「ベイビー!」はナンパ語ではなかった。ほぼ真逆だった。

優夢

このニュアンスは知識ないと無理ー!

「ねえ、ベイビー。何してるの?」



 このセリフから連想するキャラクター像はありますか?



 なんだかチャラ男全開、誰でも口説くナンパ野郎に見えます。私は。

 口説くって入力すると功徳と真っ先に出る私のPCは、こんなお馬鹿エッセイを書く私を諭そうとしているんでしょうか。



 英語だと「Hey, baby, what's up?」って感じ。

 愛しい恋人や伴侶にささやくような、日常の言葉ニュアンスです。

 甘くて親密で、愛情がこもったあたたかさ。



 んん?

 温度差で風邪をひくくらい違うぞ?



 英語が得意な人にとっては、「なに当たり前のことを言ってるんだ」と言われちゃいそうです。

 そうですよね、当たり前ですよね。

 英語が全くダメな日本人、私です。



 なんでベイビーの意味はこんなに違うの。



 「国が違うから」と言ってしまえばそれまでです。

 しかし我々には翻訳という能力がある。ツールもある。アプリもある。

 現代語、日常的に使う言葉で、大きな齟齬が生まれることってそんなにないのでは?



 「ベイビー」。単体で見れば、赤ちゃんを連想しますね。

 これは日本語も英語も同じ。新生児や乳児。お腹の赤ちゃん、という感覚もたぶん同じです。

 問題は、これが二人称になった時。

 冒頭のセリフに繋がります。



 なぜ、ベイビーが日本語と英語で大きく違うのか。

 まず、日本語で二人称として普及していないことがあげられます。

 ベイビーの二人称を日常で耳にすること、私はまずありません。

 そして、もう一つの絶対的な理由。



 「ベイビー」は、日本語訳ができない。



 無理矢理に訳すことはできます。

 愛しい人、とか、かわいいあなた、とか、素敵な君、とか。

 でも違う。ニュアンスが違う。

 映画の字幕などで、二人称ベイビーが使われるのを見たことがありませんか。

 字幕なんだから訳せばいいのに、なぜか「ベイビー」とそのまま書かれています。

 まさに 「ねえ、ベイビー。何してるの?」的に。



 「ねえ、愛しい君。何してるの?」 うわあ。

 カジュアルで日常的な会話に、急に重くて詩的なダイレクト告白がぶちこまれました。

 本来の「ベイビー」の意味が消え去ってしまう。違和感しかない。

 だから訳さないのです。



 英語における「baby」には、幅広く多種多様なニュアンスがあります。

 はーい、英語の教科書みたいなの、いきまーす!


 ※ 例文はAIに丸投げしました



【 基本の意味:赤ちゃん 】


"Look at that cute baby!"

(あの可愛い赤ちゃん見て!)


 日本語訳が可能です。そのまんまです。



【 恋人や親しい人への愛称 】


"I love you, baby."

(愛してるよ、ベイビー)

"Hey, baby, how’s it going?"

(ねえ、ベイビー、元気?)


 このベイビーは訳せません。

 ベイビーはベイビーです。「baby」です。

 「愛しくて可愛くて大切で仕方がない存在、かけがえのない、私の心をつかむ、なにより大事にして守りたくなるあなた」

 を、ぎゅっと凝縮した意味です。

 親しさの中のトップクラスを指します。初対面や、さほど仲良くない人相手に使うと空気がヒンヤリします。

 男女どちらにも使います。男女どちらでも使えます。異性にも同性にも使えます。

 大好きな最高の親友にも使えます。

 親が子に(成人済みでも)「baby」と呼びかけます。

 過度に我が子依存や赤ちゃん扱いする溺愛親ではありません。心に染みわたるような、大きく深い愛をあらわしています。



 日本語の中でも、英語にうまく訳せないものはありますね。


「いただきます」

「お疲れさま」

「侘寂」(わびさび)

