尻拭いサンタの憂鬱な聖夜

ゆいゆい

第1話

 サンタの仕事は至極単純だ。欲しいものを確認し、それに該当した物をあげて終了。ただそれだけ。サッカーボールが欲しいなら4号球あたりのそれを渡せばいいし、ゲームが欲しいならヒット作『象の背中にある翼』を与えればまず問題はなかろう。

 だが、サンタを困らすような願いを書いてくる場合が稀にある。近頃は願い事をXにて受け付けている故に、困った願いが来たとしても余裕をもって解決できるのだが、今でも大きな靴下に欲しいものを書いた紙を貼り付ける、アナログ式なやり方を採用するチルドレンがかなりいる。もしも家屋に忍びこんでその願いを確認したところ、とても自分では解決できないケースだった場合にはそのサンタは何もせずに立ち去ってしまう。そして、そういった訳あり案件はすべて尻拭いサンタこと、通称クリムゾンサンタが快刀乱麻の如く解決していくのだ。


 クリムゾンサンタは世界に何千人いるサンタのなかで1人しかいない。そして、どのサンタからも崇められた存在である。ただし、その判断力の難しさやら精神面のダメージやらで、誰も率先してやりたがらない。現在任命されているクリムゾンサンタが歴代で唯一、自分からやりたいと挙手した存在ではなかろうか。


「にしても今日は冷える」

 クリムゾンサンタが手のひらに息を吹きかける。ソリに乗り始めたばかりであるが、気温はマイナス2℃。手袋をしているといえど、その寒さは身体に応える。なお、彼の服装は全身黒ずくめで手に持つ大きな袋も真っ黒だ。おまけにソリを引く2頭のトナカイも暗黒色で、これはクリムゾンサンタは目立ってはならないという理念からきた伝統である。事実、地球人は誰一人クリムゾンサンタの存在を認知していない。


 サンタの禁則事項に、侵入時誰にも見つかってはならないというものがある。サンタはひっそりとプレゼントを置き、そして退出するのが大前提と定められている。

 クリムゾンサンタ(以下クリムゾン)は、最初の家屋に着くや否や、まず睡眠噴霧剤を手に取る。それを窓の隙間に差し込み、すぐさま噴霧。ハイスペックのこのマシーンはものの1〜2分で室内を睡眠剤まみれにし、中にいる子どもを深き眠りに誘う。その間2匹のトナカイは窓のピッキングをし、侵入経路をクリムゾンに提供する。なお、噴霧剤を吸ってしまわぬよう、クリムゾンはガスマスクを装着している。

「桜木大翔ひろと。君は何を願うのか」

 クリムゾンは靴下のなかをがさごそする。彼がこなす訳あり案件は、別のサンタが先に目にしていることもあってその内容をサンタ協会が把握しているものの、あえてそれを事前に聞かないようにしている。願い事や子ども達の姿をその場で見てプレゼントを決める。それが彼の流儀なのである。


"ぼくは運動会の徒競走でいつもビリです。もう走りたくありません"

 さて、どうしたものか。クリムゾンは黙考する。

袋に手を伸ばしてまず手に取ったのが、ミズキ社のランニングシューズ「クロノスタシス」20.5cmであるが、すぐ袋に戻した。多分、多少いい道具を渡したところで付け焼き刃であり、この少年はまたビリになってしまう可能性が高い。では、どうしようものかと苦悩する。

 クリムゾンが手に取ったのは大きさ約30cm四方ほどのダイナマイトだ。ここまでよ思考時間、およそ14秒。一緒にライターと取扱説明書を添え、"これを学校で使えば運動会は中止になるよ。ビリにならずに済むね"とメッセージを残し、彼は窓から飛び去った。


「工藤樹起亜じゅきあ。君は何を願うのか」

 1軒目のノルマを終えてまた22秒。彼は2軒目に侵入している。サンタが1軒目の処理をしている最中、トナカイが時空を駆けて2軒目のピッキングを済ませ、睡眠噴霧剤を散布してしまっているのだ。トナカイが時空を疾走できるのは有名な話で、これがなければサンタ達は一晩ですべての家屋をまわりきることなど無理難題なのである。まさにトナカイさまさまと言ったところか。

"サンタさん、どうかお父さんを殺してください"

 小柄な少年で、小学5年生くらいだろうか。手軽に使えるナイフやロープを渡そうか。いや……クリムゾンはサンタ協会本部に電話を入れ、少年の情報を得る。少年の父親は身長182cmで現役柔道家、とても少年には勝てない相手だ。

