後編

「ヒノさんが急逝!?そんな、お若いと聞いていたのに……」


ヒノの年齢は以前聞いたことがある。確か、20代前半。

今年51歳の藤堂にもし妻子がいれば、その年齢の子供がいる場合もあるだろう。そんな子供ほど年の離れたヒノの死に、藤堂は大いに心を痛めた。



トドオカ@todooka

>>この度はお悔やみ申し上げます。私も突然のことに大変驚いています。ヒノさんが大作をもって参加してくれたトドノベルコンテストですが、このまま選考を進めるべきではないと考え、休止とさせて頂きます。投稿して下さった皆様には申し訳ございませんが、ご理解をお願いします。



(参加者には申し訳ないけど、このままコンテストを続けても投票に困るだろうしな)


盛り上がりを見せていたコンテストの突然の休止。そして何より、親しかったフォロワーの急逝。どこか他人事でSNSを使用していた藤堂も、これには堪えた。


そのままSNSを続ける気にはならなかった。コンテスト中止のアナウンス投稿を終えた後、すぐに画面を閉じた。


そのせいで、



>>これ、トドオカが殺したんじゃないの?



アナウンス投稿にこのようなコメントがついてる事に、気付く事ができなかった。



***



「やっと一段落したぁ~!藤堂部長、お疲れ様です。ようやく休めますね」


「はい、1週間お疲れ様。気を付けて帰ってね」


トドノベルコンテスト中止のアナウンス投稿をした直後、社内で大きな企画が立ち上がった。会社の今後を左右する重要な企画だ。


SNSを楽しむのも、あくまで仕事の合間に息抜きをする余裕があってこそ。親しかったフォロワーの訃報に落ち込んでいた事もある。

藤堂はあれから1週間、SNSを開いていなかった。


いつもは部下任せの藤堂も、今回ばかりは多方面に働きかけ、積極的に動いた。

その甲斐もあり、企画は無事に一段落。


(そういえば、長いことSNSを開けてなかったな。確認してみるか)


余裕ができた事で、またネット上のやりとりが懐かしくなる。

帰宅後、スマートフォンのアプリから久しぶりにSNSを起動した。1週間も開かれていなかったアカウントの通知欄は、様々な情報で溢れていた。


「これは、一つ一つチェックするのは無理だな。……ん?」


そうして藤堂は――


「ん?なんだこの、通知欄の内容。本当に私宛か?」


トドオカに起きているに、ようやく気付いた。



>>ヒノさんの件、なぜ釈明がないのでしょうか。違うなら違うと宣言しないと、大変な事になると思います。心配しています。

>>最初の事件から1週間音沙汰なし。マジで逃げたなコイツ。

>>逃げずに、一刻も早く謝罪と説明をしてください。あなたには責任があります。



いつも対岸の火事として見ている、炎上したアカウントに投げ掛けられるような、特有の文言。それが様々な形で、トドオカのアカウントに投げ掛けられていた。


(ヒノさんの死が、私のせいにされている……?いや――)



>>事件の黒幕はお前だろ? 投稿で予告してたし。逃げるな!通報したからな!

>>ネタみたいに言ってたけどガチ殺人は引くわ。前からヤバいと思ってた。

>>(何らかの脅迫をしているDM画像)これ@todookaから脅迫されてる被害者側だって。コイツが事件の元凶。晒せ晒せ。



違う。それだけではない。も藤堂――いや、『トドオカ』のせいにされている。

自分が知らない間に、自分の身に覚えない物事について、追及を受けている。ここにきてようやく、事態の深刻さを理解する。


「これがインターネットの、炎上……」


藤堂の背中を冷や汗が伝った。





ここまで深刻な炎上は初めての経験だが、だからこそ取り乱す訳にはいかない。

まずは状況を、なぜ自分が炎上したのかを冷静に把握する必要がある。


「……あった、これだ」



>>【大阪・難波で極道が男性会社員を拉致・殺害か】

先日未明、京都山中で身元不明の男性遺体が発見。大阪府警は、難波の雑居ビルから拉致されたとみられる会社員■■氏と断定。現場の状況から暴力団組織による犯行の疑いが浮上。殺害後に遺棄した可能性で捜査。



