其の理由

トドオカ

前編

「ハハ、ホンマに死んだんや」


電話先の相手から報告を聞いた男は、乾いた笑い声を上げた。

屈強な男だ。全身が筋肉で覆われている。


作業のような手つきで、無表情にSNSへ追悼ついとうのコメントを投稿する。

虫を潰したようなものだ。感情は動かない。


「何でこうなったか分かるか?あんたが悪いんやで」


男は誰に聞こえるでもなく、冷徹れいてつな声でそう呟いた。



***


話は遡る。



「あ、藤堂とうどう部長。またサボってる!いいんですか」


「あぁ、いや。見つかっちゃった。ごめんね、すぐに戻るよ」


藤堂と呼ばれた男は手に持っていたスマートフォンの画面をサッと隠し、そのまま業務に戻った。


(危ない危ない、SNSのフォロワー数も増えてきたし、念のためバレないように気を付けないとな)


最近はサボってSNSをする事にも慣れてきた。仕事に支障がない範囲で、要領よくやれている。


藤堂自身は、仕事が出来る方ではない。

しかし管理職という仕事は存外、彼の性に合っていたようだ。優秀な部下と理解のある上役にも恵まれていた。

部下が動きやすいように根回しを行い、部下達の功績を上手く社内に展開する。それだけで周囲は結果を出してくれたし、藤堂は社内でそれなりの居場所を得ていた。


藤堂はこれまで、真面目一辺倒で生きていた。

恋愛には疎く、交際経験もない。もちろん独身だ。大した趣味も持っていない。


そんな藤堂が5年前、46歳の時に何となく始めたのがSNSだった。


(うん、職場の皆には申し訳ないけど、やっぱりインターネットは面白いな。思い切って初めてみてよかった)



帰宅し、夕飯を済ませた藤堂はすぐにSNSを起動させた。



トドオカ@todooka

>>今日は早めに帰宅したから、塩ラーメンを作ったで。妻も喜んでたわ。私は料理アカウントではありません。



そのまま、自作塩ラーメンの写真を添付して投稿する。


トドオカという名前は、藤堂がSNS上で使用している名前だ。

自作塩ラーメンの写真は本当。しかし妻がいるという情報はデタラメである。


(自分のなりたいキャラになれるのが、面白いところだ)


少なくとも藤堂は、SNSをそのように解釈していた。


藤堂はSNSを始めるまで、仕事でしかインターネットを活用していない。管理職向けの社内研修で基本的なインターネットリテラシーは習得していたが、さすがの会社も趣味としてのSNSの活用方法までは教えてくれない。


「誰にも迷惑をかけておらず、自分も楽しいのであれば問題はない」。実際に試しながら、藤堂はSNSにおける行動方針をそのように結論付けていた。


既婚者と偽っていることにも、大した理由はない。

周囲と比べると恋愛や異性に興味のない藤堂は、別に結婚願望があるわけではない。ただアラフィフを迎えるにあたり、新しいことをやってみたかった。

その一環として何となくSNSに初挑戦し、その延長で何となく結婚している自分を演じてみた。それだけだ。



トドオカ@todooka

>>極道のような恐ろしいトドオカだ!イラストありがとうございます。やっぱり絵が上手いですね!


トドオカ@todooka

>>またトドオカが人を殺している……。でも子供にやさしいところはあるんですね。真に迫った文章で、読んでいて緊張感がありました。



自分の日常を投稿したあとは、トドアート・トドノベルというハッシュタグを巡回し反応を返していく。


周囲からはなぜか『トドオカ』を題材にしたイラストと小説を、定期的に投稿してもらっている。なぜこうなったのか、藤堂本人にも理由は分からない。

しかし仕事でもそうであるように、藤堂は周囲に恵まれ自主的に動いてもらう事が多い。本人も把握していない、何らかの性質でもあるのだろうか。


(日を追う毎にヘンなキャラ付けが加速している気がするけど……誰にも迷惑をかけていないし、面白いからいいか。盛り上げていこう)


トドオカとはあくまで「自分がやってみたいキャラ」であり、藤堂本人ではない。

そのような認知であるため、トドオカというアカウントがどのように解釈されても、藤堂は気にしなかった。


(それに、こういう流れはどんどん加速させた方が、面白いモノが出てくるもんだ)


周囲が良い流れで動いている時は、それを盛り上げるべき。そうした仕事上での経験から、藤堂の中に「流れを止める」という発想が出てくる事はなかった。



「さて、じゃあ今日も頑張って書こうか」


SNSに慣れてきた藤堂が次に挑戦しているのは、Web小説の執筆である。

これまで創作活動に興味を持った事はなく、今もそこまで興味関心があるわけではない。これも、フォロワーに勧められて何となくである。


(それに、やってみたら意外と面白いこともあるからな)


この年齢で踏み出した、「SNSという未知への挑戦」が上手くいったという体験。それが藤堂を大胆にさせた。



***



「や、やっと書き終わった……。辛すぎた。これはもう、二度とやりたくないぞ。」


結論から言うと、苦痛だった。小説の執筆という行動自体からは、彼の期待する面白さが得られなかった。


(どうやら私は、物語を書くのは得意ではないみたいだ)


途中で何度もやめようと思ったが、その生真面目さ故に、仕事を途中で投げ出した事のなかった藤堂である。苦労の末に何とか小説を完成させた。


(まぁ……せっかく書いたんだ。一応、SNSに投稿しておくか)


特に何かの反応を期待したわけではない。出来上がった作品を自己評価すると、一応カタチにはなっているが、賞賛が得られる出来ではないと思えた。

ただ多くの人が存在するSNS上で、自分では予測不能な展開や面白さを何度も体験してきた藤堂だ。


「何かここから、予想しない面白いことが起きるかもしれないな」


失敗しても恥をかくだけ。誰に迷惑をかけるようなこともない。

そのような軽い考えで、そのまま自作をSNSに投稿することにした。



トドオカ@todooka

>>初投稿です。小説を書いてみました。気が向いたら読んでください。




小説を投稿して数日後、藤堂が予想しない反応が返ってきた。



ヒノ@sinjidai_1902

>>トドオカさんの初小説、読ませていただきました。初小説らしさはあるものの、巧みな心理描写と物語展開で読者を引き込んでいます。これが本当に処女作なんですか!?