「一期一会」

「静謐」


 まだまだ、あげたらきりがありません。

 表面上の直訳はできるでしょう。しかし、その言葉自体に宿った本来の想い、感慨、風味、美しさは消え去ります。

 「侘寂」においては、「Wabi-sabi」とそのまんま書くこともあるようです。

 いただきます、お疲れさま、などは、長ったらしく別の表現でようやく伝えることができます。



 「baby」もそれにあたります。

 きっと、美しすぎる言葉なのです。

 あまりにも美しい言葉は、その国の発音、ニュアンス、そこでしか伝わらない情感があるのでしょう。

 だから、「baby」は「baby」であり、日本語訳しないで使うのが正しいと私は考えます。



 でもなんで、チャラ男みたいになるんや。なんでやねん。

 無理矢理英語使ってみた的な軽さ?

 男→女、ナンパ限定みたいな固定観念なんで?

 何処から派生した?

 謎すぎます。

 洋画や洋楽でかっこよく使われているので、「なんかかっこいいから使おう」という浅はかな日本語に転化したのでしょうか。

 謎です。



 ではでは、英語の教科書みたいになったついでに、その他の「baby」についてもご紹介。

 注意。私は英語に全く詳しくありません。むしろ苦手です。間違ってたらごめんなさい。



【 初心者や若造を示す言葉 】


"He’s just a baby in the music industry."

(彼、音楽業界じゃまだペーペーだね)

"Don’t worry, you’re still a baby, you’ll learn!"

(心配すんな、君まだ若いんだから、これから覚えるよ!)


 日本語の「青二才」に近いものを感じます。

 軽い感じの言葉だそうです。

 上から目線です。

 よく知らないで使ったら痛い目を見そうです。



【 物や事柄に対して 大事、大切 】 ※ スラング


"This car is my baby!"

(この車、俺の宝物なんだ!)

"That project was their baby."

(あのプロジェクトは彼らにとって大事な仕事だったんだ)


 「大切なもの」や「愛着があるもの」。日本語では、「推し」が近いかな?

 趣味のコレクション、ペット、愛車など、自分の中で愛おしいんだ! と叫びたくなる存在です。

 そんなに好きなのね、と相手は思うことでしょう。



【 なんかリズムいいから歌とかでとりあえず連呼 】 ※ スラング


 英語の恋愛ソングだとほぼ100%出てくるんだそうです。

 とりあえず言ってみた的な。それそのものに意味があるかないか微妙ですが、大事とか愛してる的ニュアンスが全体に広がります。

 個人的にずっと謎だった、歌詞によく出る「カモンベイビー」。

 『赤ちゃんこっち来い』じゃなくて、『おいでよ、俺の最愛の人』みたいなロマンと情熱のワードだったんですねえ。



【 侮辱として使う 】 ※ スラング 


"Don’t be such a baby!"

(ガキみたいにグズグズすんなよ!)

"He’s crying like a baby."

(こいつ、ガキみたいに泣きやがって)


 訳で使いましたが、まさにこれは日本語の「ガキ」ですね。

 このガキ! っていう時の感覚に近い……厳密にはちょっと違う気はします。

 英語での「baby」は、「弱っちい」「幼稚」の意味合いが強いです。



 こんなに広い意味で使われているのに、日本にはちっとも正しく伝わっていません。

 「baby」は、たったワンフレーズで心のこもった愛情をを伝えられる、尊く素晴らしい言葉なのです。

 だから、今後も「baby」は「baby」のままで理解するのが正しいと思います。



 美しい言葉は日本の専売特許じゃない。

 各国、各言語に、そこにしかない特別がある。

 決して訳すことができない、情緒に溢れたワードがあるのでしょう。



 多国語を学ぶというのは、コミュニケーションツールだけではなく、その言葉の本質に迫ることではないでしょうか。

 言葉の真実に触れたら、その言語、それを使う国が、大好きになるかも?



 こういうことを考えながら他国言語を学んだら、案外楽しいかもしれません。

 翻訳ソフトでは手に入らない、心の向こう側が見えるのですから。

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「ベイビー!」はナンパ語ではなかった。ほぼ真逆だった。 優夢 @yurayurahituji

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