藤堂が炎上に気付く三日前に報道された事件だ。

この事件が、なぜか藤堂の――『トドオカ』の仕業だと思われている。


ここまで話が発展しインターネットに広がり切ってしまうと、1週間前まで遡って事態の全容を把握することは不可能だ。

この1週間で起きたことを、断片的な情報から藤堂なりの推測も交えて整理する。



1.ヒノの死がトドオカの仕業という説が提唱された


ヒノが普段から書いていたトドノベルも、架空のキャラによる与太話であることを前提としているが、トドオカがヒノを殺害する内容が多かった。

そしてヒノが実際に不慮の死を遂げたことにより、「トドノベルが現実になった」、つまりトドオカの仕業であると解釈した人が出たのだろう。


「でも、それだけではこんな事にはならない……」


当然だ。それだけの理由で本当にトドオカのせいだと考える者は少ない。

むしろ実際に死人が出ている状態で、そのように現実と与太話を混同する発言をする者は、咎められることが多いのが現実だろう。

しかし――



2.不名誉な追及を受けたトドオカが何も反応を示さなかった


即座に否定し沈静化を図ればよかったものの、タイミング悪く藤堂は1週間SNSを離れていた。


「タイミングが悪かったな……」


もちろん、疑問はある。

本人が反応を示さないというだけで、大衆心理はここまで一方的に誰かを殺人犯と断定する事ができるのだろうか。

しかし現に、そのような扱いを受けているという事実がある。


「何も言わないのは、後ろめたいことがあるはず」、そう判断されたのだろう。恐らくこの間に、誰も止める者がいないまま悪い噂が加速したのだと考えられる。


そして――



3.大阪・難波での男性会社員拉致・殺害のニュースも、トドオカのせいであると判断された


「これが分からない。何故だ……?」


トドオカに寄せられた誹謗中傷を見る限り、何らかの特定材料があるような言いぐさだった。この事件の被害者周辺の情報を中心に調べると、理由に辿り着くことができた。

しかしそこで判明した理由は、藤堂にとって辛く悲しい事実だった。



リメイク@atatame_naoshi

>>リメイクの父です。ご存知の方もおられると思いますが、息子は既報の通り、遠くへ行ってしまいました。今はまだこの事実が受け止められず、なにも考えられません。


「この被害男性、リメイクさん、だ……」


リメイクもまた、ヒノと同じくトドオカと懇意にしてくれていたフォロワーだ。関西住みという話も聞いていた。藤堂が持つ関西人のイメージ通りにノリがよく、軽口を飛ばしあっていた。



>>西って……完全にトドオカのことだろ。

>>トドオカ、リメイクさんとよく厳しい言い合いをしてたもんな。冗談で「消す」とか言ってたけど、まさか本当にやるなんて……



ネットのコメントはこの通りだ。


「違う!リメイクさんとは本当に仲良くさせてもらっていた!与太話を真に受けて……本当に消す訳ないだろ!」


誰もいないアパートの自室で、思わず叫び声が出た

親しかったリメイクの死。それだけでもショックなのに、それが自分のせいにされている事に耐えられなかった。


そして、極道扱い。

トドオカを題材にしたイラストや小説には、彼を極道として扱うものが多かった。


藤堂はそれ自体に問題は感じていない。あくまで、ネットのお遊びの一つだ。

事実、実際にSNS上でトドオカと親交のあるアカウントで、極道扱いを真に受けている者はいなかった。


そうした狭いコミュニティの中で共有されていたお遊びの嘘が、不特定多数の目に一気に晒されたことにより事実として受け止められている。

とても恐ろしいことだった。


それに――



「それに、西!!」



ネット上のトドオカは関西弁を使用しているが、実際の藤堂は東京に住んでいる。

若い頃に仕事で関西に駐留していたことはあるが、その程度。聞きかじった方言を安易に使う事が、その土地の人間の神経を逆撫でする事も知っている。


トドオカの時に関西弁を使用していたのは、ちょっとした戯れ。


藤堂は学生時代から、お笑い芸人の深夜ラジオを愛聴している。特にお気に入りの芸人は関西出身。関西弁を聞くことは慣れていたし、少しだけ憧れもあった。


「ネットでは自分のなりたいキャラになっても良い」「ネットでは色々挑戦できる」、そういう藤堂の方針がここにも反映されていた。


(しかし、どうする……?ここから何かできる事があるのか……?)


