「幽霊(ゴースト)アプリ」1話完結

あおっち

弟の死。


 僕は、坂本葵(アオイ)。

 

 僕は、そう呼ばれることに少しずつ慣れてきた。

 

 今日で、事故で亡くなった双子の兄、坂本紫郎(シロウ)の四十九日法要は無事に終わった。


『亡くなったのは兄のシロウ。』


 だと思われているが、それはこの世のたった一人の人間、僕だけが知る秘密だ。

 

 その夜。

 

 僕はいつものように、シャワーを浴びてきた。

 

 ドライヤーで髪を乾かそうとした時、携帯が鳴った。

 

( シャカシャカシャカ♪ )

 

 母からの電話だ。

 僕は濡れた指で画面をスワイプし、その瞬間を待った。

 

( ピコン♪ )

 

 顔認証の音。

 アオイの携帯は、僕の顔を読み込めた。

 

 いつも通り、僕(シロウ)の顔でアオイのスマホのロックは解除された。

 

「あー、母さん?」

 

 僕はもちろん、「弟アオイの声」を意識して返事をした。

 

(ちょっとアオイ、あんたもう着いたの?)

 

「あー母さん。さっき着いたよ。」

 

(ご飯は?食べたの?)

 

「え?食べたよ。新幹線の中で。もらったおにぎり食べたよ。」

 

(そう。ならいいけど。叔父さんも言ってるけど、あんたが痩せたせいで余計死んだ兄ちゃん(シロウ)と区別がつかなくなったって!あはは。まあ、いいけど。ちゃんと食べんと。)

 

 胸がチクリとする。

 

 叔父さんの言葉は、僕にとって最高の公的なカモフラージュだ。

 

 僕は今、弟として生きている。


 彼らから見れば僕は「痩せて兄(シロウ)に似てきた弟(アオイ)」でしかない。

 

 少しホッとした。

 

「ふっふふ。」

 

(ふっふふって、死んだシロウの真似しないで。びっくりするわ。」


「あっ……。」


 一瞬焦る。


「違う、違うって。あはは!食べてるって。ところで、あー、まだ叔父さんたち起きてるの。酒盛りしてるの?」

 

(……今日は泊まって明日朝、帰るみたいだよ。車で来た人たちは箱崎の渋滞に引っかかってるってさ。あんた着くの早いわ。みんな新幹線で来たら良かったのにね。)

 

「あー、新幹線も日曜日だから混んでたけどさ。なんとか自由席で座れたけど。」


(そうなの。ふぅ〜もう、母さんも風呂入って寝るよ。アオイ?また段ボール送るから、食べたい物とかあればメール頂戴。カオルちゃん(彼女)が食べたい物でもいいからね。)


「……。」

 

 僕の喉が詰まる。


 カオル。


 このアオイの人生を乗っ取った最大の理由が、憧れのカオル。

 

「あー、はいはい。わかったわ。あーじゃね。」

 

(はい、お休み。じゃ!……プープー。)


 いくら母親とは言え、シロウの真似しないでと言われるて、ドキッとした。

 

 ふっふふと、この笑う相槌あいづち、治さないとマズい。


  * *

 

 今日もなんとか、僕の事をバレずに終わった。

 コロナ禍でマスクをしてたが、みんなの前ではもの凄く緊張した。


「ハーッ……。」

 

 電話を終え、ソファに倒れ込んだ!


 バタンッ!


「……スー、スー。」

 

 僕、シロウは疲れ果てていた。

 完璧なアオイを演じることに。


  * *


 僕は。

 あの時の夢を見ていた。

 正確には、夢ではない。

 あれは、このアオイの人生を乗っ取るきっかけとなった、現実の記憶だ。


 アオイは、車でカオルを駅まで迎えに行った。


 それも、僕の携帯を間違って持って行ったんだ。


 突然の豪雨だった。


 雨で見通しが悪い中、アオイの車は突然道路に飛び出した歩行者を避けて、橋の欄干らんかんに、激突した。

 

 そして、車は炎上しアオイは亡くなった。

 

