる。

そんな両親の優しさが、かえって辛かった。



大学でも、居場所がなくなっていた。

既に内定をもらった友達たちは、卒業旅行の計画を立てている。

就活の話題になると、みんな気を遣って話を変えてくれる。

その気遣いが、私にはより孤独感を与えた。

「私も早く就活を終わらせたい」

そんなことばかり考えていた。

でも、なぜか面接では失敗ばかり。

自分でも何がダメなのかわからなくなっていた。



七月に入って、ついに心が折れた。

その日も、期待していた会社から不採用通知が来た。

部屋で一人、声を殺して泣いた。

「もう嫌だ」

何もかもが嫌になった。

翌日から、就活を休むことにした。

スーツを着るのも、面接に行くのも、全てが億劫になった。



一週間、家にこもっていた。

バイト先の先輩から連絡が来た。

「最近顔見せないけど、大丈夫?」

その先輩は、高校卒業後すぐに働き始めた人だった。

「就活がうまくいかなくて...」

そう正直に話すと、先輩は意外なことを言った。

「就活だけが人生じゃないよ」

「私も最初は大学に行けなくて悔しかったけど、今は自分の選択に満足してる」

その言葉に、はっとした。



先輩の言葉をきっかけに、バイトに復帰した。

そこで改めて気づいたことがあった。

バイト先のお客さんや同僚との何気ない会話が、とても楽しかった。

「いつもありがとう」

「君がいると、お店が明るくなるね」

そんな言葉をかけてもらう度に、温かい気持ちになった。

面接では評価されない私も、ここでは必要とされている。

そのことが、少しずつ自信を取り戻してくれた。



八月になって、就活を再開した。

でも、以前とは違うアプローチで臨んだ。

大手企業ばかりではなく、中小企業も見るようになった。

企業規模よりも、その会社で何ができるかを重視するようになった。

すると、面接での受け答えも自然になった。

「なぜ弊社を?」という質問に、心から答えられるようになった。



ある中小企業の面接で、印象的な出来事があった。

面接官の方が言った。

「君は、人を大切にする人なんですね」

「どうしてそう思うんですか?」

「話し方や表情から伝わってきます。きっと周りの人を大切にしてきたんでしょう」

その言葉を聞いて、涙が出そうになった。

初めて、私の人柄を評価してもらえた気がした。



その会社からは、後日内定をもらった。

でも、不思議と飛び上がるほど嬉しくはなかった。

むしろ、ほっとした気持ちの方が大きかった。

「やっと就活が終わる」

でも同時に、この数ヶ月で自分なりに成長できた実感もあった。

落ちまくった経験が、私に大切なことを教えてくれていた。



内定をもらった会社は、従業員50人ほどの小さな会社だった。

地域密着型の事業で、華やかさはない。

でも、面接で会った社員の方々は、みんな生き生きとしていた。

「うちは小さい会社だけど、一人一人の存在感は大きいよ」

そう言われた時、ここで働きたいと心から思った。

大手企業への憧れは確かにあった。

でも、今の私には、この会社が一番合っている気がした。



九月になって、就活を完全に終了した。

まだ就活を続けている友達もいたけれど、私は清々しい気持ちだった。

「もっと早く内定をもらえれば良かったのに」

そう言う人もいたけれど、私はそうは思わなかった。

この苦しい時間があったからこそ、見えてきたものがあった。

自分にとって本当に大切なことが何なのか。

働くということの意味が何なのか。



振り返ってみると、最初の頃の私は表面的だった。

企業の名前や規模ばかりを気にして、自分が何をしたいのかを考えていなかった。

でも、落ちまくったおかげで、自分と向き合う時間ができた。

私は人と接することが好きで、誰かの役に立ちたいと思っている。

そんな当たり前のことに、ようやく気づけた。





卒業式の日、就活で苦労した友達と話した。

「あの時期は辛かったけど、今思えば良い経験だったよね」

「そうだね。自分のことを知るいい機会だった」

私たちは、お互いの苦労を労い合った。

就活で落ちまくった私が見つけたもの。

それは、内定という結果だけではなかった。

自分の価値観。人との関わり方の大切さ。

そして、失敗しても立ち上がれる強さ。

華やかな成功談ではないかもしれない。

でも、私にとっては、とても価値のある経験だった。

今働いている会社で、私は充実した日々を送っている。

お客様からの「ありがとう」という言葉が、何よりも嬉しい。

同僚たちとも、家族のような関係を築けている。

もし最初に大手企業に受かっていたら、今の私はいなかっただろう。

就活で落ちまくったことを、今では感謝している。

遠回りだったかもしれないけれど、その道のりがあったからこそ、今の私がある。

人生に無駄な経験なんて、きっとないのだと思う。

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