ヒノの死に、1週間不在の理由。実際の事件との関連。関西人であるという誤認。事態は、とても複雑なことになっている。

全ての誤解が解けるとは思えない。一方で、全ての誤解が解消しない限りは、この騒動が完全に収束することはないと思えた。


(そもそも、この騒動が収まったとして、もう元通りのアカウント運用は……)


難しいだろう。今までは笑えたものが、笑えなくなってしまう。


悩んだ末に、藤堂は――――


(今までありがとう、皆。挨拶もないことを許してくれ)


SNSのトドオカアカウントを、削除する事にした。

名残惜しさはあるが、強引に全てを無しにしてしまおう。無しに出来るだろう。



そう、思っていた。



***



SNSから離れた藤堂は手持ち無沙汰ぶさたであった。


他のSNSに移る気にもならない。

また今回の件で、制御不能で止められないインターネットの恐ろしさを十分に知ってしまった。暫くはインターネットにも触れたくなかった。

アカウントを消した事は残念だったが、既に気持ちは切り替えている。


(新しい趣味でも作るか。そういえば、職場の近所にジムがあったな。覗いてみよう)


ちょうどそう考えた時、部下が何気なく切り出した話に、藤堂は凍り付いた。


「藤堂部長って、ちょっとー」


「…………………………は?」


思考が停止した。現実で聞くはずのない言葉を聞いた気がする。


「あ、ごめんなさい。そういうの、ご存知ないんでしたか」

「ちょっとそんな、ネットでお騒がせの悪人がいるんですよ」

「気を悪くしないでくださいね!あれは関西人だし、違うのは分かってるんで」


話を振ってきた部下は、30代半ば。インターネットに慣れ親しんだ世代だ。本人も優秀で、情報収集能力も高い。


(だとしても、そんな部下が現実で話題にする?既にアカウントが消えた人物を?)


嫌な予感がする。


藤堂はその日の仕事を早々に終わらせ、帰路についた。





「なんだ、これは…………」


帰宅してすぐ、着替えることもなくPCを起動。閲覧用のアカウントを作成し、SNSを中心に確認する。そこには――



『トドオカ』に対する無数のデマ・誹謗中傷が溢れていた。


リメイクの事件とは別の、全く関係のない殺人事件にも関連付けられていた。

アカウントごと消したはずの投稿内容がスクリーンショットで晒され、悪意のある解釈に接続されていた。

過去にトドオカとしてアップした動画や音声の切り抜き。それらを活用した合成音声により、もはや正体や正否の判別できない様々なフェイク動画まで作られていた。


ここに至って藤堂は、考えたくもなかった一つの結論に、辿り着くしかなかった。



「これは――何者かによる、だ」



元々、違和感はあった。

ヒノの死だけならまだしも、明確な刑事事件となっているリメイクの死。それがトドオカ本人が不在のまま、確定事項のように犯人扱いされていた。

それはあまりにも強引すぎる。


今回のデマの拡散についてもそうだ。


集団心理として、を叩くのは分かる。

しかし既に削除が実行されたアカウントは、もはやになっている。そういうアカウントに対して、切り抜きの動画や音声、合成まで活用してデマをバラ撒く――


こんな大掛かりな仕掛け、何者かによる明確な意思がないと出来ない。

そしてそれは、相当に手間が掛かっているはずだ。



……ふと。

藤堂は、一つのことに気付いた。


恐らく本件、ネットの集団心理の操作が可能な人物・もしくは団体が背後にいる。

その存在は、手間と人員……恐らく金もかけて、トドオカに攻撃を仕掛けている。

そしてその攻撃は、アカウントが削除された現在も手を緩められていない。


つまりその存在は、


(…………ッ!!!)


とても恐ろしい想像だが、現に今も手の込んだ攻撃が続いている。

目的はなんだ。既にトドオカのアカウントは削除されている。


つまり、相手が次に取る行動は……



その時、部屋のインターフォンが鳴った。



心臓が大きく跳ねる。

一人暮らしの藤堂の部屋に、基本的に訪問者は来ない。静まりきったアパートの一室。ドアの奥に……人の気配がする。

ドア越しに応答する。


「はい、どなたでしょうか」


「警視庁 刑事部捜査第一課の鈴木です。藤堂さんでよろしいでしょうか?」


捜査第一課。小説でも見る。殺人・強盗など凶悪犯罪を担当している課だ。

別人を装う?無理だ。一人暮らしである事はバレているだろう。


「…………はい。藤堂は私ですが」


「お尋ねしたいことがありまして。少しお時間よろしいでしょうか」


警察による、任意同行だ。不用意に逃げるとまずい。ここは大人しく対応し、ちゃんと潔白を証明すれば良い。話せば分かってくれるはずだ。


(本当に?相手は大衆を操作して、実際に警察を動かせるような存在だぞ?)


自分の楽観的な考えにブレーキをかける。

念のためドアにチェーンを掛け、薄くドアを開けて外の様子を見てみる。


視界に入ったのは、警察手帳を提示する男。背後にあと二人いる。合計三人。

そして、一人の男が手に持っている、真新しいA4の用紙が目についた。


用紙は几帳面に三つ折りされている。その折られた上部に、裏映りで何かが透けてみえる。判別できないが、「〇〇状」という印字。そして赤い判子。

瞬間的に、藤堂は理解した。


(逮捕令状――!)