 それも、僕の携帯を持ったまま亡くなったらしい。

 

 顔認証後、恐らく駅に居るカオルへ電話を掛けたのだろう。

 そう、後から警察から聞いた。

 

 おっちょこちょいな所があるアオイ。

 財布も、中の免許証から全て僕の部屋に忘れていった。

 

 身元を証明するには、あの時、現場にあった僕のスマホしかなかった。

 

 アオイの遺体は、車内火災でかなり傷んでいたらしい。

 

 公的には、無免許運転で兄の紫郎(シロウ)の僕が、事故死したことになった。

 

 母は保険が降りず、市の役人と揉めたようだが、結局は事故の罰金と橋の欄干らんかんの修理だけで何事もなかった。

 

 まだ、コロナ禍の最中で身内だけで葬儀を早急に終わらせたのも幸いした。

 

 僕も含めてみんながマスク着用だった。

 このマスク着用が1番の恩恵だったかもしれない。

 

 身内の者すら、僕をアオイと信じて疑わなかった。

 

 そして、カオルも。


 悲しむ僕をカオルが、落ち着いてから僕のアパートまで来てくれた。

 そして、念願の関係も持てたのだ。

 

 最高の気分だった。

 

 やっと……。

 

 僕は、生まれてからずっとアオイの人生のただの影でしかなかった。

 

 ところが、アオイの死と引き換えに、アオイの人生という光を与えられた。


 それも、長年憧れた「カオル」という彼女付きの人生にリセットされたんだ。

 

そんな、夢だ。

 

  * *


 僕は、額に汗をかきながら跳ね起きた。

 

 あの夜の雨の音が、まだ耳の奥に残っている。


( ピコン♪ )


「ん?」

 

 顔認証の音。

 改めて枕元のスマホを見た。

 電源は落ちているはずなのに、画面は再びピコンと音を立てた。


( ピコン♪ )


「なにっ……?」

 

 だが、画面は真っ暗なまま。

 顔認証のためのインカメラのセンサーライトが一瞬、青白い光を放ったのが見えた。


「うわっ!」


 驚いて、部屋の明かりをつけた。

 周りを見る勇気もなかった。


 なんとなく、人の気配を感じるのだ。

 

 しかも、勝手に顔認証でスマホが開いたのだ。

 

 僕の顔をスマホに当ててないのに。

 

 更に恐怖が襲ってきた。


( もしかしたら、天井にアオイが浮かんでいるかもしれない! )


 そう思うと、震えが酷くなってきた。

 

 ガタガタガタ……ガタガタガタ……

 

 思い切って声を出した。

 

「僕の気のせいだ。ただのバグだ。ふっふふ。湿気か、ショートだ…ホームボタンのあるスマホなら指紋認識で開かないのに。顔でなんて、絶対嘘だ……。」

 

 無理やり、そう思おうとした。

 声を出すのをやめた後の静けさ。

 余計、シーンとなる室内。


「……。」

 

 鳥肌が全身に立った。

 

 僕はベランダのカーテンを閉じないで寝たのを思い出した。

 

 大きなベランダのガラス窓なら浮かんでいるアオイの霊の姿が見えるかもしれない。


 そんな想像をすると余計怖くなった。


「うわぁ、ゴクッ……。」


 カーテンの裾をゆっくり横目で見た。


 裾は、大きく左右に別れたままだった。


 勇気を出してカーテンを閉じようと思った。


「いち、にーの、さん!」


( シュー!……シュー! )


「よしゃ!閉めた。よし!」


 僕は、閉めたカーテンの前に立った。

 

 体を動かすと、恐怖が和らいだようだ。


 その勢いで、天井や壁をワザと顔を向けてジロジロ部屋中を見てみた。

 

 1人で騒いで、なんか段々、馬鹿らしくなってきた。


「幽霊なんている訳ない。ふっふふ、あははは!」


 この日以来、アオイの幽霊騒動はなかった。


  * *

 

 僕は、大学で始まった就活が忙しくなり、幽霊の事など完全に忘れていた。


 1か月もすると、バイトて就活の多忙な生活にもだいぶ慣れて落ち着いて来た、

 そんな週末。

 