無職先生@mushoku_nanyona

>>トドオカさんの小説、ちゃんと書けている。俺はちゃんとした小説を書けるやつを許さない。あなたも俺の敵なんよな。次はカクヨムに来てくださいよ。叩き潰してやります。



ヒノも無職先生も、日常的に小説を投稿しているアカウントだ。実際に小説の執筆をしている人たちから、このような評価を得られるとは思わなかった。

お世辞を言う人たちではない。藤堂は大いに驚いたが、素直な嬉しさもあった。



トドオカ@todooka

>>ありがとうございます!2週間もかけて頑張って書いてよかった~!



(本当は2ヵ月丸ごとかったんだけど……、2週間って書いた方がカッコ良いしいいか)


アカウント当初から、既婚者と偽った状態で5年もSNSに居座っている藤堂である。この程度の「SNSの嘘」については、もはや抵抗感がなかった。



トドオカ@todooka

>>カクヨムって……小説の投稿サイトでしたっけ?書くのは大変でしたが、面白さもあったので、いつか参加したいですね!



本当は二度と書く予定はない。

しかしここで誘いを固辞し、敢えてカドを立てる意味はないだろう。

自らが執筆すること自体への興味はなくなった。しかし自身の執筆経験を通して、藤堂の中に元々存在していていた創作者への尊敬は更に増していた。

これも予想外の副産物だった。


結果的に藤堂の小説執筆は、執筆自体に楽しさは見つけられなかったものの、新しい発見を得る事になった。


(やっぱりインターネットでは、物怖じせずに何でも楽しんだ方がいいって事だな)


こうして藤堂はより一層、SNSにのめり込む事になった。



***



9月9日。

SNSのアカウントでも公開している、藤堂の誕生日だ。ここで藤堂は一つの企画を開催することにした。



トドオカ@todooka

>>【ご案内】トドノベルコンテスト2025

生誕祭企画の代わりに、トドノベルのコンテストをやります。

参加方法:10月4日(土)終日までに本ツイートにリンク貼り付け。1人あたり3作まで。



トドオカを題材にした小説は「トドノベル」というタグを付けられ、たまにSNS上に投下されていた。あくまでそれは周囲による自主的な活動であったが、今回はそのトドノベルを藤堂自らが募集した形になる。


(普段は募集なんかしないんだけどね。フォロワーの小説に沢山触れてみたいと思ってたところだ。これで色んな小説が読めるぞ!)


トドオカはインターネットの経験がないまま何となく始めたSNSで、5年間大きな失敗をしたことはなかった。


特に何かを成していない一般のアカウントが、自らを題材にした小説を募集する。そんな、厚顔無恥で勘違いな行い。藤堂が、己の過信に気付く事はなかった。





トドノベルコンテストに投稿された小説は、身内の中だけで小規模な盛り上がりを見せた。

一般的なコンテストと比べると応募数は少ないだろう。しかし、元々拡散や売名を目的とした企画ではない。

身内向けの企画として、藤堂はこの結果に十分満足していた。


「特にヒノさんの作品がすごい!こんな大作を応募してくれるなんて……」


ヒノは、藤堂が初小説を投稿した時にも真っ先に感想を投下してくれたアカウントだ。小説の執筆経験は1~2年という話だが、素人の藤堂が見ても分かるほど、作品を重ねるごとに筆力が上がっている。

20代前半を自称しているが、文章の成長速度を見る限り、恐らく本当だろう。



ヒノ@sinjidai_1902

>>私には時間が残されていません。これを書き終えた時、私はこの世から消え去っているでしょう。 それでもよろしければお読みいただけますと幸いです。

私がいかにして小説を書けるようになったか、という話/ヒノ - カクヨム



ヒノの投稿した小説は、そんな自らの文章力の向上を逆手に取ったストーリー。

命を代償に執筆の力を得た彼が、懺悔の形式でその軌跡を紹介する、約6万字に渡るモキュメンタリ―ホラーだった。



トドオカ@todooka

>>拝読しました!素晴らしい出来!このような大作を、こんな個人のコンテストのために書いてくれたことに感動しています。お疲れ様でした!でも、ヒノさんはもう死んじゃってるんですよね。残念……



(フォロワーを死人扱いするのはリアルだと非常識だけど……小説自体がそういうノリだし、別に許されるだろう)


藤堂の考え通り、この感想自体は誰からも咎められることなく、トドノベルコンテストは和やかに締め切りを迎えた。



数日後、この投稿があるまでは。



ヒノ@sinjidai_1902

>>ヒノの家族です。昨夜、ヒノが急逝しました。生前はヒノに関わってくださり、ありがとうございました。アカウントはそのまま残しますが、何も聞かずにそっとしておいてください。

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