 12秒の思考の末、クリムゾンが靴下に入れたのは手榴弾だ。もちろん取扱説明書を添えて。"サンタには人は殺せません。それを使って君の夢が叶いますように" さして感情のこもっていないメッセージカードを加え、クリムゾンは姿を消した。


"どうかさきをおかねもちにしてください"

 そうメッセージを記していたのが狩野さき、字を見るに小学1年生だろう。クリムゾンはため息をついた。何故こんな簡単な依頼が私のもとに回ってくるのだろう、そう彼は考える。私にたまには易しい案件を与えてやろうという配慮なのか。

 彼はベッドに横たわる少女を両手で抱え、床に置いていた大きな袋のなかに押し込んだ。袋のなかは四次元になっており、好きなプレゼントは取れることはもちろん、好きな場所に移動できる力を有している。

 狩野さきは石油王の養子になるべく、中東へ消えた。これで明日から彼女はお金持ちだ。安堵した彼は主のいなくなった部屋を後にした。


 それからも彼は何百軒の家屋を巡り回った。もっとも、より休む間もなく稼働しているのは噴霧剤、ピッキング、移動を迅速にこなす2匹のトナカイのほうなのだが。

 ちなみに言えば、夜空をトナカイが優雅に駆けている姿を目にしたことがある人がいるかもしれないが、あれは一種のパフォーマンスである。時空を行き来できるトナカイには、空を飛ぶ合理的理由は存在しない。


"じゅきあ君を殺したいです。サンタさん、よろしくお願いします!!"

 すっかり見慣れたものだが、クリムゾンが相手にする案件は物騒なものが多い。クリムゾンは少年に手渡すベレッタ81を取り出そうとしたが、ストックが尽きたことに気がつく。今宵だけでベレッタを8挺プレゼントしており、在庫がなくなってしまったのだ。さて、どうするか。

 そこでサンタはあることに気づいた。そして本部に電話し、状況を把握する。そのうえで、自分が何もしなくてよいことを悟った。

 君が殺したいと願う工藤樹起亜には先ほど手榴弾を手渡した。彼がそれを用いればあわよくば相打ちになって即死するか、そうでなくても社会的死は免れないだろう。よかったな。君の夢は既に叶っていたのだ。

 クリムゾンは満足し、すやすや眠る少年に手を振った。


 そして最後の1軒に辿り着いた。夜明けも近いが、このままいけば問題なく終わるだろう。

 布団にくるまっていたのは小学3年生くらいの少年。名を風見あおという。彼の願いをちらっとみるや、クリムゾンは思わず眉間に手を当ててしまった。

"さんたなんてきらいだ。死んでしまえ"

 クリムゾンはため息をついた。サンタへの冒涜はたとえ子どもであろうと死罪だ。クリムゾンは常々そう考えている。彼は既に袋からコンバットナイフを取り出していた。それを少年の頸部に当て、返り血を浴びぬようなポジショニングを取っていざ頚動脈を切らんとする。

 そこではたと気がついた。先代のクリムゾンから教わった引き継ぎを、何故かこのタイミングで想起したのだ。「子ども達とは文でしかやり取りできないから誤解をしてしまいやすい。プロのサンタは時間がないなかでもきちんと状況を確認したうえで、間違いのないようにプレゼントを渡すべきなのさ」。もっとも、この文言を残した先代は重大なプレゼント譲渡エラーを引き起こし、左遷させられてしまったのだが。

 クリムゾンはナイフを置き、電話を片手に本部とやり取りをした。そして、自分がとんでもない過ちを犯しかけていたことに気がつく。

 君が殺したい「さんた」とは「珊汰」、君の同級生だったとは。君はずっと珊汰からいじめられており、殺意が芽生えた。だが、君は「さんた」の名前をまだ漢字で書けなかった。ふう、危うく君を殺してしまうところだった。

 胸をなでおろしたクリムゾンは靴下にトリカブトの毒を入れた。説明書もセットで。これなら子どもでも扱えるだろうと配慮して。



「クリムゾンさんお疲れ様です!」

「お疲れ様です!」

 仕事を終えてサンタの郷に着くと、すべてのサンタがお出迎えをしてくれる。数多の労いの言葉を受けながらクリムゾンは退勤処理を終え、トナカイに別れを告げた後、ゆったり帰路につく。

 今年もいい仕事がでした。クリムゾンはそう強く実感し、自宅に着いた。パジャマに着替え、シャワーも浴びずに布団に入る。来年のこの日まで、長い眠りにつくのだ。




  

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