 アオイになりすました僕は、カオルと駅前のカフェで会っていた。


 カオルは少し疲れた顔で、僕の顔をじっと見つめた。

 

「ねぇアオイ。アンタ最近、なんか違うよね。」

 

「え、何が?」

 

「なんていうか…前のアオイは、もっとこう、優しかったっていうか。不安そうな顔してたけど、今はすごく自信満々で、嫌な感じ。シロウ君みたい。」

 

 胸を刺された僕は、慌てて弟のアオイらしい笑顔を貼り付けた。

 

「あー多分、何社か内定もらって、調子に乗ったのかなぁ。あー、ごめん。一方的に話ししてさ。カオルは疲れてるんだよね。自分の事ばかりで、ゴメン。あー、そうだ体調はどう?なんか先週さ、叔母さんがカオルの体調すぐれないとか……。」


「う〜ん。お風呂上がりに、たまに貧血とか、」


「あーマジ?クラクラってくるの?」


「そう……夜中に汗をかいて起きるの。あと、お腹が痛くなると言うか、」


「カオル……大丈夫?そこまで体調悪いんだ。ゴメン、自分の事ばかり考えてた。ゴメン。」


 いつもの、謝ってばかりのアオイを感じて少し安心してニッコリするカオル。


「うふふ。う、ううん。いいの、アオイ。ただ……体調のせいだから、アオイに言うかどうか迷ったんだけどぉ。今月は、まだ生理……、」


 カオルが大事な事を言おうとした時、スマホから、着信音が流れて来た。

 

( シャカシャカシャカ♪ )


 内定先の人事担当者からだった。

 

「あー、カオルちょっとゴメン!」


 立ち上がって、席を離れて明るく担当者と話をした。


 その後ろで、カオルは頬杖をついて微妙な顔をしていた。


「……兄弟だから似るのかなぁ。私の話も聞いてくれないし。ほんと死んだシロウ君みたい。もぅ、馬鹿アオイ。カオルさんはご立腹ですよー!だ。ふん!馬鹿アオイ。」


 何気なくお腹をさすりながら、氷が入ったジンジャーエールに差したストローを、つまんで飲むカオルだった。


  * *

 

 その日の深夜ーー。

 

 アパートの部屋で一人、シロウは再び恐怖に震えていた。


「また、アオイかよ!勘弁してくれ!頼むよ。なんで、また今日なんだ。」


 シロウは、毎晩繰り返される顔認証の音に、すでに精神をむしばまれていた。


 彼はスマホを冷蔵庫に入れた。

 分厚い扉を閉める。


( バタンッ。)


「ふっふふ。」

 

 ……これでいい。

 電源が勝手に入ることはないだろうと。


 しかし、数分後。

 

 冷蔵庫の奥から、微かに「ピコン♪」という顔認証の音が聞こえてきた。


「……もぅ、もぅ。勘弁してくれ……。」


 シロウは、もう物理的な手段は無力だと悟った。


 恐る恐る冷蔵庫を開けると、スマホは冷蔵庫の中でインカメラのセンサーライトを青白く光らせ、ロックが解除されたホーム画面で止まっていた。


 画面には、通知もアプリもない、静かなホーム画面。

 ただ、ロックが解除されている。


 シロウはスマホを掴み、その無言のホーム画面を凝視した


 そして、シロウがロックをかけると、一瞬の間もなく再び「ピコン♪」という認証音が鳴り、ホーム画面に戻る。

 

 シロウの顔は画面に向けていない。


 ロックをかけるたび、無言で、即座に、顔認証が突破される。


 シロウは、この顔認証の突破こそが、死んだ弟が自分に突きつける、無言の「お前は偽物だ」という告発なのだと悟った。


 シロウは、ゆっくりと、スマートフォンをポケットに仕舞い込んだ。


 弟の存在に永遠に囚われる恐怖と、カオルを失う焦燥が混ざり合ったまま、シロウは一晩を過ごした。


  * *


 バイトから帰ってきたシロウ。

 

 落ち着いた時、突然。

 

 母親から電話が来た。

 

( あんた、知ってたのか?カオルちゃん、3ヶ月だって! )


「あー、母さん。え?何が3ヶ月。」


( バカ。カオルちゃんのお母さんから連絡あって、妊娠3ヶ月だって!もう、あんたたちは。)


「え!母さん、マジ。」


(あんた、まだ学生でどうするのさ!)


