冬の朝の粕汁

石田空

昨日つくった粕汁はおいしい

「……寒っ」


 今年は十年に一度の最強寒波が到来しているらしく、ニュースはどこもかしこも積雪注意の話題で持ちきりだ。

 もっとも。住んでいる場所は雪とは無縁で、どれだけ雪が降る雪が降ると煽られても雪が降る気配はなく、ただただ寒くてつらいだけだった。

 でも去年の今頃、ここまで寒かったかなと思い返し、そういえば彼氏がいたわと思い出した。

 別れたのはなんてことない。彼氏の出張先で元カノと再会した彼はそのロマンスに脳内を冒され、私よりも元カノを取ってしまったというチープ過ぎるものだった。本人たちはラブロマンスの主人公だが、私は所謂寝取られ物語の主人公。しかし特にざまぁ展開も好きではないため、「ああ、そう」だけで終わってしまったのだった。自分がどれだけしょうもない男に引っかかったのかと反省することはあれども、特に復讐するほどの怨念も元気もなかったのだった。残念。

 それはさておいて、彼氏がいなくなった私は、冬はいつも難儀していた。元々冷え性の私は温かいと評判の毛布を使おうが、夜まであったかと言われるような生姜湯を飲もうが、冷え性は改善の兆しを見せず、冬は目覚まし時計を一時間早くつけなかったら定時に会社に出ることもできなかったのだ。

 私は寒い寒い寒いともぞもぞし、遅刻しかけて学んだのは、とにかく食事の時間を短くし、なおかつ冷え性の私の体温を上げるものと考えた末に考案したのが、毎朝粕汁生活だった。

 粕汁。酒粕を使った汁物。白味噌と酒粕を混ぜる流派もあれば、出汁と酒粕、日本酒ドバドバでつくる流派、そもそも麦味噌と酒粕を混ぜながらつくる流派まで、地方によって作り方が異なる。

 私の場合、京都で飲んだ粕汁がおいしい上に体が温まったからと、ネットを駆使して出汁パックと酒粕と白味噌を使って、根菜を切って一週間分つくっている。

 正直、ふたり暮らしだったらいざ知らず、ひとり暮らしで根菜をたくさん買うのは億劫だ。買うとき重いし、手に買い物バッグの柄が食い込んで痛い。でも一週間分の私の栄養源と思ったら、我慢もできた。

 出汁パックと酒粕、イチョウ切りにした根菜をことこと煮、白味噌で味を調えたそれは、私の冬の朝のごちそうだった。

 一杯分をカフェボウルに入れ、電子レンジでチンする。温まったものをひと口飲んだ途端に、体の中にくるくると熱が回っていくのを感じた。


「……おいしい。京都の人ありがとう、これを教えてくれて」


 酒粕で味が決まるからと、蔵開きのときに酒と一緒に大量に売られる酒粕を買い、それを少しずつ切って粕汁に入れている。

 具は鮭が安いときは鮭を入れ、豚肉が安いときは豚肉を入れ、どちらもお高いときは根菜と出汁パックの味だけで飲んでいる。

 彼氏の体温は温かかった。でも今はもういない。

 私の今年の冬は、粕汁のおかげで生かされている。


<了>

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冬の朝の粕汁 石田空 @soraisida

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