赤い判子は令状の発行に必要な裁判所からの認可を示すものだ。


警察の用事は、「お尋ねしたいこと」ではない。これは任意同行ではない。

逮捕による身柄の確保だ。

既に確定事項として、藤堂が有罪である証拠が用意され、手続きが進められている。



藤堂は咄嗟とっさにドアを閉め、窓へ向かって走り出す。

部屋は2階だが、そんなことを考える暇はなかった。勢いよく窓から飛び出した。


外は夜。このまま暗がりに紛れ、身を隠すしかなかった。


(身を隠す。身を隠して、どうする……?)


走りながら思考を動かす。

相手は警察を実際に動かし、無実の市民に罪を擦り付ける事ができる存在だ。この日本で、逃げ切る事が本当に可能なのだろうか。


背後から「逃げたぞ!」「追え!」という声が聞こえてくる。


(考えている場合じゃない、とにかく急いでここから離れないと――!!)


そして一心不乱に走る藤堂は、ただひたすら逃げ場を求めて車道に飛び出す。

瞬間、視界を塞ぐように猛スピードのトラックの車体が迫る。


自らの全身を打ち砕く音が聞こえた。



――体が宙に浮いている。薄れゆく意識の中で、藤堂は考える。


(どうして、こんな事になってしまったんだろう)


深く考えず、何となくでSNSを初めてしまったせい?

妻がいると、関西人であると、嘘をついてしまったせい?

イラストや小説で展開されるままに、自分の与太話を受け入れてしまったせい?

傲慢にも自分の小説のコンテストを開催してしまったせい?

ヒノの訃報を聞き、1週間もネットを離れたせい?

炎上を解決しようとせず、すぐに諦めてアカウントを消してしまったせい?


(分からない)


(分からない、何も――)


その答えに辿り着くことはなかった。

思考を動かす藤堂の頭は、吹き飛ばされた先のアスファルトに衝突し――そのまま押し砕かれた。



***



「ハハ、ホンマに死んだんや」


電話先の相手から報告を聞いた男は、乾いた笑い声を上げた。


屈強な男だ。全身が筋肉で覆われている。上半身は裸。ボディビルダーがくような、際どいパンツしか身に着けていない。


作業のような手つきで、無表情にSNSへ追悼ついとうのコメントを投稿する。


無職先生@mushoku_nanyona

>>トドオカさんは消えてしまった。でも俺の中で生き続けてるんよな。その品性下劣は俺が引き継ぐ。ええい、図が高い!俺が二代目のトドオカや!



投稿内容も、いつもの与太話。誰も気にも留めないだろう。

虫を潰したようなものだ。感情は動かない。


「何でこうなったか分かるか?あんたが悪いんやで」


男は誰に聞こえるでもなく、冷徹れいてつな声でそう呟いた。



「言うたよな?。ヒノさんも、リメイクさんも、全員や。」


「トドオカさんも、と言うとった。処女作であの出来。あのまま野放しにはできん」


そのまま脇にあるソファに深く腰掛ける。その装飾は贅が尽くされている。一目で高級と分かる代物だ。


「…………


カクヨムコン。

Web小説投稿サイト「カクヨム」で開催されている、「日本で一番面白いWeb小説を読者に選んでもらう」ことを目的としたオールジャンル小説コンテストだ。


オールジャンルでの勝負。つまり言外に、現実での参加者の排除が認められている。

その凄惨さから、参加者たちはカクヨムファイターと呼ばれ恐れられている。


だがカクヨムファイターとて、基本的に相手を殺害することまではしない。なぜなら日本は法治国家。カクヨムが殺人を許しても、日本という国が殺人を許さない。


「トドオカさんは役に立ってくれたわ。おかげで、参加者の排除を全部トドオカさんのせいに出来た」


覚悟もなく、インターネットで小説を書いてはいけない。

まして、社交辞令のような安易な気持ちでカクヨムに対して「いつか参加したい」と言うなど、カクヨムファイターに始末されて当然の行いである。

トドオカは――藤堂は、それを知らなかった。


金と権力を手に入れた男、無職先生は笑う。次なる欲望を求めて。


「邪魔者は全員始末する。カクヨムの王になるのは……俺や」


そう呟いた彼の背後に映るテレビには、九州の水族館でサメが変死したニュースが流れていた。


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