「いや……突然に。ちょっと待って!」


(……アオイ、なんで泣かない?こういう切迫詰まったらいつも情けなくなるだろ?もしやあんた、シロウなのか!)


「……。」


(……やっぱりシロウだったか。……しかし、シロウ!お前、なんと言う事しでかした!もう。カオルちゃんは他人様の娘さんなんだから、しっかり考えなさいよ。いい!シロウ!……プー、プー、プー。)


「あ、あ、あ、あーっ!あーっ!どうしよう!あーっ!」


 母親とは言え、正体がバレてパニックになるアオイに扮した、


 シロウ。


 しかし、僕はここでおかしな感情が芽生えたのだ。

 

 それは母親に対する殺意だった。


  * *


 翌る日、病院から帰宅したカオル。


 カオルは、「つわり」がまた来てソファーに横になって眠った。

 

 どれ位、寝たのだろうか。

 

 目が覚めテレビをつけた。


 ウトウトしながらニュースの音声を聞いていた。


「?」

 

 カオルに聴き覚えのある名前が聞こえて来たのだ。


( ……重症なのは坂本マツエさん58才。台所で血を流し倒れている所を近所の方に発見されました。)


「マツエさんって……、アオイのママ……えっ!」


 横になったまま、目が覚めるカオル。

 

 びっくりしてソファーの上に起き上がった。


( ……犯人の長男、坂本シロウ容疑者は、マツエさんの腹部を包丁で刺して逃亡……、)


「えー!ウソ、ウソ、ウソッ!」


( しかし犯行に及んだのは、これは驚きですね。容疑者は、今年4月に死んだハズの長男の坂本シロウ21才学生との事です。坂本シロウ容疑者は、コーヒーハウスに居る所を警察官に…… )


「あ、あ、あ!」


 驚くカオル。

 全身から汗が吹き出した。


( ……警察によると指紋照合で一卵性双生児の兄、坂本シロウ容疑者と判明したとの発表です。)


 映像には、警察官に囲まれたまま車に乗るアオイが映っていた。

 

 帽子をかぶり、マスクをしている。

 

 容疑者がカメラ側をチラッと見たところで、静止画像がアップされた。


「あー!ウソーッ!ううっ……。」

 

 いきなり吐き気を催すカオル。

 

 洗面所に走って行った。

 水を流しながら嘔吐した。


「(ジャー)オェー!」


 テレビの解説が聞こえてくる。


(……双子は一卵性でも解剖学的にも指紋は違うんですね、へー初めて知りました。


(……顔認証では、全くわからなかったんですね、現在のハイテクの盲点をついた犯行と言えるでしょうね。 )


 流しの床に泣き崩れるカオル。


(……3ヶ月間、家族とかは容疑者の兄、シロウが弟に成りすましているのをわからなかったんですかねー。)


 放心状態でニュースの解説を聞いているカオル。


(……あはは、少し前の携帯なら指紋認証ですぐバレたんでしょうね。)


 自分の指を見るカオル。


(……母親のマツエは意識が回復したとの事なので、警察は、今後この親子の事情を聴取する予定……)


 その時、カオルは過去を振り返った。


「あーっ!」

 

 思わず声を出し、両手で顔を塞いだ!

 

 カオルの脳裏に、アオイの事故の直前、そして直後に、アオイとシロウそれぞれで過ごした夜の事が鮮明にフラッシュバックした。

 

「え、この父親は誰なの……うそっ!」


(( イヤーッ! ))


お腹を抱えて倒れるカオルだった。


( ドタッ。 )

 


※ あおっちのプチセン 第1弾 終話。

 

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