複体
こーいち
Knockoff
「ガキの頃さぁ、近所で変な噂があったの覚えてるか?」
居酒屋のテーブルを囲み、薄っすらと赤ら顔の裕司が昔話を始める。
幼馴染……いや、腐れ縁か?とにかく裕司とは古い付き合いだ。俺の記憶が正しければ、小学3年生の頃からか。
「ガキの頃って、具体的にいつ頃の話だよ」
「あー、たしか……中1くらい」
もう15年も前の話じゃねえか。そんなの覚えてる訳ないだろ。
──と言いたいところだが、ひとつだけ心当たりがあった。
「それって、アレか。『夕方A山の遊歩道をひとりで歩くと、自分とそっくりな奴に声をかけられる』ってやつ」
「へーぇ、覚えてるじゃねぇの」
自分とそっくりな奴、平たく言ってしまえばドッペルゲンガーだ。ガキ向けの怪談本でも、もう少しマシなオバケを用意するだろうに、俺たちの地元では“それ”がまことしやかに囁かれていた時期がある。
手元のグラスを見やると、中身が寂しくなっていた。残りのハイボールを飲み干し、店員さんを呼び止める。
「ハイボールひとつ」
「おー、よく飲むねぇ」
「いいだろ別に。……で、その噂が何だってのさ」
「ドッペルゲンガーに遭った奴がどうなるか、知ってるか?」
「アレだろ。殺されて、ドッペルゲンガーに人生を乗っ取られるとか」
何で俺は20年来の友人とこんな話をしてるんだろうか。話のネタが尽きたとしても、もう少しマシな与太話をしてくれりゃいいのにな。
グラスに並々と注がれたハイボールが、卓に置かれる。
ちょっと飲み過ぎたかもしれない。これを飲んだら次はきっとウーロン茶だ。
「ドッペルゲンガーってやつはさ、どうしてヒトの人生を欲しがるんだろうね」
「人間が羨ましかったんじゃねぇの。知らんけど」
「……だな」
同意を求めたつもりは無かったんだが。
「あのさ、もし俺がユウジのフリしたドッペルゲンガーだとしたら、どうする?」
「はぁ?何言ってんだ」
長い付き合いだから、裕司が酔って世迷言を口走るような男じゃない事は分かっている。だからこそ、何を言っているのかわからなかった。
「そのままの意味だよ。俺が、15年前から別人に入れ替わってたとしたら」
「あー、そうだな。本物の裕司とは5年、偽裕司とは15年間友達付き合いをしていた事になるわけだ」
「だろうな」
「じゃ、どうもしないんじゃないか」
「……へぇ、どうして」
「ハタチの誕生日祝いにコンビニで酒を買って飲んだのも、免許を取ってすぐに県外までドライブしたのも、徹夜で海外ドラマを一気見したのも、全部ドッペルゲンガーとの思い出なんだろ」
「そうなるな」
「だったら、俺からすりゃあドッペルゲンガーの方が本物だろ」
「……なるほどな」
裕司がどんな顔をしているのか、確かめるのがなんとなく憚られる気がした。
そっぽを向いたままハイボールを飲み干し、店員を呼び止める。
「すみません、ジンライムください」
計画変更だ。このままベロベロに酔って、こいつの話は全部忘れちまおう。
「景気良く飲むんだな。……二日酔いになっちまうぞ」
誰のせいだと思ってるんだよ、まったく。
複体 こーいち @Booker1246
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます