エピローグ「SNS」―獄中のカラスから最後の手紙―

エピローグ「SNS」


―獄中のカラスから最後の手紙―


ツバメの雛は、柔らかすぎて、最初は美味しくない。

だから私は待った。

声を覚え、羽を広げ、世界に向かって「かわいい」と鳴くその瞬間を。


血と脂と匂いが、ようやくツバメの命の奥から立ち上るそのときを、狙って喰らった。


けれど、これは狩りの話じゃない。

これは、このSNSに支配された世界が「人間の心」をどう喰らってきたかの話。

そして、私たちが何をしたのかの話だ。


あなたが、今スクロールしている……その、硝子の板の向こうで、誰かの言葉が、指の腹で次々に削られていく。

誰かの悲鳴、誰かの泣き顔、誰かの血。

それでも、あなたの指はスクロールし続ける。永遠に止まらない。


ツバメとカラス。

私たちの心は、この欲とエゴに満ちたSNSの世界で、美味しく、いとも簡単に喰らわれた。


こうしている今も。

私たちの心は、削除されることもなく、

サーバーの奥深く、ログという名の骨に貼りつき、

デジタルの空を飛び回っている。

永遠のデジタルタトゥー。


二度と消せぬ、誤ちのすべて、

言葉の一つ一つが、記憶し続けられ、喰われ続けている。


そう。

顔も知らない、どこかの誰かの、いっときの空腹を満たすために……


そして今、この物語を、スマホをスクロールしながら読んでいる、

あなたの心も、相当美味しいですよ?


どうぞ、どこかのSNSのプラットフォームに、

言葉を残すときには、喰われる覚悟を忘れずに。


ここは獄中。

コンクリートの壁の向こうに、細い空気の道がある。

その隙間から、私はあなたのスクロールする指の音を、確かに感じている。  


そして、ツバメを喰らったときの匂いも、まだこの空気に漂っている。



ツバメへ


今、息をする。

この空気の中にもツバメはいる。


私は、ツバメを、これからも、一番美味しく味わい続ける。


私は、ツバメの命を飲み込みながら、生きていく。これからも……


カラス


【完】


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私達の心は、美味しい 深見双葉 @nemucocogomen

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