月下に蒔く種

dede

日と月


まだ空が明けきる前に。

明るみに晒される前に。

白い月が消えてしまわぬうちに。

人知れず。


私は、種を撒く。

いずれこの地が緑で覆われるように。

祈りながら。




「これは?」


「ミントティーだよ。

 どう、良い匂いでしょ?

 今ハマっているの」


 テーブルの上に置かれた私と彼女のカップをなみなみと満たしてる、薄黄色の液体からは鼻を抜ける清涼感のある匂いが漂っている。


「どうしたの?」


「それがね!

 素敵な事に庭に生えてたの!

 風とかに乗って庭に種が落ちたのかな?

 とってもラッキーだよね!」


「そうね」


 無事に芽吹いたみたいで良かったわ。それ、蒔いたの私よ?

 ベランダの窓を見る。窓越しに見える庭に草が生い茂っていた。


「あれ、全部ミント?」


「そうだよ。ミントティー飲みたい放題。

 しかも聞いてよ!

 あの匂いのおかげで今年の夏は蚊や他の虫を見掛けないの!」


「でも」


 私は庭のぼーぼーなミントの草むらを指差す。


「草むしり、大変でない?

 聞いた事があるわ。

 『ミントテロ』といって地下茎で増えるミントは撲滅する事が難しいそうだわ」


 けれど特に困る様子もなく彼女はニコニコしている。


「別にいいんじゃない?

 気にならないし夏の間はこのままにしておくよ。

 それよりも虫が減った事の方が嬉しいな」


 そう。なら今回も失敗ね。

 もう何度目かの失敗。

 でもきっとまた画策する事でしょう。

 そして彼女を喜ばせて終わる、と。

 最近はこれでワンセットである事に慣れてしまった。



 けれど私はあなたの吠え面が見たい。



 いつだってニコニコと。

 誰にだって笑顔を振りまく。

 そんなあなたの表情が翳るところが見てみたい。

 本当に、ただそれだけ。

 今のところ成功した事はないのだけど。

 そのためにまた私は暗躍するのでしょう。

 暗がりで悪意の種を撒くのでしょう。


 ふと彼女からの視線に気づいた。


「なによ?」


「ううん、表情豊かだなって」


 彼女が私を見ながら微笑む。忌々しい。


「私はどんな顔してた?」


「怒ってた」


「ならきっとあなたのせいね」


「そっか。私の事を考えてくれてたんだね」


 彼女はより笑みを深める。


「そうだ。あなたもミント持って行きなよ。すぐ育つよ」


「結構」


 既に枯らした後なのよ。

 ここに蒔いたのはその種の余りだったのだから。

 何がいけなかったのかしら。

 土? 日照? 水のあげすぎ?

 簡単そうに見えて、難しいものね色々と。


 私はミントティーを啜った。確かに美味しかった。

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