エピローグ「風の残響」

──紅蓮王国・語りの座。

朝の光が、石床に斜めに差し込んでいた。

風は、語りの余韻を運ぶように、静かに吹いていた。

語りの座は、誰も立っていないのに、確かに揺れていた。


ユグ・サリオンは、座の縁に腰を下ろしていた。

詩集は閉じられたまま、膝の上に置かれている。

肩のルクスは、羽を膨らませて丸くなっていた。

語りのあとに訪れる、いつもの痛みが、腹の奥にじんわりと広がっていた。

それは、彼にとっての“届いた証”だった。


「……やっぱり、来るな……」

ユグはそっと腹部を押さえた。

胃の奥が、語りの重さを思い出すように、静かに軋んでいた。

ルクスが心配そうに肩をつつく。

ユグは微笑んだ。

「大丈夫。痛いってことは、誰かに届いたってことだから」


──セリナ・ヴェイルは、少し離れた場所で風を見ていた。

語りの座には立たなかった。

けれど、風に向かって、ひとことだけ語った。

「痛かったよ。でも、今は、少しだけ軽い」

その言葉は、語りだった。

それは、主を超えた火だった。


彼女は、語りの重さを知っていた。

語ることの怖さも、沈黙の優しさも。

だからこそ、選んだ。

語るか、黙るか。

その選択が、語りの本質だった。


──イルミナ・レイヴは、語りの座に近づくことなく、そっと手を合わせていた。

彼女の魔法は、数式で構成されていた。

語りは、数式ではなかった。

だからこそ、彼女は語りに惹かれていた。

理解できないものに、触れてみたいと思った。

それは、彼女にとっての“選び続けること”だった。


「……語りって、計算できない。

でも、届く。

それって、魔法より……すごいかも」


彼女は、風の流れに指先を伸ばした。

語りの残響が、空気の密度をわずかに変えていた。

それは、魔術式では説明できない現象だった。

それでも、彼女は理解しようとしていた。

語りが、世界に何を残すのかを。


──リュミナ・グレイは、語りの座から少し離れた丘の上にいた。

彼女は語り手ではない。

だが、語りの火が灯った瞬間、空間の座標が揺れたことを感じていた。

彼女の魔術は、構造を読む力だった。

語りは、構造の外にある揺らぎだった。

だからこそ、彼女は語りを“観測する魔術”として捉えていた。


「……揺れてる。

でも、崩れてはいない。

語りって……構造を壊すんじゃなくて、ほどくんだ」


彼女は、風の流れを指先でなぞった。

語りの残響が、空間の座標をわずかにずらしていた。

それは、破壊ではなかった。

それは、再構築の予兆だった。


──ミルフィ・エルナは、語りの記録を閉じ、沈黙の中に佇んでいた。

彼女は語りの倫理を守る者だった。

語りが広がることは、危険でもあり、希望でもあった。

彼女は、語りの火が誰かを傷つけないように、祈っていた。


──シュヴィル・カイネスは、構造の図面を見つめながら、何かを再設計していた。

語りは、設計外の揺らぎだった。

それでも、彼は語りを“揺らぎの設計”として受け入れ始めていた。

構造は、語りによって再定義される。

それは、彼にとっての“再構築”だった。


──レオニス・ヴァルグレイは、語らずに、ただ風の音を聞いていた。

彼は沈黙の英雄だった。

語りに触れたことで、彼の沈黙は“語らない語り”へと変わっていた。

それは、言葉よりも深く、風に届くものだった。


──語りは、誰かのものではなくなった。

語りは、誰かが触れたとき、灯る火になった。

それは、主を必要としない。

それは、風に乗って、残響となる。


ユグは、詩集を閉じた。

痛みはまだ残っていた。

でも、それもまた、語りの一部だった。


「語ったあとに残るものが、

誰かの中で灯り続けるなら、

それで、十分だよね」


ルクスが肩で羽を震わせた。

風が、静かに吹いた。


──語りは終わらない。

語りは、風の中に残る。

誰かが沈黙に触れたとき、

その残響が、また灯る。


──紅蓮王国の空は、静かだった。

語りの座は、誰もいないまま、風を受けていた。

精霊場は、命令ではなく、声に応答する場へと変わっていた。

構造は、揺らぎを受け入れ、再定義されていた。

沈黙は、語りの余白として広がっていた。


ユグは、語りの主としての役割を終えた。

彼は、語りの設計者として、風の中に立っていた。

語りは、彼のものではなくなった。

語りは、誰もが触れる火になった。


──語りは、残響となった。

それは、風の中に灯り続ける。

誰かが語らなくても、

誰かが沈黙していても、

語りは、そこにある。


| 語りは、主を超え、火種となった。

| 痛みは、届いた証として残り、

| 沈黙は、語りの余白として広がった。

| 世界は、語りによって少しだけ変わり、

| 魔術は、その変化を静かに観測し始める。

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「風の残響」 詩守 ルイ @Lemon_slice

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